14.楽屋のじゃれあい

エピソード文字数 4,535文字

 ライヴ終了後。始まる時と同様に、会場内にはBGMが流れていた。客たちはスタッフに促され、渋々外に出され、中には熱気だけを残している。ステージ上で機材を片付けていると、そのスタッフを掻い潜りファンたちが傍に来た。花束や、よくわからない包みのプレゼントを笑顔とともに手渡してくる。礼の言葉と多少の笑みを渡すと、握手をせがまれたり、サインを強請られたりする。それをGATEのスタッフがやって来て、引き上げるように説得している。
「おつかれさまでした」
 そんなファンに紛れ、ゆっくりとした動作で近づいて来た声にも、条件反射のように笑顔を向けた。けれど、すぐに笑みを引っ込める。
 声を掛けてきたのは、相変わらず表情筋が無いんじゃねぇかと思わせる顔の岩元だったからだ。心が少しもこもっていないような労いの言葉に、小さく息を吐いた。
「打ち上げ。今日もありますよね?」
 俺よりも随分と年上の岩元が、ありますよね? などと少しばかり丁寧な言葉遣いをすることも鼻持ちならねぇ。俺がもしも岩元のいる事務所に入ったなら、そんな言葉づかいもすぐに使われなくなるんだろうと鼻白む。
 上から物を言っている事務所のやつらを、何度か見かけたことがある。事務所に縛られてしまったやつらはそんな態度で接されても、売ってもらっているという負い目でもあるのか、黙って項垂れ頷いていたりする。岩元だって、そんな態度をする一人かもしれない。考えただけで、ムカついてくる。
 ライヴのあと。俺たちは、決まって酒を飲みにいく。夕飯をかねた打ち上げだ。メンバーそれぞれが招待した友達を交え、酒を飲み騒ぐのが定番になっていた。
「打ち上げの費用。こちらで持たせて下さい」
 ギターを片付ける手を止め、そんな事を提案してくる岩元に視線を向けた。金を使って取り込もうっていうのか。浅はかだねぇ。知ってるとは思うが、Vallettaは金に困ってないんだ。
「そんな筋合いないんで」
 一言吐き捨て、ケースへ戻したギターを抱えて立ち上がる。ステージを降り、俺の方を真っ直ぐ見たままの岩元の横を通り過ぎ、出口へのドアを開けた。省吾が心配そうな顔をしているのがチラリと見えたが気にしない。放っておけばいいんだ。
 外への内階段を上り地上へ出ると、たくさん居る出待ちのファンでその辺一帯が溢れ返っていた。
昼間とは比べ物にならない声をあげ、スタッフがたまらないでくださいと客へ叫んでいる。
 これじゃあ、タケさんのところに苦情が来ても仕方ないな。
 他人事のように、大変だなぁと思いながら客たちを見ていると、中にはあのアキって子もいた。けれど、昼間のように近づいてくることはなく、遠巻きにして俺を見ている。
「成人さん。最高でしたっ!」
「成人さん。かっこよかったです」
「成人さん。握手してください」
「成人さん。――――」
「しげとさん――――……」
 外に出てきた俺を見つけると、たくさんのファンが一点集中。何とかそれをかわして、急いで控室への外階段を駆け上がる。
 俺が居なくなると、後ろをついてきていた省吾と瞭にも同様のことが巻き起こる。愛想のいい省吾は、そのまま客たちと話し込み、瞭だけが控え室に戻ってきた。
「おつかれさん」
「おぅ。お疲れ」
 タオルで汗を拭い、テーブルに用意されていたペットボトルの水を手に取った。
「打ち上げ、いつものところだろ?」
「あぁ。タケさんがいつも通り予約を入れてくれてるはず。瞭のところ、何人?」
「俺を入れて五人かな。成人は?」
 訊ねながら椅子に座り、タバコに火をつける。
「俺は、変わらず」
「誰にも声掛けてないのか」
「……ああ」
 どうしても誰かを呼ばなきゃいけないとしたら、アイツしかいない。
 だけど、もう――――。
 脳裏に浮んだアイツの顔を振り切るようにして、バスタオルを手に席を立ち奥へ歩いていく。
「圭とかいう中学生は? 来てたろ?」
 シャワー室へ向かう背に、瞭が問いかける。
「ん? ああ、あいつね。ガキだしな。酒の席に連れて行ってもな」
 心の中で思っていることとは裏腹なことを言って、シャワールームのドアに手をかけた。瞭は、そんな俺に何も言わず、天井へ向け紫煙を吐き出していた。

 狭いシャワールームに入り蛇口をひねると、少し温めのお湯が汗を流していった。
 圭のやつ、スタッフ席に居るのは確認できたけど、さっき外に出た時は見かけなかったな。ライヴを聴くだけ聴いて、サッサと帰ったのか?
 備え付けのシャンプーで髪の毛を洗い、泡を流す。排水溝へと流れていく泡を眺めながら、スタッフ席で、いつにもない真剣な表情をしていた圭を思い出していた。
 あの真剣な表情は、なんだったんだろう。確か、初めて楽器屋で会った時もあんな顔つきをしていた気がする。まるで、標的を射るような鋭い目は、いつもフワフワとオチャラケ、間延びした話し方をする圭には到底想像もつかない顔つきだった。一瞬だが、鋭く胸の奥底を覗かれているような、居心地の悪さを感じたけれど、気のせいだろうか。
 キュッと音を立て蛇口を閉める。ポタポタと髪の毛から滴る雫をタオルで拭い、着替えて控え室に戻った。
「あきらー。次、いいぞー」
 頭にタオルをかぶったまま、控え室に居る瞭へ声を掛けた。すると、控え室には瞭のほかにもう一人、身振り手振りのやたらと大きい奴がいた。瞭が今日手に入れたマグナムを、興味津々に眺めて話し込んでいる。
「圭!? お前、ここでなにやってんの!?」
 突如現れた圭の姿に、毎度のことながらなんの芸もなく同じような反応をしてしまう。
 だいたい、たくさんいるあのファンたちを掻い潜って、よくこの控え室に入れたもんだよ。スタッフに止められなかったのか? 流石というか、なんというか。
「まぁ~たぁ。成人さん、友達に対してその言い方は、ないでしょぉ~っ」
 こいつも相変わらずな反応だな。
 つい顔がにやけてしまう。呆れつつも、圭の存在に感情は素直に反応していた。
 瞭に習ったのか、圭のやつはマグナムを器用にクルリと回し、腰につけたホルスターにスッと差し込む。さながら、西部劇のカウボーイ気取りだ。
 どう? 凄いでしょ?
 そう言わんばかりの得意げな表情を俺に向けてくる。仕方ないから、悦になっているその顔に向けて褒めてやった。
「スゲー、スゲー」
 拍手つきで笑いながら褒めると、かなりご満悦のようだ。こういうところは、単純で判り易い。
 マグナムの納まったホルスターを腰からはずし瞭に返すと、圭が傍に来た。
「これから打ち上げなんでしょ? 僕も行っていいですかぁ?」
「はぁ? お前、家に帰らなくていいのかよ」
「もぉーっ。子供じゃないんですよっ」
 いやいや。充分、子供だし。
「別に来てもいいけど。酒は、飲むなよ。つまんねぇことで、捕まりたくねぇからな」
 ガシガシとタオルで乱暴に頭を拭き、圭が来る事の嬉しさを照れ隠しするように、テーブルに置きっぱなしにしていた煙草に手を伸ばし、火を点ける。
「わかってますよぉー」
 忠告にニコニコと返事をしたあとは、咥えているタバコをスッと奪う。手慣れた仕種に、こちらは防御もできない。
 またも横から奪い取られたタバコに、そうだった。こいつの前じゃ吸えないんだと、学習能力の欠片もない自分に笑ってしまった。
 圭は、いつものように掌にイチゴミルク飴を乗せて差し出してきた。あまりに当たり前すぎる行動に、文句も言わず手に取り、口に放り込んだ。懐かしい甘い味が、口内へと広がっていく。
「瞭さんにも。はい」
 シャワールームへ向かおうとしていた瞭を呼び止め、圭が飴を差し出した。差し出されたイチゴの飴に、最初の頃の俺と同じように瞭は面食らった顔をしている。それでもすぐに気を取り直し、礼を言って受け取っていた。マグナムのことといい、ガキは嫌いじゃないみたいだ。
 瞭がシャワールームへ行き、二人になったところで圭に訊ねた。
「ライヴ。観に来るなら、そう言えよな」
 飴を口の中で転がしながら、隣に腰かけ足をぶらつかせている圭を見る。
「あれ? 僕言わなかったでしたっけぇ?」
 そっか、言ってなかったか。そっか。などと独り言のように呟いている。
「つぅーか。何で、スタッフ席に居たんだよ」
 少し不機嫌な声で訊くと、むふふ。といやらしい笑い方をする。
「ライヴハウスに入る前に、岩元さんを見つけて。声を掛けたら、スタッフ席の方が潰されないからって」
 やっぱり、岩元か。余計な事しやがって。
「俺に言えばPASSシールくらい出してやるのに。何も、岩元に……」
「えぇーっ。だって、成人さんにそんなこと言ったら、文句言われそうだしぃ~」
 ぶぅっ。と膨れて拗ね始めた。
 いきなり家に押しかけたりするくせに、なんなんだ。
「変なところに、気遣ってんじゃねぇよ」
 圭の頭にぽんと手をのせ、椅子から立ち上がる。そこへ、省吾が戻ってきた。
「いやー。俺ってモテモテ」
 花束やプレゼントを山ほど抱えた省吾は、かなりご機嫌な様子だ。
「こんなにいっぱい貰っちゃったよー」
 ドサリと貰ったプレゼントをテーブルに置いたところで、圭の存在に気がついた。
「あ、圭君だ。ライヴどうだった?」
「もう、最高ですよー。省吾さん、ちょーーかっこよかったですよぉ」
 このこのぉー。と肘で省吾の脇腹を突いておだてている。省吾は、満更でもなく嬉しそうにしている。世渡り上手な圭に、苦笑いを浮かべた。
「そうだ。はい、これ」
 嬉しそうにしている省吾へ、圭が飴を差し出した。
「うわぁー。三角イチゴミルク飴だー。なつかしぃなぁ~」
 年が俺たちよりも近いせいか、脳内年齢が幼稚なせいか。なんの躊躇いもなく、省吾は圭から飴を受け取ると、すぐに包みを解き口に放り込んだ。
「ん~。なつかすぅい~」
 ほんの少しの酸っぱさに、キュッと口を窄めている。そこへ、瞭がシャワーから戻ってきた。
「省吾もシャワー浴びて来い。打ち上げ、いつものところだから。先に行ってるからな」
「あいあーい」
 口の中で飴を転がしながらふざけた返事をし、バスルームへと弾んだ足取りで消えていった。
 圭を引き連れて、省吾より一足先に打ち上げ場所の居酒屋へと向かう。キャリーを引き、ギターを肩に担ごうとすると圭が手を伸ばしてきた。
「僕、そのギター持ちたい」
 子供が玩具を欲しがるみたいにせがむ姿に笑みが零れる。
「ぶつけんなよ」
「はい」
 手渡したギターを笑顔で受け取り、大きな任務でも負かされたように大きく頷く。
 大切な楽器を預けられた事が嬉しいのか、圭の足取りは軽い。瞭と二人、前を行く圭の後姿を見て歩いた。
「ちょっとしたローディーだな」
 瞭が可笑しそうに呟く。
「ローディー? これでセッティングもしてくれたら助かるんだけどな」
 圭の背を見ながら苦笑いで溢す。
「そりゃ、無理だろ」
 瞭が笑う。
「だよな」
 俺も笑う。
 気持ちが和いでいくような道のりだった。
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