第13話
文字数 2,461文字
☆☆☆
「ふぅむ。味はなかなか」
市役所の『魔法剥奪者対策課』に行き、コレステロール一家の亡骸を引き渡すと、市役所のおっさんが自然解凍状態になっていた亡骸の頬の部分を包丁で切り、ナイフとフォークで器用に食べた。そして、味はなかなかだ、と感想を述べるのだ。
わたしはこのおっさんから目をそらした。
「我が対策課も、最近のシリアルキラーにはほとほと困っているのだよ。確かに彼らは支持を得た。だが、それはネットに生息するギークたちの支持だよ。我々のようなまともな国民の支持ではない。それを勘違いして、我が物顔で殺していく彼らには、早急にお引き取り願いたいのだよ、この世界からね。……だが、君らギルドは〈地下鉄戦争〉で負けた経験を持つ。いや、持ったからギルドを各地につくったのだったか。まあ、どのみち劣等感の『共有』をしているのだろう、君たちは。そんな君たちの手を借りないでもどうにかできたらよいのだが。……おっと、すまないね、愚痴を言ってしまって」
ハハハ、と笑う。嫌みを含んだ笑み。
おっさんの口の中の肉片が飛び散る。
わたしは市役所の建物、ここを知っている。隣町にある市役所だ。と、なると、地形が大幅に変わったとはいえ、ここはわたしが元いた世界と同じ場所の、違うバージョンなのだろう。
歩いてみなくちゃな、と思う。
しかし、それを実行にも移す暇はなく、お金をもらったわたしたちは因果魔法少女ギルドへ輸送トラックで戻る。
運転手のましまろさんは、安全運転だった。もしかしたらましまろさんに訊けば、ここらの地形のことを教えてもらえるかもしれない。
この、九字町のことを。
☆☆☆
ギルドに到着し、お金の精算をららみゅうさんに任せたところで、ココアさんが『搬送』されてきた。
叫声を発していて、担架に身体をくくりつけられている。メイドさんたちが叫び縛られながら暴れるココアさんを、独房へ入れ、今度はベッドに身体をくくりつけた。
叫びは続いている。
その様子に目を丸くしていると、
「長期戦を戦ってしまったのよ」
と、きらりが言った。
「精神が魔法に耐えられなくなったのよ。言ったでしょ、瞬殺しなきゃ駄目なのよ。魔力に精神を〈持っていかれ〉てしまうから」
言わんとしていることは、つまりこれはココアさんが発狂した、ということだ。
「よくあることよ」
きらりが涼しげに、しかし、視線を床に落としながら、言った。
「入院歴のあるあなたならわかるでしょ。ここは、閉鎖病棟と似た構造をした、開放病棟だってことが」
「うん。内部のつくりが似てるな、とは思ってた」
「魔法少女症候群」
「?」
「マスコミがつけた名前よ。魔法少女は大衆の『嫉妬』のせいで、地下鉄戦争に負けた」
「嫉妬……」
「なんでこいつらは魔法少女になれたのに、私は魔法少女になれないんだろう。そう、思うわよね。そこで、学者がこう言う。『あれは病気が引き起こしたものなのです』と。いい歳こいて魔法少女にあこがれて、あこがれが抜けないままになってしまった、そういう『病気』の人間たちが、たまたま〈適合〉してしまい、本物の魔法少女になってしまった。だから、あのひとたちは病気なのです、と。あのひとたちは病気で、魔法少女になれなかったひとたちは健康で健全なのです、と。そう、大衆を納得させた」
「それって……」
「でも、一部でそれは正しいとも思うわ。そういった特性があるんでしょう、わたしたちには。だけど、実際に戦っているのも事実なのよ。『感染』しやすいメンタルのわたしたちの心に、負荷がかかる。精神の均衡は、崩れやすい。いえ、崩れやすいようなメンタルだから魔法少女になれたのだから、崩れやすいのは当たり前。メンタルが崩れやすいのは前提なのよ。しかし、大衆にしてみれば、『病気』の人間が、その病状が悪化して崩壊したようにしか思われない。だから、悪意を込めて、〈魔法少女症候群〉の名を、悪い意味で広めた」
「ひどい」
「ひどいわよ。世界は、ひどいようにできている。悪意と悲劇が、この世界の理なんじゃないかって思うこともある。童話だったら、継母といじわるな姉が常に勝つ世界。いえ、童話っていうのは、常に世界がそういう風にできているから、かわいそうなヒロインが最後に勝利する物語になっているのでしょう」
ココアさんが搬送されてきてからココアさんのもとへと行っていたららみゅうさんが、わたしがきらりと話しているうちに戻ってきた。
「うちのメイドは医療スタッフもかねている。大丈夫だよ。なにを心配そうな顔をしているんだい?」
ゆっくりとした、落ち着いた口調。
わたしは胸をなで下ろした。
そう、大丈夫。
きっと、大丈夫だ。
きらりは続ける。
「町の平和を守る、なんて言ってテレビで魔法少女が戦っていても、もうその『町』なんて世界ごと壊れてしまったし」
自嘲のように、きらりは言う。
「ただの病人が魔法少女という記号に固執してるだけなのかもしれないわ」
わたしは、下を向く。床につく足はがたがた震えている。
このひとたちは、なんのために戦っているのだろう。
守るべきひとたちは、いない世界で。
実際、このひとたちは村を襲撃していたし。
本当に、魔法少女というのが記号でしかないような感覚に陥る。都合の良い、言葉の連なりに。
もしこの物語なき物語のタイトルに魔法少女っていう言葉が使われるなら、それは大きなミスだ。致命的に。原稿ならシュレッダーの藻屑と化すだろう。魔法少女、と銘打っただけで「似つかわしくない」と言われて。
……と、そういえば、レートさんの姿が見当たらない。ココアさんのことを「お嬢様」なんて言っている、あのひとが。
同期したかのように、きらりがぼそっと言った。
「今頃あのビキニアーマーはバーサーカー状態になってるでしょうね」
そう、まだどこかで戦いは続いているのだ。
「ふぅむ。味はなかなか」
市役所の『魔法剥奪者対策課』に行き、コレステロール一家の亡骸を引き渡すと、市役所のおっさんが自然解凍状態になっていた亡骸の頬の部分を包丁で切り、ナイフとフォークで器用に食べた。そして、味はなかなかだ、と感想を述べるのだ。
わたしはこのおっさんから目をそらした。
「我が対策課も、最近のシリアルキラーにはほとほと困っているのだよ。確かに彼らは支持を得た。だが、それはネットに生息するギークたちの支持だよ。我々のようなまともな国民の支持ではない。それを勘違いして、我が物顔で殺していく彼らには、早急にお引き取り願いたいのだよ、この世界からね。……だが、君らギルドは〈地下鉄戦争〉で負けた経験を持つ。いや、持ったからギルドを各地につくったのだったか。まあ、どのみち劣等感の『共有』をしているのだろう、君たちは。そんな君たちの手を借りないでもどうにかできたらよいのだが。……おっと、すまないね、愚痴を言ってしまって」
ハハハ、と笑う。嫌みを含んだ笑み。
おっさんの口の中の肉片が飛び散る。
わたしは市役所の建物、ここを知っている。隣町にある市役所だ。と、なると、地形が大幅に変わったとはいえ、ここはわたしが元いた世界と同じ場所の、違うバージョンなのだろう。
歩いてみなくちゃな、と思う。
しかし、それを実行にも移す暇はなく、お金をもらったわたしたちは因果魔法少女ギルドへ輸送トラックで戻る。
運転手のましまろさんは、安全運転だった。もしかしたらましまろさんに訊けば、ここらの地形のことを教えてもらえるかもしれない。
この、九字町のことを。
☆☆☆
ギルドに到着し、お金の精算をららみゅうさんに任せたところで、ココアさんが『搬送』されてきた。
叫声を発していて、担架に身体をくくりつけられている。メイドさんたちが叫び縛られながら暴れるココアさんを、独房へ入れ、今度はベッドに身体をくくりつけた。
叫びは続いている。
その様子に目を丸くしていると、
「長期戦を戦ってしまったのよ」
と、きらりが言った。
「精神が魔法に耐えられなくなったのよ。言ったでしょ、瞬殺しなきゃ駄目なのよ。魔力に精神を〈持っていかれ〉てしまうから」
言わんとしていることは、つまりこれはココアさんが発狂した、ということだ。
「よくあることよ」
きらりが涼しげに、しかし、視線を床に落としながら、言った。
「入院歴のあるあなたならわかるでしょ。ここは、閉鎖病棟と似た構造をした、開放病棟だってことが」
「うん。内部のつくりが似てるな、とは思ってた」
「魔法少女症候群」
「?」
「マスコミがつけた名前よ。魔法少女は大衆の『嫉妬』のせいで、地下鉄戦争に負けた」
「嫉妬……」
「なんでこいつらは魔法少女になれたのに、私は魔法少女になれないんだろう。そう、思うわよね。そこで、学者がこう言う。『あれは病気が引き起こしたものなのです』と。いい歳こいて魔法少女にあこがれて、あこがれが抜けないままになってしまった、そういう『病気』の人間たちが、たまたま〈適合〉してしまい、本物の魔法少女になってしまった。だから、あのひとたちは病気なのです、と。あのひとたちは病気で、魔法少女になれなかったひとたちは健康で健全なのです、と。そう、大衆を納得させた」
「それって……」
「でも、一部でそれは正しいとも思うわ。そういった特性があるんでしょう、わたしたちには。だけど、実際に戦っているのも事実なのよ。『感染』しやすいメンタルのわたしたちの心に、負荷がかかる。精神の均衡は、崩れやすい。いえ、崩れやすいようなメンタルだから魔法少女になれたのだから、崩れやすいのは当たり前。メンタルが崩れやすいのは前提なのよ。しかし、大衆にしてみれば、『病気』の人間が、その病状が悪化して崩壊したようにしか思われない。だから、悪意を込めて、〈魔法少女症候群〉の名を、悪い意味で広めた」
「ひどい」
「ひどいわよ。世界は、ひどいようにできている。悪意と悲劇が、この世界の理なんじゃないかって思うこともある。童話だったら、継母といじわるな姉が常に勝つ世界。いえ、童話っていうのは、常に世界がそういう風にできているから、かわいそうなヒロインが最後に勝利する物語になっているのでしょう」
ココアさんが搬送されてきてからココアさんのもとへと行っていたららみゅうさんが、わたしがきらりと話しているうちに戻ってきた。
「うちのメイドは医療スタッフもかねている。大丈夫だよ。なにを心配そうな顔をしているんだい?」
ゆっくりとした、落ち着いた口調。
わたしは胸をなで下ろした。
そう、大丈夫。
きっと、大丈夫だ。
きらりは続ける。
「町の平和を守る、なんて言ってテレビで魔法少女が戦っていても、もうその『町』なんて世界ごと壊れてしまったし」
自嘲のように、きらりは言う。
「ただの病人が魔法少女という記号に固執してるだけなのかもしれないわ」
わたしは、下を向く。床につく足はがたがた震えている。
このひとたちは、なんのために戦っているのだろう。
守るべきひとたちは、いない世界で。
実際、このひとたちは村を襲撃していたし。
本当に、魔法少女というのが記号でしかないような感覚に陥る。都合の良い、言葉の連なりに。
もしこの物語なき物語のタイトルに魔法少女っていう言葉が使われるなら、それは大きなミスだ。致命的に。原稿ならシュレッダーの藻屑と化すだろう。魔法少女、と銘打っただけで「似つかわしくない」と言われて。
……と、そういえば、レートさんの姿が見当たらない。ココアさんのことを「お嬢様」なんて言っている、あのひとが。
同期したかのように、きらりがぼそっと言った。
「今頃あのビキニアーマーはバーサーカー状態になってるでしょうね」
そう、まだどこかで戦いは続いているのだ。