第18話

文字数 3,353文字

     ☆☆☆



 あさり先輩との出会い。まんがや映画のようには出会わなかったけれども、それでも、その出会いを思い出すだけで、わたしはぽわわーん、としてしまう。
 南部図書館から学校に戻ったわたしは、みかとさなえとはわかれて、部室へと急いだ。
 ぽわわーん、としながら部活をやっていたら、いつの間にか下校の時刻になっていた。
 トランペットのりねむちゃんが、
「お顔真っ赤ですし、熱でもあるんじゃないですし?」
 と、気遣ってくれたので、
「そう! 熱があるの! じゃ、帰るね!」
 と、てきとーなこと言って部室を出る。
 ぽわわーんは抜けない。
 あれ?
 でも、わたしもあさり先輩も同じ女の子で、それって「好き」って言ってくれたその意味合いがわたしと先輩じゃずれているんじゃないかな?
「あー、考えるの、やめやめ!」
 頭を左右に振る。
「これから特別な関係になればいい!」
 自分でも言ってる意味がよくわからない。
 わたしはなんてことない出会いが特権化された、唯一無二の出会いに感じてしまって、恋に焦がれている。
 どうしてだろう。
 わたし、先輩のどこが好きになったんだろう。
 なんで、わたしは、あのひとを?

 夕闇色に染まる町の中を、わたしは歩いて、家に帰る。
 ……と、それはまずい。
 このままにやけた面で帰ったら父親にボコられる。
 義理の父。
 ドメスティックバイオレンス。
 それを支援する実の母親。

 いったん、クールダウンさせよう。

 図書館は今日は休みの日なんだよね。
 と、なるとゲーセンか一人カラオケぐらいしかない。あと本屋。
 さなえとみかにさえ、ドメスティックバイオレンス、つまり家庭内暴力については黙っている。
 家庭の事情に巻き込むのはよくない。
 巻き込まないようにするためには、基本、一人で行動するのが一番。
 うーむ。とりあえず、本屋で雑誌を立ち読みしよう。
 わたしの入院中に、なにか変化はあったか、雑誌を読むと掴みやすいかも。

 季節は夏の高校野球が終わり、吹奏楽部としては、文化祭に向けての練習になっている。
 コンクールには、わたしは出れない。
 部にとって、わたしは予備の存在なのだ。
 けれども、文化祭の舞台の上には、立つことは決まっている。
 わたしにはそれくらいしか、わかることはない。
 入院中は、勉強どころではなかったので、授業はみんなより遅れたところをやってもらわないと、わからない。自主学習が必要だ。
 でも、家には帰りたくない。
 あさり先輩は言ってた「自分の名字が嫌いなの」っていうのも、わたしなりに理解し、共感していたりもするのだ。

 時間は進む。
 ジェットコースター並の勢いで。
 ヘルタースケルター。
 わたしののーみその情報処理能力が追いつきませんよ、神様。
 わたしって、なんで生きてるんだろう。
 だって、ほとんどなにもしたくないんだよ。なのに、生きてる意味、あるのかな。
 それとも、生きるということと意味っていうのをくっつける考え方が悪いのかな。
 本屋の軒先に立って、わたしは雑誌を手に取り、ぱらぱらページをめくって、巨大な歯車に回されてるのがわたしたち一般人なんだな、と感慨深い面持ちになる。
 消費社会の歯車に、押しつぶされそう。
 そのくらい、トレンドが変わっていた。
 浦島効果って奴ね!
 ……違うか。



     ☆☆☆



 軒先から、本屋の店内に入る。
 魔法少女のアニメの情報が載っている雑誌を見ようと思って歩いていくと、本屋で見かけるとは珍しい人物が立ち読みしているのを発見する。
 同じクラスの、田中くんだ。
 今日、数学教師・石原にモデルガンをぶっ放した、その人物。
 読んでいるのはわたしのお目当てのアニメ雑誌。
 田中くんは頬に大きなガーゼを貼っていて、まるでボクサーみたい。
 わたしがじーっと見ていると、雑誌から顔を上げ、田中くんがわたしを見て、驚いた。
「な、なんだよ、文句あるのかよ!」
 顔を赤くしている。そうだよね、手にしてるそれ、田舎じゃ恥ずかしいものの代名詞である、アニメの雑誌だもんね。しかも、日朝に放映してる魔法少女アニメの特集を組んでて、チラ見すると、田中くんが読んでるのも魔法少女のページだもんね。
「お、おまえ! 由々原まゆゆ。もしもおれがこの雑誌を立ち読みしてるのバラしたら殺す」
 由々原(ゆゆはら)っていうのはわたしの名字だけど、友達はみんな、名字でなんてわたしを呼ばない。わたしも沖田あさり先輩と同じく、名字が嫌いだからだ。
「まゆゆって呼んでよ、田中くんも」
「なっ! なに言ってんの、てめー? 告白か? おれに愛の告白かぁ?」
 大きく勘違いしているようだ。
「バカなんだね、田中くんて」
「う、うっせぇ。さっさとどっか行け! しっしっ」
 追い払う動作。わたしは野良犬か。
「残念でした。わたしには好きなひとができたから田中くんにちょっかい出す気は毛頭ありませんっ」
「え。そこまで言われるとちょっとショック……」
「ショックでかまわないよーだ」
「まゆゆよぉ。おまえ、なんつーの。普段はおとなしくてナマケモノみたいな緩やかな動き方してるけど、そのナマケモノが長い爪でしゃーって引っ掻くような、そんな怖さがあるよ。前から思ってたけどさ。今の恋愛の話もぐさりと胸に来るものがあるしぃ。休学して出てきたら、ナマケモノのナマケモノらしさが野生のものになっちゃってた、みたいな感じだよ」
「田中くん」
「はい?」
「わけわかんない。いや、意味がわかんない。わけはわかった。気が動転してるのよ」
「なんで気が動転するのさぁ」
「わたしのこと、好きだったんでしょ。それで、振られるかたちになっちゃって、難しいこと言ってごまかそうとしてるの」
「ん、んなわきゃねーだろ」
「意味がわからないってのは、この会話がナンセンスってことだよ」
「ナンセンスかいな」
「うん。ナンセンス。だって、ダメ元で告白すればいいじゃない」
「って、おまえにだろ?」
「うん」
「そりゃまゆゆはかわいいよ。認めてやるよ。でもよ、おまえに限らず、おれが女性に告白するってことは、ないだろうな」
「え? ボーイスラブ?」
「違うわっ! そうじゃなくて、今日の午前中。おれ、数学の石原にモデルガンぶち当てちまったからよ。こんな不良は嫌だろ、告白される側も」
 わたしは田中くんが、クラスではいじめられっ子で、黙って過ごしてるから、こんなにもしゃべるひとだとは思ってもいなかった。
 驚き。
「男子みんなにやり玉にされてたよね」
「ゴミバケツの中にぶち込まれたしな」
 話していると、ハタキを持った本屋の主人が咳払いをしてから、わたしと田中くんの間に割り込むようにして、平積みの本をハタキで叩きだした。
「あ、わたし、今田中くんが読んでる雑誌買わなくちゃ」
「まじで? 買うの、これ?」
「買うよ」
「『特集・魔法少女クロニクル』っていう、魔法少女の年代記が特集の、これを買うっていうのは、やっぱり定期購読者じゃなくて」
「そう。魔法少女が目当て!」
「勇気あるなぁ」
「田中くんは告白する勇気もないんだっけ」
「その話はもうやめだ」
 本屋の壁掛け時計を見て田中くんは、
「時間、そんな遅くないし、ハンバーガーでも食いにいこうぜ」
 と、言った。
「一人前にナンパはできるのね。偉い!」
「偉くねーよ。てか、まゆゆがこんな性格してるとは思ってなかったぜ」
「どういう意味かな」
「付き合ってる男子とじゃなくても、ハンバーガーくらいは一緒に食べに行くってのな。肝が据わっているぜ」
「あん肝あん肝あん肝あん肝」
「おまえの据わってる肝って、アンコウの肝なのか……」
「四回繰り返すと、三連符でも発音できるよ!」
「勝手にやってろ、へっぽこ吹奏楽部!」
「……うぅ、わたしがトロンボーン下手くそなのが田中くんにまで伝わっているのね」
 ゴホン!
 しゃべり続けていたため、本屋の主人がキレかかっていたので、さっさとレジに雑誌を持っていって、わたしはお金を払った。

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