第29話

文字数 1,939文字

    ☆☆☆



 純白の翼が背中にはえた、軍神・コーダルさん。ドレスも白い、魔法少女だ。
 その対面(といめん)にいるのが、沖田あさりさん。先輩。マフラーに眼鏡。ブレザーのポケットに両手とも手を突っ込んでいる。
 わたしはその二人と距離をおいて、見守っていた。
 しかし、その背中を押すものがいる。
 それはうすらぼやけた爬虫類のようなシルエットの、善悪二元論の悪側を支配するアンラ・マンユだった。
「おまえも二人に割って入れよ」
「だって……」
「怖い、とか抜かすんじゃねぇだろうなぁ? ああん? おまえも、あいつら二人に見劣りしないくらい、悪人だぜ、魔法少女さんよ」
 また背中を押される。
「ひぇっ!」
 コーダルさんとあさり先輩がこっちを向く。
「あ、あ、あはは……」
 お辞儀してみる。

 目覚めたここは、アンラ・マンユに最初に出会った場所と同じだった。
 どこかの、古びた洋館。
 埃っぽくて、暗くて、ひんやりしている。

「模倣者……」
 コーダルさんが口を開く。
「全ては模倣から始まる。情緒レベルで感染して、心が支配される。彼らはそうして、模倣を始めたんだ」
 あさり先輩は鼻で笑う。
「でもね、〈この世界〉が、そのミームによって覆われて、二極化した勢力の小競り合いになったからって、それがなんだって言うのかしら。そのわかりやすさがいけないのかな、軍神ちゃん? 魔法少女と魔法剥奪者の戦いが続いていたって、そんなの世界の一部のことでしかないのよ。……いえ、言い換えましょう。〈神託堕胎〉したその胎の中で腐りながら戦っているのが、魔法少女と魔法剥奪者、およびその傍観者。わたしたちはもう、狭い世界を社会から割り当てられていて、そこで右往左往しながら、互いに殺し合いをしているだけなのよ」
「神託は、堕胎されるしかなかったのか」
「そこから蒸し返す気? 頭がおかしいわよ」
「へその緒を通るチューブ、それが〈地下鉄〉だとして、そこで負けた魔法少女たちは、汚名にまみれてしまったんだ」
「それは〈偽史〉ね。嘘の、歴史」
「なぜ言い切れる」
「見てきたでしょ。電脳線の戦いは反復する。後夜祭の世界も、電脳線の中と、大して変わらない存在。そこで語られる物事はすべて偽物。わたしたち三人が持っているのは?」
 わたしは後ろを振り向いて、アンラを確認してから、言う。
「魔の法で撃つ、ダーク・ルール・ガン」
 あさり先輩はポケットから手を出さず、話を続ける。マフラーで口が覆われてるから、少しもごもごして。
「〈外の世界〉のどこに、自分が悪者だ、と主張する国家があるのかしら。正義のため、大義名分をつくって、動くものじゃないかしら。でも、わたしらに託されたものは違うわ。これは堕胎した神託が示した、最後に〈託された〉武器よ」
 コーダルさんは、翼をしまい、頭をひねる。
「わからないな。なにが言いたいか、さっぱりだよ」
 わたしはそこで二人に、思い出させるように言う。
「田中くんの問題だよ。何度も反復した、あのシリアルキラーが同時多発的に生まれた、あの時のことだよ。数学教師・石原は理事長の息子だから、罰せられなかった。それを強制的に排除した田中くんもまた、排除の対象になって、消えた。事件をたどったら、因果もなにも、無限退行して物事を考えていかなくちゃならなくて、そこに真実の原因なんてなくて、法とは、どこかしらの範囲を切り取ってこそ、その法という人文的なフィクションを成立させられるもので!!」
 コーダルさんは、わたしに冷たい視線を送る。
「じゃあ、無限退行するから無駄ってこと? どこかで断ち切って、切り取って、そこの範疇でどうにかしなくちゃいけないってこと?」
 わたしはアンラが見守ってくれてると信じ、ちょっと強気になる。
「ここは神託堕胎された世界、その内部。この世界をつくったモノがいる!」
「魔法で魔の法をつくったモノを殺すことができるのかは疑問だけど」
 わたしと先輩の言葉に狼狽するコーダルさん。
「ちょ、ちょっと待って。それってもしかして」
 アンラ・マンユは二元論の悪を象徴する存在で、となると、善を司るモノと同格で、そのアンラの銃なら……。
「神をも殺せる銃、って触れ込みで反逆してみない? コーダル、あんたの銃と、まゆゆの銃と、わたしの銃の三丁で。三丁目の夕日のガンマンになるのよ」
 そこに、ぼやけたシルエットが声をかける。
「話はまとまったようだな」
 そう。
 話はまとまっていたし、まとめるために、この『空間』を、アンラは提供してくれたのだ。
 さすが、R18に抵触する悪神。


 起き上がると、病院の病室の中だった。


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