第15話

文字数 2,290文字

     ☆☆☆



 がたっと教室で音がした。
 椅子をひいて席から立ち上がった音だ。
 席から立ち上がったのは田中くんだった。
「おい、石原! てめぇの顔を数学の授業のたび見るのが気にくわねぇ……」
 田中くんはピストルを構え。
「……んだよッッッ!」
 ピストルの弾を数学教師・石原の脳天にぶち込んだ。
 が、そのピストルはモデルガンで、脳天にぶち込んだところで、額のところをBB弾が跳ね返って、終わりだった。
 女子はキャーキャー騒ぐが、男子の数人は義侠心を刺激されたのか、「てめっ! 田中ッ」とか叫んで田中くんに突進していった。
 そして見事に田中くんを捕まえ、机にねじ伏せ、最後は数学教師の石原が田中くんを思い切りぶん殴って、
「ガキがッ」
 とつばを吐いて、その一幕は終演した。


「ありゃ、どうやったって、無理だよね。かっこわるい。田中くん、ブサイクだもん。精一杯かっこつけて石原の授業を妨害しようとしたんだろうけど……。うー、寒い」
 みかがそう言って震える。
「ブサイクじゃかっこつけたって誰も味方にできないってこと? そうね、それは言える。でも、田中くんの顔のことは言わないであげて。ただ、ブサイクに生まれてきてしまっただけなんだから」
「ひでぇ」
 さなえの返しに、みかはぷぷぷっと噴き出した。
 そう、田中くんって教室ではそんなポジションの男の子。さっきも石原の顔が気にくわないってわめいてたけど、そういうことなのかな。
 昼休みの教室。
 わたしはコーヒー牛乳をストローで飲みながら、そのストローをかじっていたのだった。


 さなえとみかはでこぼこコンビだ。その二人に混じってる自分がちょっと誇らしい。
 みかは背が小さくて、前髪をぱっつんしてるから、日本人形みたいでかわいい。一方のさなえは背が高くてスポーティ。バレーボール部からスカウトが来たけど断ったらしい。
 二人は背の高さと低さに、異常にこだわっているところがある。
 そこに中間的な……中肉中背というと自虐かもしれないけど……普通すぎて取り柄のないわたしが加わることで、三人の団結力が強まる。
 ……のかなぁ。てきとーに学校生活を送っているだけなんだけど。
 浜辺の丘中学校。
 わたしたちの通う中学校。わたしたちはそこの二年生だ。
 浜辺の丘中学校は九字浜町という港町にある中学校で、太平洋に面している。
 たまにわたしは非日常を思う。この田舎町にはなにもない。いつか都会に出たいような気がしてる。
 すぐにじゃなくていい。
 魚臭さと潮のにおいのあるこの港町を出て、一度も行ったことがない、ひとがたくさんいる場所に住みたい。
 そんな、平凡な願望。
 でも、さなえとみかにはそのわたしの考えはわからないみたい。
 毎日テレビのニュースでやっている凶悪事件のほとんどは都会で起こるから。
 ひとが集まる場所は危ないところ。そういう認識があるみたい。
 でも、それはある意味では正しいとも思う。だから好き好んで近づく必要はない。
 わかる気がする。
 でも、わたしはアニメのファンで、アニメは好きは都会に集まるような印象があって、田舎でアニメが好きだと変人だと思われる。
 だから都会へ出たい。
 今は、変な子だと思われないように、アニメが好きだって、かくしておいた方がいいよ、ってさなえもみかも言う。
 それに頷くわたしはかくれるようにして、日曜日の朝にやっている魔法少女のアニメを観る。
 うーん。わたしの楽しみは日曜の朝のアニメくらいかなぁ。
 あとは、読書。
 頭の悪いわたしは難しい本は読めないんだけど、それでも背伸びをして、読むフリをする。
 読むフリでも、結構、文学は面白い。
 文学史を読むと、昔の作家は今でいうテレビの芸能人みたいな、そんな扱いを受けていて、笑える。
 とっても、暗い、陰鬱な芸能人。芸能がプラスになっていても、それが自分の人生を壊してしまうひとたち。
 わたしの愛すべきひとたちだ。
 わたしと同じ闇を背負った、ひとたち。


 昼休みの教室。コーヒー牛乳のストローをかじりながら、わたしはあくびをした。
 なにもない田舎でも、いじめはある。
 数学の時間に暴走した田中くんは、職員室に呼び出しを食らって、昼休みが終わる頃、教室に戻ってきた。
 もちろん、クラスメイトの男子に殴られる。
 殴ったのは岡田という男子で、ボス的存在だ。
「おい、てめ、田中。調子のってんじゃねーぞ」
 よくわからない。数学の時間、教師の石原に刃向かったのは『調子にのって』いた行為なのだろうか。
 殴られた田中くんはゴミ箱に身体をダイブさせる格好となって、クラスのみんなに笑われた。
「汚ねー」
「ばっちぃ」
 小学生みたいな文句を、みんなは笑いながら言う。
 中学生になったっていっても、小学生となんら変わらないよね。
 みんなが田中くんを指さし笑う中、わたしは教室を抜け出して、お手洗いに行く。
 ゴミ箱も使えなくなっちゃったし。


 水をじゃーっと流して個室から出て、手を洗ったところで、さなえが来た。
「まゆゆ。今日の午後はわたしたちの班、南部図書館の清掃だってー」
「え。そうなの」
「これでサボれっるぅ。やりぃ!」
 どうも、文学のことを少し考えてたら図書館の清掃に駆り出されることになったようで。
 九字浜の南部図書館はうちの中学が清掃を行っているのだ。
 そして、わたし、さなえ、みかの三人組の班は、学校から西にある、南部図書館へ向かうのだった。

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