第13話 久しぶりに文芸誌を読んでみたの記(『群像』2022年4月号)

文字数 3,451文字

 久しぶりに文芸誌を読んでみました。

『群像』2022年4月号です。
 今号は西村賢太氏、石原慎太郎氏の追悼号にもなっています。
 前者に対しては、阿部公彦さんが「西村さんが『やばかった瞬間』」、町田康さんが「西村賢太さんの文章」というタイトルで追悼文を執筆し、後者に関しては富岡幸一郎さんが「『極』なる海をめざした文学者」というタイトルで追悼文を執筆しています。

 西村賢太さんは生前、東京大学でトークセッションをしたことがありますが、その時インタビュアー役を担当したのが阿部公彦さんだったのです。追悼文の中で阿部さんは、そのトークセッションの裏話を書かれていて、わたしはとても興味深く読みました。

 西村さんのトークセッションは、公益財団法人日本文学振興会(芥川賞・直木賞を主催する財団法人ということになっているが、実際は出版社の文藝春秋)の「人生に、文学を。」プロジェクトの一環として行われたものです。

 ちなみに「人生に、文学を。」プロジェクトでは、島田雅彦さん、小川洋子さん、中村文則さんといった純文学系の作家、それから浅田次郎さん、石田衣良さん、葉室麟さんといったエンターテインメント系の作家の両方が招かれて講演をしています(錚々たるメンバーですね!)。
 ところが、西村さんだけ、なぜか講演ではなくトークセッションになっていたので不思議だなあと思っていたのですが、まさかイベント当日に「ご本人はまったく講演の準備などしていないことが判明」という状況だったとは……。

 しかも沼野充義さんがエレベーターに閉じ込められる事件が起こるとか、大変な波乱含みのイベントだったことが阿部さんの文章からわかります。
 ご存知の通り、沼野さんは東大名誉教授、阿部さんも東大教授ですが、東京大学キャンパスというホームグラウンドで開催されたイベントでありながら、ここまであり得ない事態が起こるのがすごいです。これもある意味、いかにも西村賢太らしいと言えるのかもしれません。

 裏ではいろいろあったにしろ、トークセッションそのものはとても面白いです。質疑応答も含めてYouTubeで公開されています。※1

「虎は死して皮を残し、人は死して名を残す」というのは講談の台詞※2ですが、私小説作家死してエピソードを残す、というところでしょうか。
 世間的には、女性に対する暴力や暴言のシーンばかりが強調されているところがありましたが、一方でそういう話ばかりを喜ぶ「自称読者」への嫌悪感と軽蔑を隠そうとしなかった西村さんは、現実の自分と作品の自己イメージとの乖離に苦しんでいたところもあったのではないかなあ、と勝手に想像しています。
 西村さんが藤沢清造の歿後弟子を名乗ったのは有名ですが、ある番組で自分に影響を与えた作品として、北条民雄が自らのハンセン病の体験を綴った「いのちの初夜」を挙げていて、その真摯な表情が強く印象に残っています。わたしは、西村さんの作品と文章が好きでした。

『群像』4月号に掲載された創作の中で、今ネットなどでも話題になっているのが、芥川賞作家金原ひとみさんの短篇「ヨギー・イン・ザ・ボックス」です。

 主人公は、大学でアメフトをやっていたバリバリの体育会系青年なのに、なぜか出版社に採用され、あろうことか文芸誌の編集者になってしまった三井田。あまりのアウェー感から「文芸業界は魔界だ」、「自分はもう異動願いを出す他ないのだろうか」と悩んでいます。ある日、先輩編集者から担当を引き継いだ女性作家・鳥後(けっこうくせ者!)や、いかにもインテリっぽい編集者・大滝との三人でエレベーターの中に閉じ込められてしまい……(今号は、エレベーター閉じ込められネタが多い?)。
 
 作家の鳥後の視点ではなく、三井田の視点から描かれているのがおそらくポイントで、おかげで文芸業界の

が客観視されると同時に、インテリと体育会系って、ここまで世界に対する感じ方や考え方が違うんだね、という部分が鮮やかに、時にユーモアを交えながら描かれています。

 ちょっと余談になりますが、以前の社会において、インテリの対極にあるのは労働者で、かつての日本社会においても、それぞれの階層ははっきり分かれていました。例えば、1960年に発表された倉橋由美子の短篇「パルタイ」は、正にそういう状況を思いきり諷刺的に描いた作品でした。

 インテリ階層は1960年代の終焉と共に訪れた学生運動の挫折を機に、徐々に解体されていきます。その解体が完全に終わったのが、バブル崩壊後の1990年代後半だったのだろうと思います。それを象徴する作品が、江戸川乱歩賞と直木賞をW受賞した藤原伊織の『テロリストのパラソル』(1995年)で、ここでは敗北したインテリが、哀切なハードボイルドの主人公として「白鳥の歌」を奏でる様が描かれています。

 余談の余談ですが(司馬遼太郎か!とセルフツッコミ)、2015年ぐらいから、日本では「反知性主義」なんていう言葉が流行り出しました。その定義や用法をめぐってはいろいろ議論があるようですが、要は現代日本社会において、階層としてのインテリどころか、インテリという語そのものが意味をなさなくなったということであり、高学歴ワーキングプア問題等は、そうした社会状況を端的に示していると言えそうです。

 現代日本社会において、僅かながらインテリらしいものが残存している場所――それが文芸界なのかもしれません。
 鳥後や大滝と一緒にエレベーターに閉じ込められた三井田が、無事外に出られた後、「インテリ二人とシチュエーションスリラー的シチュエーションを生き延びたことで自分は少し成長したのかもしれない」と思うシーンはその意味で印象的であり、いろいろ考えさせられます。

 この「ヨギー・イン・ザ・ボックス」もとても面白かったのですが、今号の中でのわたしのイチオシは、早助よう子さんの「アパートメントに口あらば」です。

 早助よう子という名前を見たのは初めてだったので、少し調べてみました。早助さんは所謂文学新人賞受賞者ではなく、2008年、翻訳家・柴田元幸さんが責任編集の文芸誌「モンキービジネス」に短篇が掲載され、それがデビュー作となった作家です。
 その後、他の文芸誌にも短篇を発表していたのですが、なかなか単行本は出ず、2019年になんと私家版として短篇集『ジョン』を出版しました。
 翌2020年に、ようやく商業出版として初の単行本『恋する少年十字軍』が河出書房新社から刊行されています。

「アパートメントに口あらば」は、関東大震災後の東京に建てられた「働く女性たちのための専用アパート」を舞台に、アパートの管理人である「口数の少ない一風変わった少女」点子と、元記者で今は物書きの、「おかしな八角黒縁眼鏡」をかけた兼子の間に結ばれた不思議な友情を中心に描かれる作品です。 

 特に難解な表現や奇抜な比喩とかはないのですが、なんともユニークで独特な世界が描かれており、今号の創作の中で一番印象に残りました。中篇で、おそらく400字詰原稿用紙100枚ぐらいの分量だと思います。

 このくらいの長さって芥川賞候補になり易いので、次回2022年上半期の芥川賞、この作品候補になるかもしれませんよ!(南ノ予想)

 YouTubeのブックレビューでは、芥川賞・直木賞の予想がよく行われますが、普通は候補作が出揃ってからやるんですよね。

 候補も出揃わないうちから、勝手に芥川賞予想とかやってる無謀なブックレビュー!

 これ、今回のキャッチコピーとしてどうかしら?

 まあ、株価予測とかと違って、この連載は間違ってもランキング1位になったりしないでしょうから、一生懸命キャッチコピー作ってもあまり意味はないですけれど……。

 あ、そうそう、早助さんの文章を読んでみたいという方は、treeの「『群像』エッセイ集」に、「善き人々の受難」というエッセイが再掲されていますよ。ごく短い文章ですが、まるで幻想小説のような、奇妙で魅力的な味わいがあります。※3

※1 https://youtu.be/0adtabjvx-A
※2 講談と言えば、神田伯山さんの「講談放浪記」も連載されています。神田伯山さん、なんと文芸誌デビューを果たしていたんですね。
※3 https://tree-novel.com/works/episode/5cbcf93c73e56b177d2f834337d97b8f.html 
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