第14話

文字数 4,988文字

     ☆☆☆



 ららみゅうさんはほがらかな顔で、わたしにこう言う。
「スルフルとメルクリウスのところへ行かないとね、まゆゆちゃん。君は〈夏祭り〉のトップだ。同じ成績優秀者の彼女ら二人と会う必要があるからね。もしかしたら優秀者で会えば、活路が見いだされるかもしれないとわたしは思うんだ」
 着ている和服の中に手を突っ込みながら、ららみゅうさんはわたしを指さす。
「終わらせたい、と思っただろう、この戦いを。それには、まずスルフルたちに君が会わないといけないと、思うんだ」
「わ、わたし、この世界のこと、なにも知らない……」
「そうだね」
 ららみゅうさんは扇子を動かし、風を自分に送る。
「でも、まゆゆくんはこのギルドを守るコーダルくんと同じくらい、重要なモジュールだ。一度、モジュラーとしてスルフルたちとしかるべき仕組みに組み込まれてみるのも、手だとわたしは思うね」
 夕飯が届けられる。
 その場にいたきらりは、
「わたしはまーぶると一緒に、部屋で食べるわ」
 と、言う。
「そうだね。そうしてくれると助かる。ココアくんが呻いてるのに、みんなで仲良く食堂で食事なんて、ちょっとぞっとしない話だからね」
「それじゃ。ららみゅうさん」
 お辞儀をして、きらりは自分の部屋に戻っていく。
「ましまろの書いた周辺一帯の地図がある。これを渡すから、目を通してごらん。そして、明日、ここを出発して、スルフルたちのギルドへ行ってごらん。敵に目をつけられないように、徒歩での旅になると思うけど、まゆゆくんは、自分の住んでた町の今のバージョンを確かめたいだろう?」
「はい」
 わたしは頷いた。
「すまないね。今日もまゆゆくんは独房だ。ココアくんと隣の独房になる、かな。防壁があるぶん、そっちの方が安全なんだ。許してやってくれよ」
「はい」
 頷くことしかできない。
 なにが正しくてなにが間違っているかよりも、今、わたしはここにいて、ギルドのメンバーと同じねぐらにいる、という事実の方が大切だから。独房でも、いい。

 わたしが昨日の夜を過ごした独房へ戻ると、りねむちゃんが鍵をかけた。
 叫声はもう聞こえない。ココアさんが落ち着いたのだろう。
「薬を投与したんですし」
 と、りねむちゃんは言う。
「医者が、ここには」
「いませんよ。しかし、処方はできる。そういう決まりになってるですし」
「そう、なんだ」
 りねむちゃんが去ったあと、周辺の地図を見る。
 ここは間違いなくわたしの生活圏だった場所のようだ。
 目をこすると、今日も歌声が聞こえてくる。
 澄んだ歌声の主は、軍神コーダル。
 わたしは一度もコーダルと会話をしてない。
 いつか、話してみたいな、と思った。
 わたしだって吹奏楽部員だったんだからね。
 訊きたいことは山積みだ。
 魔法銃……ダーク・ルール・ガン。
 わたしのアンラ・ガンとおそらく同じ法則で動くであろう、その銃のことも、知りたくて。
 でも、それは後回しになっちゃうんだろうなぁ。
 隣の独房の鍵が開く音。そして、レートさんの声。
 ココアさんの病状を見に来たのだろう。
 しばらくじっとしていると、喘いでいるような声と服と服が衣擦れをする音。
 声はココアさんとレートさんのものだ。
 規則的に、身体を重ねる音がする。
 わたしは、外のうたと、隣の衣擦れの音を聞きながら、……眠る。



     ☆☆☆



 翌日。早朝。
 ましまろちゃんに地図をもらう。手書きの地図で、かわいらしい。
 寝ぼけているところを起こされて、地図をもらい、独房の鍵を開けてもらう。
 ららみゅうさんが廊下に立っていて、
「スルフルのところへ行ってもらうよ。その道中、周辺の状況をみてくるといいんじゃないかな。みんな起きてくると騒がしくなるから、もう、外に出て行くといいと、わたしは思うのだけれども」
 と、言うのでわたしは黙って頷いた。


 まあ、そんなわけでマップを広げて、外へ。
 この庭園の中の建物のある位置は、わたしが通っていた中学校のあるところの隣の駅、大神駅のど真ん中だ。駅が、ギルドの建物に取って変わっている。
 九字町の、大神町という地域。
 わたしは見渡す。この土地の今を。
 ギルドの外は、廃ビルが建ち並んでいる。
 雑草やツタが根を生やし、生い茂り、地面はコンクリートが割れている。
 人間は、住んでない。
 歩いてさえいない。
 そのかわり、鴉の群れが、空を支配して地上を見下ろしている。
 わたしの学校や家のあるのは、ここ大神駅……ギルドから南方へ行った、九字浜港。九字浜港駅のある場所だ。
 ちょうどスルフルという人やメルクリウスという人がいるのは九字町南部図書館という建物があった場所で、港にも近い場所だ。わたしの家や母校のすぐそば、というわけだ。
 と、すれば、まっすぐ見渡しながら南へ歩いていけばいいのだけど、わたしはそうしなかった。
 あの、しめ縄の村。
 世界が変わってしまってからはじめて出会ったひとたちがいた村。
 あそこは地図によると大神神社のあった場所だ。そう、あの場所には神社が今もあったのだ。なんで気づかなかったのだろう。
 しめ縄の村へ向かう。ここから北にある。
 と、すると北へ行かなくちゃならないんだけど、そうたいした距離じゃない。
 道も、よく観察すれば元の地形がうすぼんやりと見えてくる。方位磁針ももらったし。
 まずは、北へ!


 
 雑木林に包まれた丘を登ると、そこにはあのしめ縄が今もあった。
 人気はない。
 しめ縄の前に立つと風が一陣吹いて、厳かさを感じた。
 足を踏み入れる。
 しばらく進むと、道が開ける。
 視界には、農村部らしい家が建ち並んでいる。誰かが住んでいそうな気がしたが、静まりかえっていて、誰もここにはいないような気もする。
 きらりたちは、略奪した、と説明した。だけど、襲撃したような様子はない。
 どこかの家に行って中にひとがいるか確かめたかったが、その勇気がない。ここまで来ておいてなんだが、わたしはあの巫女さんや連れてきてくれたひとといった数人としか会話していない。それで、あの神社での惨劇。
 合わせる顔はない。
 合わせる顔があるとしたら、あの神社の中の巫女さんだ。もう、この世にはいないけど。
 道をまっすぐ歩くと、鳥居があり、そこをくぐり、階段を上る。
 長い階段じゃない。なので、すぐに神社には着いた。
 身体は清めない。
 そのまま、土足で社殿へ上がろうとする。

 そこへ、背中から声をかけられた。
 若い、女性のくぐもった声。
 怖かった。村人がやっぱりいたんじゃないか、と思って。
 でも。
 わたしは振り向いた。
 そこにいたのは、まだ暑いっていうのにマフラーで口と鼻を隠すようにぐるぐる巻いた、ブレザー姿の女子高生っぽい眼鏡の女の子だった。
 ブレザーのポケットに手を突っ込んでいる。
「あなた、〈夏祭り〉のトップランナーね」
 目つきを鋭くしている。
 わたしのことも知ってるみたい。
「あなたは、だ……」
 シュン、と空気を引き裂く音に、わたしの声は遮断された。
 左腕の服が破れ、そこから血が出る。
 シュン!
 次いで二撃目。
 今度は右腕から血が出る。
 切り傷はそんなに深くない。
 マフラーの少女はポケットに手を突っ込んだまま。
 どういうことか。
 わたしにはわかる。攻撃の軌道がわかったからだ。
 この子は、剣を抜刀するように、ポケットから瞬時に手を出し、ナイフで斬ってまた手をポケットにしまっているのだ。
「わたしの太刀筋が、みえるようね」
 マフラー越しに、くぐもった声が聞こえる。
「さすが、夏祭りのトップ。でも、もうおしまいにしましょう。この戦い。意味ないわ。だって、わたしが圧勝するもの」
 目が据わっている。眼鏡越しの、殺気。
「寛解、という言葉を知っているかしら、トップランナーさん。辞書的な意味。『病気の症状が軽減またはほぼ消失し,臨床的にコントロールされた状態。治癒とは異なる。白血病・バセドー病・統合失調症などの病気のときに用いる』っていうのが、寛解。ダーク・ルール・ガンの扱い方さえ間違わなければ、寛解できるわ、あなた」
「な、なにを言って……?」
 ポケットに手を突っ込んだまま、少女は立っている。足をまっすぐにして。
「あなたが魔法少女であるように、わたしは文学少女である、というのが前提になるわね」
 くすり、と笑う。どこがおかしいのかわからない。
「世の中は味方と敵をつくってウォーゲームをしているようなもの。そういうの、本当にどうでもいい。なにかを書けばなにかを主張することになって、ウォーゲームに参戦することになる。だからって、無言もまた主張なの。呪われてるとしか言えないわね。……『書く』ことを『行動』と言い換えてもいい。行動しないのもまた主張であるってね。逃れられない」
 相手は目をわたしに合わせている。
 その視線で、わたしは立ちすくむ。
 動けない。
 神社は、静かだ。
「『行動』には『結果』が伴う。それがどんなかたちであれ、結果は『そのひとの属性』を決めていくものであり、それはなにかを主張してしまうのと同義なの。少なくとも、他人から見れば」
 わたしたち以外誰もいない神社の階段を、猫が上ってきた。野良猫だろうか。
 猫はにゃあぁ、と鳴いたが、次の瞬間、マフラーの少女が猫の方を見る。
 猫は、にゃあぁ、ともぎゃあぁ、ともつかぬ声を発して、首が飛ばされた。
 ポケットからの抜刀の斬撃で一発だった。
 巫女さんと神主さんの絶命の瞬間がフラッシュバックして、わたしはふらつつく。
 ふらついたわたしを面白がるような顔で体勢を戻して、少女は話を続ける。
 猫は胴体のまわりを血の海にしている。
「世界観の構築とはすなわち、主張のフィールド化に他ならない。そのフィールドの磁場に、物語は引っ張られる」
 わかるかしら? と少女は首を横に傾げた。
「……なので、物語の主張とはその時点である程度決められてしまっているものであり、ウォーゲームの盤上を越えて、抽出された主張が残る。それは意図しなかったものであれ、自分の属性を形成する」
 わたしは据わった目に睨まれながら、吐き気がしている。でも、話は終わらない。
「自由連想は無意識に縛られる。が、そのアーキタイプなんて数えられるほどしかなく、人間はある意味オートマトンのように動いている、と考えられなくもない。その程度の思考しか有しない人間という自動人形がつくりだしたフィールドなんて、人間を超克することはない。……物語を物語る『想像力』とはなにか。それは結局、そのひと個人の、モノローグでしかないのでは。人形遊びで語る、人形のモノローグ」
 そして少女は言う。
「ご静聴ありがとうございました」
 いつの間にか、ポケットから出した右手には、わたしのアンラ・ガンと同じタイプの拳銃が握られている。
「わたしは人形の人形足る部分からはみ出す剰余享楽……対象αからあなたを引きはがす。あなたは壊れない。その思想が壊れるだけ…………」
 話をもうろうとしながら聞いていたわたしは、状況を把握した。
 が、それは遅く。
 銃で撃たれた。
 拳銃の破壊力じゃなかった。
 わたしの左腕が身体から離れ、吹き飛んだ。
 土の上に腕がぼたりと落ちる。
 咄嗟に、こっちも銃を出そうとする。
 が、間に合わず、今度は右腕が撃たれ、吹き飛んだ。
 遠くでぽたり、と腕が地面に落ちた音。
 わたしは痛さと両腕をもがれた恐怖から絶叫した。
「いやあああああああああああああああぁぁぁぁぁああああぁぁああッッ」
 マフラーの〈文学少女〉は、静かに告げる。
「魔法少女・寛解……ッッッ」
 ダンッ、と銃声が響き。
 わたしの額に着弾し。
 わたしの頭の上半分が吹き飛んだ。
 なくなった両腕の付け根から血をどぱどぱ流しながら。
 飛び散る脳漿が地面やまわりの木や神社の建物を濡らして。肉片がそこら中に張り付いて。
 わたしは間違いなく。
 死んだ。


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