11.クソおもしろくない男

エピソード文字数 4,873文字

 梅雨を前にしたライヴ前日。湿気の多くなった空気が、僅かに体へと纏わりついてくる。ギターを背負い、エフェクターの詰まったケースをキャリーに乗せて引きずり歩いた。金具の入った安全ブーツが、コンクリートに硬い音を立てる。少しばかりの上り坂を行き、角を曲がる。最終的な音合わせのため、いつものおんぼろスタジオに向かっていた。圭のやつは、珍しくそばにいない。たまにはこんな日があってもいいと思う反面、あまりにいつもそばにいたせいか、僅かな物足りなさを感じている自分に苦笑いがもれた。
 スタジオに辿り着き、自動ドアを潜り抜けると、ビシッとスーツを着た岩元のオヤジが待ち構えるようにして中に居た。
 まるで張り込みの刑事だな。さながら、俺は最重要参考人ってところか。
「岩元さん。ほかに仕事ないの?」
 憎まれ口を叩き、受付に声を掛けて奥へ行く。
「これが最優先の仕事です」
 岩元のオヤジは、クスリとも笑わずに応えた。
 真面目くさったその顔、気にいらねぇ。
「最優先ねぇ」
 音楽に少しも興味なんてなさそうな顔をしているくせに、イラつく。どうせ、上の奴等に無理やりさせられてる仕事なんだろう。本人は、少しも俺たちになんか興味などないに違いない。
 やりたくもない仕事をしなきゃならないサラリーマンてのは、まったく大変だと思うよ。けど、Vallettaの音を聴いてつまんねぇ顔するような奴と、話しする気になんてなれるかよ。
 スタジオの重いドアを開けると、瞭たちがいないのをいいことに、岩元のオヤジも後について入ってきた。これは、珍しいことだった。待ち伏せするのはしょっちゅうだが、ブースの中にまで入り込んでくるなんてことは今までなかった。
 僅かに驚いていると、出入り口傍の薄汚れた壁の傍に立ったまま、じっとこちらを見ている。様子を窺っているのか、ギターの音を聴こうとしているのか解らないが、無言のまま傍にいられるとやりづらくて敵わない。
 かといって、会話などしたくもない。構うことなく背負っていたギターをおろし、ケースから取り出してチューニングを始めた。音を合わせたギターを一度かき鳴らすと、切れ間を狙って岩元が話しかけてきた。
「青葉君は、憧れているミュージシャンは、いますか?」
 いつもとは違う話の切り口と内容に、ピクリと眉が動き、手が止まる。
 憧れてるミュージシャンだと。
 チューニングしている間もずっと壁際に立ち続けていた岩元を、思わず見てしまう。瞬時に浮かんだのは、「アウトサイダー」だった。けれど、こんな音楽に興味もないようなオヤジに、「アウトサイダー」の名前を言うこと自体汚らわしく思えた。
 こいつ、急に何を言い出すんだ。
 眉間にしわを寄せる。
「何でそんな事」
 再びギターを弾く手を動かし、岩元から視線を外す。すると、微かに聞こえる声で、「いえ、別に」と黙り込んでしまった。
 感じ悪りぃな。自分で訊いておいて、あっさり引き下がるのかよ。
 だいたい、憧れってなんだよ。俺の音が、誰か他のやつにでも似てるって言うのか? 言っとくが、パクリするほどプライド捨ててねぇよ。
 それとも、頼の音に似てるって言いたいのか?
 確かに、頼には憧れているが、真似ているつもりはない。
 まさか、……アイツに似ているなんて思ってるんじゃないだろうな。いや、そんなのは考え過ぎだ。音楽会社にいるからと言って、音楽に興味があるとは限らないこの岩元が、親しくしていたアイツのことを知っているはずがない。
 そこまで考えて、その思考をすぐにかき消した。大切なものを汚されてしまいそうで、イヤだったんだ。
 気を取り直し、ライヴで披露する予定の曲を軽く奏でた。そうこうしているうちに、瞭と省吾がセットで現れた。
「おーすっ」
「ちぃーす」
 挨拶しながら入ってきた二人が、岩元の存在に気付き顔を瞭は少し顰め、省吾は驚きつつもヘラッとした顔を向けている。
 二人の視線に、「邪魔しましたね」と小さく頭を下げ、岩元のオヤジはドアの外へと出て行った。ただ、ブースから出ただけで、帰ったかといえばそうではないだろう。きっといつもの如く、外の長椅子付近で練習が終わるまで待っているはずだ。
「岩元さん、また来てんだ。あの人、熱心だよね」
 省吾が肩に担いだベースを降ろし、出て行ったドアの向こうを見ている。
 熱心と言うか、会社に踊らされてると言うか。
 呆れた表情を浮かべて、ギターを弾き始めた。瞭は何も言わず、ドラム位置を調整し始める。
「もうさ。こうなったら、デビューしちゃおうよ」
 省吾が、勢いに任せて勝手なことを言いだした。無責任なその発言に、つい感じの悪い態度をとりたくなる。
「じゃあ、お前一人でデビューすれば?」
 皮肉を込め、からかいながら言ったあとに、来る途中のコンビニで買ったペットボトルの水を一口飲む。
「えー、俺? 俺だけがデビュー? スゲー」
 皮肉ったのに、伝わらなかったらしい。デビューして自分が舞台に立っている姿でも想像したように、省吾は嬉しそうにケラケラと声を上げて笑っている。
「でもなぁ、俺って堅実だから。もっと土台を築き上げてからじゃないとさ」
 人生プランでもあるように得意げな顔の省吾へ、さっきまで何も言わずに黙々とドラムをいじっていた瞭がからかいだした。
「省吾、堅実なんて言葉、知ってたんだ」
 スティックをクルクルッと回した後に、勢いをつけてドラムを叩く。そんな瞭をキッと睨みつけた省吾は、馬鹿にされた事へ必死の反撃を始めた。
「それくらい知ってるしっ!」
 ガキみたいに言い返す省吾を見て、瞭が笑っている。ドラムの音にかき消された反論にむくれた顔をしながら、省吾はまた俺の方へと向き直る。
「成人だけでもデビューしてさ、俺をバックバンドにでも使ってくれたら、食い扶持には困らないわけよ」
 まだデビューの話を諦めていない省吾へ、瞭から二度目の突っ込みが入った。
「他力本願だな」
 瞭の皮肉にムカッと来た省吾が、ドラムの傍へと駆け寄った。
「瞭は、いちいち人の揚げ足とんないのっ! ちょっと頭いいからってバカにすんなよぉ」
 圭のように語尾を伸ばして言い返しているが、その言葉遣いをやめない限りは、いつまでたってもからかわれるぞ。なんてことは、わざわざ言ってやらない。省吾がからかわれている姿は、笑えるからだ。俺って、結構な悪人。
 省吾の姿に笑みを浮かべ、可笑しさをかみ殺しながらギターを鳴らした。

 ライヴでやる曲を一通り流していく。声の調子もいいし、ギターの奴も機嫌が良い。瞭と省吾も仕上がりに満足しているようだ。これなら明日のライヴも、いい感じになりそうだ。
「明日は、飛ばすよー」
 省吾は肩からベースを降ろすと明るく声を上げ、明日着る衣装を何にするか考えながら鼻歌を歌っている。瞭もいつも以上に機嫌よくスティックをクルクルと回し、被っていたキャスケットをクイクイッと直している。
 二人の様子に俺自身もテンションが上がったまま練習を終え、スタジオのドアを開けた。すると、案の定そこには岩元の姿と、何故だかもう一人。
「ですよねぇー。うんうん。そうなんですよぉー。もう、かっこよすぎてぇー」
 かなりテンション高めで、はしゃぎながら岩元に話しかけ笑っている人物の登場に目が点になる。
「圭。お前、何で居るっ?」
 思わず、呆れてそう言ってしまった。ここへ来るまで、そばにいないことに僅な寂しさを感じていたくせに、いざ現れると憎まれ口がついて出たてしまう。心の奥底で芽生えた嬉しさを抑えつけていると疑問が浮かんだ。
 スタジオの場所、教えったけな?
 圭と話している何かの折に、いつも行くスタジオのことを話しただろうか。記憶を手繰っていたが思い出せず、別の可能性を思いつく。
 まさか、また小川店長から訊き出したのか?
 その可能性があまりに大きい気がして、頬がつる。
 店長には一度釘を刺しておかないと、俺の田舎のことまで面白おかしく話されてしまいそうだ。
 しかし、よりによって、何故岩元と楽しげなんだよ。その上、岩元のオヤジが笑ったところなど今までかつて一度も見たことがないというのに、表情を綻ばせ、なんなら少しばかり声まで上げていやがる。
 岩元の相貌(そうぼう)はいつもの仏頂面ではなく、穏やかに崩れていた。
 ありえねぇ。ありえねぇよ、こいつ。圭は、やっぱり犬なのかもしれない。岩元のオヤジを笑わせるなんて芸当ができるのは、ペットか赤ん坊しか居ないと思っていたからだ。
「成人さ~ん。せっかく友達が会いに来たのに、何で居る? とか言わないでくださいよぉ~」
 だからっ語尾を伸ばすなっ!
 つか、だいたい友達じゃなくて、ペットだ。
 岩元の微笑を引き出した圭のありえない行動力に、驚きがやまない。
 この地球外生物の圭と、まともに話し合おうなんて思っちゃいけないのかもしれない。宇宙人のこいつと人間同士の会話なんて、きっと無理なんだ。
 ギターを担いだまま項垂れていると、圭と一緒に長椅子に座って談笑していた岩元が立ち上がった。
「調子は、どうですか?」
 そう訊ねた顔は、既にいつもの真面目腐った、くそ面白くもねぇ顔に変わっていた。
 さっきの笑い顔は、幻だったんだろう。それか俺の幻覚だ。
「明日のライヴ。楽しみにしていますね」
 岩元はいつもの無表情で、営業トークをかます。
 上辺の言葉なんて言ってんじゃねぇよ。ったく!
 さっきまで、ライヴの事で上がっていたテンションが、岩元の心などない言葉に急激に下がっていく。
「岩元さん。あんたが本当に楽しみにしているとは、思えねぇけどな」
 めいいっぱい嫌味を込めたけれど、岩元はピクリとも表情を動かさない。その顔を一瞥し、背を向け歩き出す。
「あっ、ちょっ。成人さんっ」
 スタスタと足早に居なくなる俺のあとを、圭が慌てて追いかけて来た。スタジオを出ると陽は落ち始め、ビルの向こうの空を橙に染め始めていた。
「あんな言い方、しなくてもいいじゃないですかぁ~」
 隣に並んだ圭は、さっき岩元に言った言葉を非難する。
 なんだよ。あんな面白くもなんともねぇ、会社に踊らされているだけのオヤジの味方に付くのかよ。
 いつだってチョロチョロと自分にだけにくっ付いてきていた圭が、手のひらを返したように俺よりも岩元を庇ったことに納得がいかなかった。
 ガキみたいに拗ねた心で圭のことも一瞥し、応えず歩を進める。少し速いくらいの足取りから苛立ちを感じ取ったのか、さすがの圭もそれ以上は何も言ってこなかった。

 その日、またあの夢を見た。
 血にまみれたアイツの姿。その姿のまま、言葉も発することなくジッと俺を見る目。怒りとも、悲しみとも取れる瞳。
 俺は立ち尽くし、驚愕するだけ。言い訳すら思いつかない。
 アイツの飛び散った血のぬめりと温かさと紅(あか)。体に付着した鮮血に発狂した。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 静まり返る室内に響く叫び声だが、すぐに夜へと吸い込まれ、室内は静寂に包まれる。
 焦りや慄きで短い呼吸を繰り返し、ドクドクと鳴る心臓を右手で押さえた。
 汗か涙か判らずに伝う頬のものを乱暴に拭い、頭をかきむしる。
「くそっ……」
 零れたつぶやきは、誰に対してなのか。あの時の自分に対してなのか。何も言わないままだったアイツへなのか。
 それとも、未だに縛られ続けている現在(いま)の自分へなのか……。
 ベッド脇の棚から、ひったくるようにタバコを取り、乱暴に火をつけ紫煙を薄闇に燻らした。深く深く吸い込み、吐き出す煙は薄暗い室内に漂っている。スマホに触れると、既に外が白んできそうな時刻になっていた。
 ライヴ当日の今日。俺は、いつも通りに歌えるのだろうか……。
 不安が煙とともに狭い室内を漂い続けていた。
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