18.友達と悪夢

文字数 1,660文字

 看護師の説明通り、午後一で脳の検査を行い、夕方遅くには異常なしと結果が出た。ホテルでもないからもう一泊なんて気にもならず、早々に退散したくて退院手続きを済ませる。そもそも、病院側も、元気な奴を泊めておく気もないだろう。
 圭が持ってきたてくれただろう服に着替え、病室を出た。エレベーターに向かいながら、退院したことを圭たちに伝えた方がよかっただろうかと考えたが、一階の広い待合室に出たところで、それは要らぬ気づかいに終わる。三人が、顔をそろえて待ち伏せていたからだ。
 省吾と瞭は、俺の顔を見てほっとした表情を浮かべ、圭は顔を歪ませた。飛びつく勢いで傍に駆け寄ると、何度もごめんなさい。を繰り返している。
「謝るなよ」
 圭の頭に手を置き「大丈夫だから」と言いきかせた。
「もう、平気なのか?」
 瞭がゆっくりと傍に来て訊ねた。
「ああ。結構、頑丈に出来てるみたいだ」
 苦笑いを浮かべると、省吾が横からしゃしゃり出てくる。
「自己中の成人が、そんな簡単にくたばるわけないよなっ」
 ニッと笑顔を作り、小憎らしい事を言って来る。
「勝手に殺すなよ」
 省吾の頭を小突き、言い返す。
 いつだったか、友達はいないなんて、冗談でも圭に言った事を撤回したい。迎えに来てくれた三人を前にして、そう思った。

 瞭と省吾とは、駅前で別れた。圭とは、アパートへ帰る。
 戻る道すがら、圭のやつは柄にもなくずっと黙りこくったままだった。それも仕方ない。事故は自分のせいだと、気にしているのだから。
 悪い事したな。
 俯き歩く横顔を見て、申し訳なく思う。
 まだほんの十三年しか生きていないこいつの心に、イヤな記憶を埋め込んでしまった。下手をすれば、俺と同じ思いさえさせてしまうところだった。
 圭が無事で、本当によかった。こいつに怪我がなかったことに、ほっと胸を撫で下ろしていた。
 家に戻り、久しぶりと言っても、僅か一日空けただけだが。この染みついた煙草の臭いに、やけに落ち着いていた。
 圭は、暗いままじゃいけないと思ったのか、やたらと口数が増え、無理やり明るくしようとしているのが解った。健気なその姿に、心がチクリと痛みを持つ。

 その夜。ライヴ前日以来の悪夢を見た。
 暗闇を彷徨い、手探りで歩き。突如弾ける閃光に視界を奪われる。
 飛び散る鮮血と、付着し滑りを感じる気持ちの悪さ。
 路上に倒れている人物は、いつもならアイツの姿だった。
 けど、血に染まり、身動きもせず、空ろな瞳でこっちを見ていたのは、俺自身だった――――?!
 俺が俺を見ている。
 血に染まり、見透かすような空ろな眼で俺をっ。
「うわあぁぁぁぁぁーーーーーーっ!」
 発狂し、脂汗を滲ませ、荒い呼吸で目を覚ます。ベッドの上で上半身を起こし、きつく布団を握り締めていた。
 真夜中の静まり返った室内には、俺の荒い呼吸とカタカタいう換気扇の音だけがしている。
 隣では、圭が起き上がり、驚いた顔をして俺を見ていた。
「……しげと……さん……。大丈夫ですか……。どっか、痛むんですか……」
 物凄い形相の俺を見て、圭は恐る恐る窺う様にして訊ねる。
「悪い、起こしちまって。なんでもないんだ……」
 事故のせいじゃないか、と圭は心配そうにしている。
「大丈夫だから」
 未だ、不安そうな顔を向けてくる圭にそう言いきかせると、漸くまた横になった。
 圭が布団に潜り込んだのを確認して、ベッドを抜け出す。圭がここへ来て以来遠ざかっていたタバコとライターを久しぶりに手にし、蒸し暑いベランダへと出た。
 少し離れた大通りを走る車の音が、時々夜の闇を震わせる。カチリと音を立ててライターに火を灯すと、ぼんやりとした小さな灯りが心細げに手元で揺れた。
 取り出した煙草に小さな灯を吹き付けるようにして、暗闇の向こうをぼんやりと眺める。
 ふかすタバコの煙が、夜の闇に白い靄を作り続ける。眠りについたと思っていた圭が、いつの間にか俺の背中越しにその夜を眺めていた。
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