第10話

文字数 4,031文字

     ☆☆☆



「かわいいかわいい魔法少女さん。ごきげんよう。いえ、おはようございますですわ」
 ネグリジェ姿で木製のテーブルについているきらり。
 横にはまーぶるがパジャマ姿で、魔法のステッキを抱えながら座っている。
「座ってもよろしくてよ」
 きらりがにこりと微笑む。
 わたしはお辞儀してから二人と向かい合うように座る。
「お、おはようございます」
「ほんとあなた、かわいいわね、まゆゆさん。小動物みたい、って言われてたことがなくて?」
「いや。特には」
「ナマケモノ」
「う……」
「ビンゴ! みたいですわね」
「うう……」
「ナマケモノってあだ名、あったのね。ナマケモノに似てますものね」
「はいぃ……」
「かわいいわよ」
 涙目になりつつ。
 気を取り戻すように。
 わたしは周囲を見回す。
「ここって、ギルドなんですよね。同業者団体っていうか」
「あら、賢い。そうですわ。ここは『因果魔法少女ギルド』と名付けられていますわ。魔法少女の、ここ九字町での、拠点」
「あ、やっぱりここ、九字町なんだ……」
 まーぶるが咳払いをする。
「そうでちよ。臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前の、九字から名前を取った、九字町。拠点にするにはちょうどいい名前の土地だったんでち。住んでた土地だから当然知ってたでちよねー、ナマケモノちゃん」
「まーぶるまで……」
「おや、わたしを呼び捨てでちか」
「え、いや、あはは。まーぶるさん」
「嘘でちよ、呼び捨ての方がいいでち。背中を預けることがないとは限りまちぇん。敵前逃亡するような奴でちが。鍛え直してやるから覚悟するでちよー」
「食事は、わたしたちだけですか」
「ほとんどのメンバーは遠征中。あとここにいるのは」
「呼んだかい」
 眼鏡に和服姿の女性がわたしの背後で返事をして、それから椅子を引いてわたしの横に座った。
「わたしはね、ららみゅうっていうんだよ。このギルドの司令官をやっている。司令官といってもかたちだけで、実際は会計などの雑用をしているよ」
「今日はららみゅうがいたでちね」
「おや、嫌そうな顔をするねぇ、まーぶる」
「ららみゅうを好きな奴がいるかっつーのでち」
「おやおや、ツンデレはいまどき流行らないぞ」
「これのどこがツンデレでちか。ほんとムカつくでち」
「ふむ。ところでスルフルたちのところへも行った方がいいと思うけどな。まゆゆくんはなんといっても『夏祭り』トップ。スルフルとメルクリウスに顔見せした方がいいんじゃないかと、わたしは思うんだ。成績優秀者同士で、語ることもあるんじゃないかと……」
「なんでちか。まるでわたしやきらりが成績悪いみたいな物言いでちね」
「成績……以前に君たちは素行が悪いよね」
 ずばずばと言い放つららみゅうさん。眼鏡をくいっと上にあげて、直す。その仕草がどこかオタク的だ。
「うちのギルドの経費を計算してるのはららみゅうさんよ。胃袋を押さえられてる身としては、反論なんて論外に思えてきちゃう、この強制力。彼女の才能ね」
「そこまで言うかい、きらり。わたしだって魔法少女だよ。戦うときは戦うさ。でも、みんなが出払ったときに守る人員も必要だし、だいたい君たちはギルド内で家事をするのは向いてないと思うけどなぁ。自覚、してるでしょ」
「どういうことでちか……」
「今朝、メイドのりねむくんをいじめたって話さ」
「あのクソメイド、しゃべりやがったでちね!」
「違うよ。そんなの見れば一目瞭然でしょ。絞殺の能力の行使なんて、今ここにいるメンバーじゃまーぶるしかできないだろう。痕残っちゃったよ、かわいそうに。治るまでしばらくはかかりそうだね」
「あら。新人ちゃんじゃなーい」
 ちょっとアニメ声っぽい声のひとがやってきて、わたしの肩に手を置いて、ぽんぽんと叩いた。
「ココアとしてはー、新人ちゃんとミッション組んでほしーなー。ねぇ、いいでしょ、ららみゅう。ココアちゃんからのお願い」
 ココアさん、の後ろに立っていた刀を腰に差したビキニアーマーの女性。彼女が口を開く。
「ココアお嬢様。まずは朝食をお召し上がりください。このところ魔法剥奪者の様子が変だ、ということの報告も、ららみゅう殿には一報せねばならぬのですし、まずは、席に」
「まーったく、堅苦しいわねぇ、レートは。でも、レートが言うなら、ご飯食べるの先にするわぁ」
 テーブルを六人で囲む。
 するとタイミングを見計らっていたのか、りねむちゃんたちメイドさんが食事を運んできた。


「傷、大丈夫?」
 朝食を運んできた、りねむちゃんに訊く。
「なんともないですし」
「よかった」
 首に包帯が巻いてある。なんともなくはないだろうけど、少し安心した。
「ココアはー、お魚さんがよかったなー」
「ココアお嬢様。朝食から肉を食べれるんですから、いいじゃないですか。そんな機会あまりないですから」
「まー、食い意地張ってるレートなら、焼き肉最高だろうけどねー」
「お、お嬢様。わ、わたしは食い意地など……」
「あ、それより、挨拶しなくちゃね、新人さん」
 アニメ声の女性がこっちを見てウィンクする。それはどこか媚びた表情で、エロティックだ。
「わたしがココア。それでー、そっちのビキニアーマーがレートよ。魔法少女なのにビキニなんて阿呆っぽくていいでしょ」
「お、お嬢様……、わたし、阿呆っぽいですか」
「うふふ。それより、あなたがまゆゆちゃんね」
 ココアさんがわたしを見つめ、しばらくしてから言う。
「昨日、ここを襲撃した魔法剥奪者を、〈一撃〉で倒したっていうじゃない。うふふ。まだわからない? まゆゆちゃん、あなた、〈強い〉のよ? 嫉妬の対象ってわけ」
 わたしが、強い?
 首を傾げてしまう。
「うふふ。モジュール、つまり個々の性格ではなく、『魔法少女』という名称の〈群体〉が、この世界では必要とされている。モジュラーは取り替え可能なの。でも、まゆゆちゃん一人でも充分戦えるかもね。群体ではなく、個体だけで、この国を救えるかもね」
 バン、とテーブルを叩くまーぶる。
「ふざけんなでちよ、ココア! この小娘が救えるでちって、この国を? いい加減なこと言うんじゃないでち。そうやって持ち上げておいて、浮かれたところを攻撃されて、それを笑って見殺しにでもして楽しむ趣向でちか、この悪魔」
「いやねぇ、まーぶるちゃん。この子が強いのは明白じゃない。夏祭りのトップ。それだけで事実関係はばっちりじゃないの。わたしはまゆゆちゃんと一緒にミッションやりたいなー。ららみゅうさん、お願いしますよー」
 そこにきらりが割り込む。
「ふぅ。みなさま、お食事が冷めてしまいますわよ」
「あら。最弱の氷使いがなにか言ってるわねー。ココア、怖ーい」
 きらりが牙を剥く。
「最弱? 失笑を隠せませんわ。氷使いで最弱といえばココアさんと決まっているでしょう? わたしが最強の氷使いですわ」
「ここで試してみるのがいいんじゃないかなー。ココアはそう思いまーす。白黒はっきりさせましょーよー。じゃないとココアちゃん、キレちゃうぞ」
「あーら、よくってよ」
 ららみゅうさんがため息をつく。
 椅子から離れたきらりとココアは、魔法少女にドレスアップし、ステッキを手に持つ。
 二人が目を閉じぶつぶつ同じ文句を唱える。
「水の精、ウンディーネよ、うねれ」
 ゴゥン、と冷気が広間を包む。
 わたしが息をのんでいると、
「火の精、サラマンデル、燃えよ」
 と詠唱し、ららみゅうさんがきらりとココアのステッキを熱を帯びた金属の棒にしてしまう。
 あちっ! と悲鳴を上げてステッキを床に落とす二人。
「今度は、服ごと燃やすよ? いいのかい?」
 と、にっこり笑うららみゅうさん。
「ココアお嬢様!」
 レートがココアに駆け寄る。
「お怪我は……」
「うるさい!」
 ココアは好意を突っぱねる。
 ららみゅうさんは依然として椅子に座ったままで言う。
「さぁ、冷めないうちに食事をしよう。今日は朝からステーキだよ。うれしいねぇ」
「ココア、……負けてないもん」
 泣きべそをかくココア。
「負けてないもん!」
「そうですね、お嬢様」
 レートが抱きしめると、ココアもレートの身体をぎゅっと掴んで離さなかった。
 いきなり幼い面を見せられて戸惑ってしまうが、わたしたちは魔法〈少女〉なのだ。幼くなっても仕方がない。わたしたちは未だに少女なのだ。
 一方のきらりは、着席して、下を向いて唇をかみしめている。
 なんだろう、とわたしは思った。
 しばらく考えて思い当たった。
 二人は、ららみゅうさんに敗北したのだ、魔法少女として。それで、悔しがってる。
 そりゃそうだ。一発で自分らが武装解除されてしまうなんて。実力差を考えてしまっても無理はない。
 わたしの横では、
「グリーンピースは悪魔の食べ物でち。こんなの食えましぇーん」
 と言って、まーぶるがわたしのプレートにグリンピースを移譲させる。
 迷惑だ。
 わたしもグリンピース、そんなに好きじゃない。
 でも、いっか。ステーキの肉汁を染みこませたグリンピースは、それほど悪くはないから。
「ナマケモノ、たんと食うでちよ。食わないと大きくなれないでちよ、特に乳が」
 わたしにいたずらっぽく、言う。
 よし、空気を変えなくちゃ。
「じゃあ、まーぶるが食べてぼいんぼいんになればいいじゃないの」
「わたしは……牛乳が好物だからこんなの無用でち。胸も毎日、夜中に大きくなるようにマッサージしてるでち」
「…………」
 聞かなかったことにしよう。

 それからステーキを食べる。
 これがギルド風の朝ご飯なんだろうか。
 わたしは存分に味わって食事をした。
 なにかが間違っているような気がしながらも。


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