第24話
文字数 1,703文字
☆☆☆
放課後。校門の前で待っていた彼女は、
「千鶴先生の代行」
と、わたしに近づくなり、言った。
あさり先輩だ。
わたしはあれから保健室には行かなかった。
部活を終えて帰るこの時間まで、先輩は待っていてくれた、ということだろうか。
「あなた自身を否定する声は聞こえてくるかしら」
突然、言う。
わたしは答える。
「前ほど、敏感になんてならない、とは言い切れないです」
「そう」
なにを先輩は言おうとしているのか。
千鶴先生の代行とは。
それは間違いなくわたしの手首の包帯の中身のことだ。
「釈迦に説法かもしれないけど、ドメスティックバイオレンス……DVを受けると『自分を否定する声』が聞こえてくるわ。それに耳を傾けてしまうと……自分を傷つけてしまう」
「そんな……そこまで踏み込んで」
「踏み込むわ。あなたのことが好きだもの」
抱きしめられた。
先輩の体温を服越しに感じる。
他の下校する生徒たちが見ている。
でも、かまわなかった。
わたしも強くあさり先輩を抱きしめかえす。
わたしの身体は震えていたかもしれない。
先輩は抱きしめながらわたしの髪をなでてくれる。
それが嬉しかった。
「あなたはひとの気持ちを優先させてしまうのね。それがDVをしてくる……おそらくは親、……であっても。それが他人と自分の『あいだ』、他人からはっきりと分離した『他ならぬ自分』を成立させられなくなっている」
「先輩?」
「調べさせてもらったわ。……世界が狂っているのか、それとも自分が狂っているのか、考えていたそうね。でも、それは問いの立て方が間違っている。世界と自分を並列させちゃいけない。だって、並列なんて、出来ないんだから。自分と他人、自分と世界の対立の考え方の構図が、あなたのその病気を呼ぶ」
「先輩、なにを言って……」
なにを言ってるかは明白だ。
わたしはこころの病で休学して入院していた。
その病気のことについて言っているのだ。
元凶がドメスティックバイオレンスだと、知っている。
「狂い咲く徒花の名の下にひれ伏し、月に祈って滅すべし」
わたしは抱きしめられながら吹き出す。
「あはは。なんです、それ、先輩?」
「正義のヒーローの決めゼリフ。わたしが考えたんだけどね」
「文学少女なのに。児童文学ですか」
「ヒーロー戦隊モノよ。戦隊ギルド。魔法少女ギルドでもいいわ」
外はもう暗い。暗がりの中、抱きしめ合うわたしたちは、でも、じゃあこれからどうすればいいというのだろう。
「いいかしら。わたしの考案したこの決めゼリフを反芻させるのよ。声に出すともっといい。おまじないみたいに」
「なにそれ。あはは」
「言霊。因果によって、世界はやっぱり崩れるわ。そのことを伝えたくて、今、わたしはあなたを抱きしめている」
「世界が……崩れる?」
「夜になればわかるわ」
「もう夜ですよ。こんなに暗くなってるし」
「電話するわ」
「……はい」
いつの間にかわたしは泣いていた。
なんで泣くんだろう。
涙もろいよ。
先輩の言ってる言葉の意味も、突然の抱擁も、理解が追いつかないっていうのに、身体だけが反応しちゃう。
あさり先輩が、ぱっと手を離す。
「代行は完了したわ。乗り切れることを祈るわ」
「それって、乗り切れるって、わたしのこの生活を、ですか」
「違う。浸食されはじめたから。こころが。それはわたしも同じ。でも、内側から壊すには、これがよかったのかも」
「意味がわからないです」
「文学だもん」
「文学、ですか」
「そうよ。よい夢を見られるようになるといいわね」
「来ますかね、よい夢を見れるとき」
「来るように願ってる、っていう話をしていたんだけど」
「なるほど」
わたしは瞼の涙を手で拭った。
一時間後。
先輩の言っていた意味が、身体で理解できた。いや、こころでも。
こころでわかって、精神が追いつかない状態になった。
帰宅し、父親が帰ってきて、部屋から呼び出され居間へ行くと。
父と母が、醜い爬虫類風の魔物になっていたのだ。
放課後。校門の前で待っていた彼女は、
「千鶴先生の代行」
と、わたしに近づくなり、言った。
あさり先輩だ。
わたしはあれから保健室には行かなかった。
部活を終えて帰るこの時間まで、先輩は待っていてくれた、ということだろうか。
「あなた自身を否定する声は聞こえてくるかしら」
突然、言う。
わたしは答える。
「前ほど、敏感になんてならない、とは言い切れないです」
「そう」
なにを先輩は言おうとしているのか。
千鶴先生の代行とは。
それは間違いなくわたしの手首の包帯の中身のことだ。
「釈迦に説法かもしれないけど、ドメスティックバイオレンス……DVを受けると『自分を否定する声』が聞こえてくるわ。それに耳を傾けてしまうと……自分を傷つけてしまう」
「そんな……そこまで踏み込んで」
「踏み込むわ。あなたのことが好きだもの」
抱きしめられた。
先輩の体温を服越しに感じる。
他の下校する生徒たちが見ている。
でも、かまわなかった。
わたしも強くあさり先輩を抱きしめかえす。
わたしの身体は震えていたかもしれない。
先輩は抱きしめながらわたしの髪をなでてくれる。
それが嬉しかった。
「あなたはひとの気持ちを優先させてしまうのね。それがDVをしてくる……おそらくは親、……であっても。それが他人と自分の『あいだ』、他人からはっきりと分離した『他ならぬ自分』を成立させられなくなっている」
「先輩?」
「調べさせてもらったわ。……世界が狂っているのか、それとも自分が狂っているのか、考えていたそうね。でも、それは問いの立て方が間違っている。世界と自分を並列させちゃいけない。だって、並列なんて、出来ないんだから。自分と他人、自分と世界の対立の考え方の構図が、あなたのその病気を呼ぶ」
「先輩、なにを言って……」
なにを言ってるかは明白だ。
わたしはこころの病で休学して入院していた。
その病気のことについて言っているのだ。
元凶がドメスティックバイオレンスだと、知っている。
「狂い咲く徒花の名の下にひれ伏し、月に祈って滅すべし」
わたしは抱きしめられながら吹き出す。
「あはは。なんです、それ、先輩?」
「正義のヒーローの決めゼリフ。わたしが考えたんだけどね」
「文学少女なのに。児童文学ですか」
「ヒーロー戦隊モノよ。戦隊ギルド。魔法少女ギルドでもいいわ」
外はもう暗い。暗がりの中、抱きしめ合うわたしたちは、でも、じゃあこれからどうすればいいというのだろう。
「いいかしら。わたしの考案したこの決めゼリフを反芻させるのよ。声に出すともっといい。おまじないみたいに」
「なにそれ。あはは」
「言霊。因果によって、世界はやっぱり崩れるわ。そのことを伝えたくて、今、わたしはあなたを抱きしめている」
「世界が……崩れる?」
「夜になればわかるわ」
「もう夜ですよ。こんなに暗くなってるし」
「電話するわ」
「……はい」
いつの間にかわたしは泣いていた。
なんで泣くんだろう。
涙もろいよ。
先輩の言ってる言葉の意味も、突然の抱擁も、理解が追いつかないっていうのに、身体だけが反応しちゃう。
あさり先輩が、ぱっと手を離す。
「代行は完了したわ。乗り切れることを祈るわ」
「それって、乗り切れるって、わたしのこの生活を、ですか」
「違う。浸食されはじめたから。こころが。それはわたしも同じ。でも、内側から壊すには、これがよかったのかも」
「意味がわからないです」
「文学だもん」
「文学、ですか」
「そうよ。よい夢を見られるようになるといいわね」
「来ますかね、よい夢を見れるとき」
「来るように願ってる、っていう話をしていたんだけど」
「なるほど」
わたしは瞼の涙を手で拭った。
一時間後。
先輩の言っていた意味が、身体で理解できた。いや、こころでも。
こころでわかって、精神が追いつかない状態になった。
帰宅し、父親が帰ってきて、部屋から呼び出され居間へ行くと。
父と母が、醜い爬虫類風の魔物になっていたのだ。