第30話

文字数 2,904文字

     ☆☆☆




 起き上がると、病院の病室の中だった。
 女性の看護師さんが、
「あら、お目覚めね」
 と、笑顔でそう言った。
「もう、ずっと何日も眠っていたのよ。学校のお友達も、何回もお見舞いに来てくれたみたいなんだけど……」
 友達。さなえとみかのことかな。
「あなたは破滅の演舞を『夏祭り』で行ったから、後夜祭になった今は……」
 私はさっと病室のベッドから転がるように飛び起きる。
「今度はあなたが死ぬべき『悪』なのよ!」
 ずっちゃーん、とハサミがベッドに突き刺さる。回避した私は、転がり続けて距離を取り、立ち上がる。
「わたしはあなたに刺される筋合いはない!」
「世界は最高善に染まるべき。最高であるのならば、悪は世界から一掃されねばならない。悪とは……あなたのことよ、由々原まゆゆさん」
 私の脳内で声がする。
(理由は説明するまでもねーだろ。この場を切り抜けろ、ご主人)
 看護師は刺さったハサミをベッドから引き抜くと、呼び出しブザーを押した。
 すると間を置かずに、その数、十人におよぶ看護師や看護助手などが飛び出してきた。

 ぴーーーーーーーんち。

 と、そこへ咆哮がこだました!
 私の影から大量のキムワイプ(紙タオルみたいな奴)が吹き出てきて、看護師達を襲う竜巻となった。
「ギ、ギ、ギムヴァイプがオグジニ」
 呻く看護師たち。キムワイプが口の中に突っ込まれたのだ。みんな息切れで倒れていく。
「ご主人。ここから逃げるぞ」
 アンラ・マンユが私の影から声を出す。
 この支援攻撃はアンラ・マンユのものだ。
「言われなくてもわかってる!」


 わたしはがむしゃらに走る。患者たちと看護師達が殴り合いをしている廊下を走って突き抜ける。

 アンラは告げる。
「屋上だ」
「屋上?」
「みかとさなえがいるぞ」
「会いたいわ」
「言うと思ったぜ。階段もこのまま突き抜けろ!」
 進路を変えて、階段へダッシュ。そこから階段を三段飛ばしで上っていく。
「行くわよ。魔法少女、始めちゃうんだからっ」


 
 屋上のフェンスから外を見る、二人の女の子。
 身長さのグラデーションがあって性格もまるで反対っていう、理想的なコンビ。
 いや、そう思ってるのはわたしだけで、本人たちはコンプレックスみたいだけど。
 そんな、背の高いさなえと、低身長のみかが、フェンスから街を見下ろしていた。

「さなえ! みか!」
 わたしは二人に駆け寄る。
 二人が振り向く。
「無事だったのね、まゆゆ」
 さなえがほっとため息。みかは腰に手を当てて、むっすりした表情を見せる。
「魔法少女、大活躍だったんだから。同時多発的にたくさん生まれて……」
 そこでみかは言いよどむ。
「でも街は、こんな風になっちゃった」
 さなえがフェンスの先を指さす。
 そこには、ひび割れたコンクリートのビル群がツタで覆われている、無人で鴉たちが支配する風景が見下ろせた。
「まゆゆ……。岡田くんね、死んじゃったんだ」
 みかが何気ないそぶりでさらっと言う。
 岡田くん。みかの彼氏。
「田中をぶっ殺してくれて、本当に、それだけが救いだよ。ありがとね、まゆゆ」
 なんて答えればいいのだろう。
 込み入った事情に、わたしは介入していたのだ。素直に頷けない。
「先輩は?」
「先輩?」
 さなえが首を傾げる。
「沖田……あさり先輩」
 みかが答える。
「まゆゆ。悪い夢だよ、これ。先輩って誰? どうしちゃったの、まゆゆ。おかしくなっちゃったの?」
 唇の端をゆがめて、みかはわたしを見る。
「おかしくなっちゃったんだよね、まゆゆは。それで、休学したんだものね」
 きゃははははは、という笑い声。発するのはみか。
「まゆゆなんか死んじゃえ」
 屋上が一瞬で夜の暗闇に変わる。
 みかとさなえだったはずの物体は、粘着質な液体をしたたらせた巨大なみみずに変わっていた。
 みみずはその人間サイズの大きさでうごめく。
「気持ち悪い……」
 吐きそうになった。蠕動するその姿。
 メタモルフォーゼするなんて。いや、みかとさなえじゃなかったのかな、最初から。
 みみずを見つめていたら理性が崩れてきた。
 そう、このみみずはさなえでも、みかでもない、怪物。
〈魔法剥奪者〉の一種。
 生理的嫌悪が先立つ。

「ああああああああああああああぁぁぁぁ」

 アンラ・ガンをわたしは何発も二体のみみずに撃ち込む。
 弾切れはない。
 何発も何発もその渦動のエネルギーでできた弾を撃つ。
 飛び散る肉片が、わたしの身体や顔にへばりつく。
 もっと嫌な気分になって、わたしはもっともっと撃つ。
 二体が完全に動かなくなったのを確かめて、でも、それでもミンチになるまで弾丸を撃ち続けた。

「あーあ。殺しちゃったぁ、友達、なのにねぇ、まゆゆさん」

 背後から声と身体を貫く衝撃。
 振り向いた。
 看護師の服を着たイグアナが、手術用のメスでわたしの背中を刺していた。
 血が、したたる。
 イグアナがメスをわたしの身体から抜くと、また一刺しする。
 メスが深く突き刺さる。
 わたしはアンラ・ガンをひび割れた屋上のコンクリートの上に落とす。
 手に込めた力が抜けてしまったのだ。
 メスは何度も刺さる。
 刺して。
 抜いて。
 また刺された。
 メッタ刺しだ。
 歯を食いしばる。
 倒れないように。
 倒れたらマウントポジションを取られてしまう。
 だから。
 そうならないように、気が触れたようにメスを刺す動作を繰り返すイグアナ看護師の鼻っ面を、わたしは思い切り殴り、それから吹き飛ばす要領で脚をだし。
 蹴り飛ばした。
 メスが落ちて、金属の音が響く。
 吹き飛んで転がる看護師。

「あーあ。殺しちゃったぁ、友達、なのにねぇ、まゆゆさん」

 イグアナ看護師は倒れながら、ゼンマイ仕掛けの人形のようにさっきと同じ台詞を吐く。
「あーあ。殺しちゃったぁ、友達、なのにねぇ、まゆゆさん」
「あんたなんか知らない」
 しゃべったら血液が吹き出る感覚がした。
 刺されたのが背中だから、痛みは鈍く感じるっていうのが救いだ。
 これならまだいける。

 わたしはアンラ・ガンを拾って。
 イグアナに発砲した。
 撃たれたら悲鳴を上げて、命乞いをしようとしていたが。
 聞く耳持たずに、完全に動かなくなるまで、もちろん渦動の弾丸を撃ち込み続けた。
「あーあ。殺しちゃったぁ、友達、なのにねぇ、まゆゆさん」


誰も追っ手はいない。
 今のうちだ。
 わたしは走って屋上から階下に降りていく。
 走ったところに血の跡がぽたぽたついてるけど、かまいやしない。


「あーあ。殺しちゃったぁ、友達、なのにねぇ、まゆゆさん」


     ☆☆☆



 神社。
 しめ縄の村になっていた、あの神社。
 わたしがいた世界で大神神社と呼ばれていたあの場所に行けば、なにか掴めそうな気がした。
 だから、わたしは病院を玄関から抜けて、外に脱出する。


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