第12話

文字数 3,444文字

     ☆☆☆



 輸送トラックの荷台に載せられ、わたし、まーぶる、きらりがギルドから出動する。
 運転手さんはメイド服に身を包んだましまろちゃんという名前の少女だった。
 荷台にはシートがかぶせられ、外は見えない。ぐらつきながら車は動いているので、ここがオフロードだというのだけはわかる。
「おいしかったでしょう、朝のお肉」
 きらりがうふふ、と肩を上下させながら、口元に手をあてる。
「いつもステーキなんて朝から食べるんですか」
 わたしが訊くと、
「うふ。まゆゆさんがいるから、特別だったのかもね。でも、違うかも」
 と答えをはぐらかす。
「ココアも残念なことね。まゆゆさんの初陣に立ち会えないなんて」
「他に用事があるだけでち。こっちが手間取ればしゃしゃり出てくるでちよ、ココアとレートは」
 まーぶるがたしなめると、
「そうね。ミッションはコンプリートするわ。この殲滅戦」
 と、きらりは目をぎらつかせる。
「昨日の夜中、歌声が聞こえたの」
 わたしはあかりのついた天井を見上げながら、そう言った。
「歌姫の『コーダル』……ね」
「軍神、とも言うべきでち」
 二人とも神妙な顔つきになる。
「コーダルは、一般人の『怒り』を鎮める策を考えている。そして、憂いている。市民を、町を、国を。憂いているのよ」
 そう話すきらりは、どこか歯切れが悪そうな口調だ。
「あのひと……コーダルさんも魔法少女なんでしょ」
「そうでち」
 まーぶるが首を縦に振る。
「魔法銃……ダーク・ルール・ガンの所持者の一人でもあるでち」
「ダーク・ルール・ガン?」
「わたしも詳しくは知らないでち。剰余享楽こと『対象α』に作用するなんとかかんとか……っていう、意味のわからないものでち。まあ、普通にぶっ放しても貫通力じゃ魔法少女の魔法より数段上だっていう、恐ろしい銃でちよ。あんなのが何丁も存在する可能性があると考えただけで、空恐ろしくなるでちー」
 ぶるぶる震えて見せるまーぶる。しかし、その震えはおどけて見せてるだけじゃないのも、丸わかりだ。本当に、〈特別な意味〉で強力な銃なんだろう。
 そこではっと気づいて、わたしは、スカートの中のアンラの銃を布越しに触る。
 アンラからの反応はない。
 が、おそらく。
 わたしのこの銃もまた、その対象αとかいうのとつながっているような、そんな予感がした。
 予感にしか過ぎないし、だからなんなんだ、という気もするけど。
 でも。それよりも。
「コーダルさんは、戦ったりしないの」
「遠征は、基本的にはしないわね。あの子の能力は、『鎮める』ためのものだから」
「鎮める? その、市民の怒りを、って奴?」
「そうね。鎮圧後が、コーダルの腕の見せ所、なのかしらね」
「昨日の深夜……彼女は歌っていたわ」
「あのしめ縄の中の村を憂いていたんでちね」
 そこで、わたしは忘れていたことを思い出す。
 このひとたちは、村を壊滅させた、という、その残虐性を。
 唇をかむ。
 わたしはここで「なあなあの関係」になってはならないのだ、と感じる。
 コーダルさんにしてもも、憂いてるだけ、と言えなくもないだろう。実際にはどんな活動をしているのかは知らないけども。
「これより、コレステロール一家の勢力範囲に入ります」
 無線連絡が荷台に入る。しゃべっているのは、運転手のましまろちゃんだ。
 コレステロール一家とは、賞金首の集団の名前だ。あの、火炎放射器をぶっ放す……。
 きらりが揺れる車内で立ち上がる。
「さあ。魔法少女に変身よ!」



     ☆☆☆



 輸送トラックの中で「変身よ」とか言われても。なんだか魔法少女像は揺らぎっぱなしだ。
 それでもいいか。
 いや、よくない。
 でも、仕方ない。
 頭をぐるぐる駆け巡るそれらの想念は、わたしの居心地を悪くさせる。
 わたしが変身のために精神集中してると、
「遅いわ。先に行ってるからね」
 と言って、きらりがまーぶるを連れてトラックの外へ。
「精神集中ううううぅぅぅ。たまれ、私の魔力ゲージいぃ」
 瞬間、身体を電光が走ったようになり、意識のレベルが上がる。
「いける! 魔法少女、はじめました!」
 魔力の時計が十二時を刻み、魔法のドレスを身にまとい、ステッキが手元に現れる。
 わたしは輸送トラックから飛び出した。


 外ではきらりとまーぶるが火炎放射器のボンベを背中につけた四人組のおっさんと対峙している。
 そこにわたしが駆けつけると、きらりが叫んだ。
「狂い咲く徒花の名の下にひれ伏し、月に祈って滅すべし」
 そこに間髪おかずまーぶるが吠える。
「因果魔法少女ギルドのメンバーが来たからには、勝手なことはさせないでち!」

 ……決めゼリフ的なものなのだろうか。
 ああ、そうだよなぁ、だって魔法少女だもん。

 敵も負けず劣らず、ひとりひとり自分の名前を叫んでポージングする。
「チュウ!」
「セイ!」
「シボウ!」
「アクダマ!」

「我らそろってコレステロール一家ッ!」


 ああ。
 うん。
 えぇ、そうね。
 そうよね。
 これが『戦い』ってもんよね、魔法の。

「行くわよ! ウンディーネ、うねりなさい!」
 きらりがステッキを一振りすると、コレステロール一家のうち、セイとシボウと名乗った男の足下から身体が凍り付いていった。
「アクダマ兄者、これはたまらんなりよー」
 シボウが叫ぶが、叫ぶその声ごと凍てつくかのように、全身が氷で覆われる。
 そこにまーぶるが植物のツタを飛ばして凍ってしまったセイとシボウを破壊する。
 コレステロール一家のうち、二人を瞬殺したことになる。
「うおおおおおおおぉぉォォォォン」
 チュウが叫んで、火炎放射器を放つ。
 きらりがわたしに言う。
「瞬殺が命よ。長期戦になるほど、敵の物理攻撃の方が精神力を使う魔法より有利になるの」
 チュウを抱きしめたアクダマは、
「行くぞ、合体だ!」
 と、男泣きしながら言う。
「セイとシボウの敵を討つのだ」
 チュウは
「あ、兄者……」
 と漏らし、二人は組み体操のようにつながる。
「プロペラ合体! コレステ・ローリングッ」
 つながった二人が火炎を放射しながらプロペラのように回転し、襲ってくる。
 きらりは一言、
「雑魚」
 と軽蔑の視線を送って、プロペラ二人組の身体を冷凍させた。
 プロペラ二人組は冷凍マグロのようにぐったりと、地面に転がった。


 あっけない戦いだった。
「まゆゆちゃん、あっけない戦いだと思ったでしょ」
「えっ……。あ、はい」
「それなら、周囲を見渡してみてはいかが?」
 今まで敵と味方に釘付けだったわたしの視界が、この景色をとらえ始める。
 見た瞬間、吐き気がした。
「なに……この匂い…………」
 緊張してて気づかなかった。

 まーぶるが寄ってくる。
「コレステロール一家が焼いた人間の匂いでちよ。それに、この集落も、そこら中燃えたあとでち」
「どういう……こと」
「建物焼いて、人間を焼いた。それだけでち。まあ、食うつもりだったのかも、でちよ」
「じ、人肉を……?」
 わたしは身震いした。
「普通でちよ。人肉なら今朝食べたじゃないでちか。まゆゆがいたあの村の住人を焼いた肉のステーキを」
 胃の中身を戻しそうになる。
 目眩もする。
「気にすることないわ」
 遠くからきらりの声が聞こえる。
 近くにいるのだが、遠くからの声に聞こえる。
「家畜の肉は人間様が食べるよう、神が思し召しになった動物よ。だから、罪悪感がないのかもしれない。少なくとも、屠る場面を見ないひとには」
「でも、この世界にはもう、ほとんど家畜はいないでちよ。でも、魔法少女には『肉』が必要なのでち。魔法の行使に、精力が必要だから。必要悪でち」
 わたしはこの話を、否定する?
 それとも、肯定する?
 わからない。
 越えちゃいけない一線なんて、とっくに越えてた。カニバリズムを肯定した集団に、わたしはいる。
 わたしが立ち尽くしていると、きらりとまーぶるがコレステロール一家の死体を輸送トラックに詰め込んでいた。これから、死体を渡して公共機関に賞金をもらうのだ。
「置いてくわよ。早く乗りなさいな」
 わたしは死体と一緒に、市役所のある建物までトラックで揺られる。
 みんな無言だった。


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