第2話 朝吹真理子と西村賢太は対照的?(『きことわ』篇1)

文字数 1,324文字

 朝吹真理子さんの『きことわ』は、2011年の第144回芥川賞受賞作。同時受賞は西村賢太さんの『苦役列車』でした。

 毎回話題になる芥川賞ですが、この第144回はその中でもかなり際立っていました。授賞式会場で並んで立った二人の様子――当時43歳で、かなりどっしりした体形の西村さんと、当時26歳、慶応大学の大学院生だった朝吹さんの若々しい姿がビジュアル的に好対照だったことも理由のひとつでした。中には露骨に「美女と野獣」などと形容した報道もありました。

 この稿を描くために当時のニュース動画を検索してみたんですが、ANNNEWSでは、タイトルが「芥川賞に朝吹真理子さん

」となっており、完全に朝吹さんメインの報道。アナウンサーが「芥川賞は他に西村賢太さんの『苦役列車』

受賞しました」と言っていて、扱いの差に改めてびっくりしてしまいました。「も」はないでしょう「も」は!

 ところがその後、「受賞の知らせを受けた時、何をしていましたか」という質問に対する西村さんの、従来の芥川賞受賞作家のイメージとはかなり異なるインパクトのある答えがネット上で拡散されたり、ご本人がテレビのバラエティー番組などに出演したりで、受賞後の話題性と知名度(一般的にという意味ですが)に関しては、むしろ逆転的に西村さんの方が上になったような印象がありました。

 第146回芥川賞を受賞した田中慎弥さんの「もらっといてやる」発言も話題になりましたが、芥川賞受賞時に一発ギャグ(?)的な発言で話題をつくるという手法の先鞭をつけたのは、西村さんだった気がします。一方で、第153回芥川賞を受賞した又吉直樹さんが、すごく真面目な態度で受け答えをしていたのが、予想を裏切る形で新鮮でもありましたよね。

 わたし自身、私小説という小説形態が好きなところがあるので、2010年代の世の中に、藤澤清造の歿後弟子を名乗り、正に近代私小説的な文体と作風をひっさげて登場してきた西村賢太さんに興味を引かれました(当時、「藤澤清造って誰?」という声が多く上がっていましたが、実は藤澤清造は正宗白鳥の『自然主義文学盛衰記』などにもちゃんと名前が載っている、文学史的にはそれなりに知名度のある私小説作家です)。

 それで当時、『苦役列車』だけでなく、他にも『どうで死ぬ身の一踊り』など、西村さんの作品は何冊か読んだのですが、朝吹さんの『きことわ』はスルーしてしまっていました。

 今回ようやく『きことわ』を読んでみたのですが……今更言うのもなんですが、とても面白かったです(はは!)。
 ビジュアル的に対照的であるだけでなく、性別も学歴も(西村さんは中卒)、育った環境も異なる(朝吹さんは父と祖父がフランス文学研究者。一方の西村さんは小学三年生の時に、父親の犯罪がきっかけで両親離婚)ふたりの作家ですが、わたしはこの二篇の第144回芥川賞受賞作品そのものが対照的だとは思いませんでした。

 つまり、近代私小説の亡霊が蘇ったような西村さんに対し、現代文学の最先端をゆく朝吹さんのW受賞という大方の印象とは異なり、この二作はどちらも近代日本に根差した部分があるのです。
 その点について、次回詳しく書いてみたいと思います。
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