第11話

文字数 2,798文字

     ☆☆☆



 また独房に戻された。
 仲間にする気はない、ということだろうか。
 わたしは納得がいかない。
 魔法の力のゲージはたまっていなくて、独房を破壊することはできそうもない。
 太ももに手を当てると、声がする。
「おれを使ったって無駄だぜ。魔法障壁があるからな。ちなみに、魔法少女たちが剥奪者を一掃できないのも、魔法障壁のある建物じゃ魔法で攻撃するのが上手くいかないからだ。ご主人。なにごとにも〈抜け道〉ってのがあってな、それを知らないで生きていくってーのはなにかと大変なわけだ。感性で生きるご主人にゃわかんないだろーけどよー」
 アンラがくすくす笑う。
「なによ、この役立たず」
 わたしが怒っていると、
「なにが役立たずなんですし?」
 と言って、りねむちゃんがやってきた。
「いや、なんでもないよ……」
 わたしはベッドに腰を下ろして、そう返した。
 アンラの銃については、黙っておきたかった。
 それよりわたしは、尋ねたいことがたくさんある。
「りねむちゃん。わたし、元いた世界から三日しか経ってないっていうの、本当なの? 二十年も、経ってないよね? 〈地下鉄戦争〉っていうのが、よくわからない」
 ストレートに言う。こういう場合は、婉曲して言わない方がいい。ストレートに、問いをぶつけるべきだ。わたしはそう判断した。
「それについてはわたしが説明するでちよ」
 また来た。まーぶるだ。
 まーぶるには、わたしもりねむちゃんも傷つけられてる、その能力で。
 わたしは歯ぎしりしたが、まーぶるは意に介さないし、りねむちゃんはまーぶるにお辞儀なんかしてる。メイドさんだからか? これがメイド道なのか?
「我々、魔法少女側は『共感』の点で負けたでち。それがその全てでち」
 インターネットミーム。共感で感染して模倣すること。
「電脳線ではカオティックに戦いが進んだでち。『観客』込みで、ちよ」
「観客?」
「そう、ネットに接続された身体で電脳線にいたのは魔法少女と魔法剥奪者と、それを観戦しにやってきた一般人も、なんでちよ。あの〈夏祭り〉のサツリクパーティで、〈覚醒因子〉が多数の人間に埋め込まれた。覚醒因子を持ったものの大半はシリアルキラーか魔法少女になったでちが、そうじゃない奴らもいる。火薬を仕込んだのに、不発弾だったような奴らでち。彼らは傍観者の代表となった。彼らもそして、電脳線上での戦いに、傍観者として参入したでちが、いつの間にか彼らは〈ジャッジ〉を担うようになった。輝かしい魔法少女は、嫉妬の対象となった。溢れる不満から、〈彼ら〉はシリアルキラーに肩入れするようになり、均衡は徐々に崩れていったでちよ……」
「わたしが訊きたいのはそこじゃなくて」
「わかってるでちよ。三日しか経ってないし、町は九字町で間違いないでち。おまえが住んでたところも近いはずでちよー」
「政府や公共機関はどうなってるの。他の国は?」
「パラダイムシフトしたこの世界では、地方自治やコミュニティは存在するけれど、政府は〈凍結〉されているのが実体でち」
「凍結?」
「動けないんでち。世界が『そういうことになっている』から。わたしたちは世界の片隅でゲリラ戦をするしかないんでちよ。世界は今、代表者間で『殺し合い』をしているのだから。戦車や戦闘機がない頃の戦争となんら変わらないんでちよ、わたしたちにとっては。ただし、魔法も重火器もあるけれど」
 わたしは、はっとなって太もものホルスターを触るが、マーブルはアンラの銃には気づいていないようだった。
「モジュールの組み合わさった、つまり『群体』としての魔法少女が、わたしたちでち。そこに個性を見て応援するバカはどこにもいない。『魔法少女』という『記号』がただ、踊っているだけなんでちよ。憧れの対象ではない、でち」
 そっか。
 でも、わたしたちは『魔法少女』という名称を称号のように、誇り高く掲げていると思う。記号とはいえ、無味乾燥に記号と割り切るか、称号として誇らしげにするか。
 そういうことなんだろう。
「ねぇ、まーぶる。わたしたちの親や友達は生きてる? ここの外には誰も歩いていないよ?」
「〈地下鉄戦争〉の際、人間の多くはデリートされたでちよ。シリアルキラーの手によって」
「そんなっ」
「でも、……それでも傍観者は魔法剥奪者を選んだ。彼らはいつの間にか感染してしまったでち。そのドグマに」
 まーぶるは魔法のステッキを抱きかかえたまま、こっちを見つめてる。
「探してみるといいでち。わたしたちはコネクトされているから、逃げるなんてできないし、うろつくぐらいはしてみてもいいでちね」
 まーぶるはそこで一区切り置いてから、わたしに質問する。
「まゆゆ。あんた、『入院歴』があるでちね」
 口元をゆがめてわたしの瞳をのぞき込む。
 そこには嗜虐的な笑みがある。
 でも。
 わたしはうろたえない。ここでうろたえても、なんの意味もなさないし、それに……わたしは『魔法少女』なんだから!
「あるわ」
 強く拳を握りしめる。手のひらに汗がにじむのを、握った手でぐちゃりと潰すようにする。
 わたしが答えた途端、メイドのりねむちゃんが、
「ま、まーぶるさま……」
 と、慌てふためくが、
「いいのよ、りねむちゃん。……わたしは、治らない病にかかっている。でも、それで死ぬってわけじゃない」
 と、わたしは言葉を遮って、言った。
「それが……どうしたっていうの?」
「どうもしないでちよ。ただ、荒廃した瞳で見るわたしたちやこの世界が、まゆゆにはどう映っているのかと思うとゾクゾクしちゃうだけでちよ」
 まーぶるは嫌みを言ったつもりかもしれないが、わたしだって慣れてる。そのくらいで憤怒したりしない。
 わたしは目を閉じ、昨日の夜中に聴いた、あの天使の歌声を思い出す。
 澄んだ声の、少しかかったビブラートが、今のわたしが思い出すのにちょうどよかった。心の安定をはかるために。
 あの魔法少女は一体誰なんだろう。朝食では一緒じゃなかったけど。

 目を開ける。
 それと同時に、わたしの眼前にホロスクリーンの映像が映し出される。


 WANTED。


 指名手配の文字の上に動画が貼られている。
 火炎放射器をぶっ放している集団。
 炎でひとが焼かれている。
 シリアルキラーだ。

「おっと。ギルドといえば、賞金首を捕まえて公共機関の機嫌を伺うのも大事な仕事のひとつでち。雑魚を倒したところでなにも変わらないでちが……こいつらはこいつらで、始末しておかなきゃならない相手であることには変わりないでち」
「そういうことですわ」
 現れたのはきらり。ホロを表示させたのはきらりのようだった。
「まずは一仕事してから……ですわね」



   
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