第5話

文字数 2,799文字

     ☆☆☆



 バンの後部座席で縛り付けられ、寝かされたわたしは、右隣にいるきらりの声を聞く。
「後夜祭の世界。ほとんどの都市は魔法剥奪者のものになっていますわ。接続されたわたしたち魔法少女はモジュールとなって生き、剥奪者を殺すべく、この後夜祭を戦っているわ。都市の奪還。善から悪へ。この世に善がある限り、戦わなくちゃならない。あいつらにとっては人間を殺すことが浄化になる。それが最高善」
 きらりはわたしの頬を手の指先でなぞる。
 わたしはそれに、首を振って抵抗する。
「あなただって、人間を殺した! シリアルキラーと変わらない!」
 許せなかった。
 わたしは声を荒げた。
「必要悪よ。バカね。魔法少女がいなくなったら終わりじゃないの」
 魔法少女モジュール。接続された魔法少女は大きな意思のモジュラー、部品になっている。
 そう語る青いドレスの魔法少女、きらり。
「あなたにもいずれわかるわ。モジュールに組み込まれているあなたなら」
「新人にべらべら解説するなんて、ナンセンスでちよ、きらり」
 左隣にいる、背の低くて幼さの残る女の子が言う。
 彼女も魔法少女、だろう。ドレスは黄色。その声は舌っ足らずだ。魔法のステッキを座席で体育座りにして、抱きかかえている。
「剥奪者を殺せるのは魔法少女だけでちから、暖かく迎えあげるのが筋ってもんでち。これから戦力になるんでちから」
「わかったわよ、まーぶる。ちょっとかわいいからいたずらごころ起こしちゃっただけよ」
「わかればよろちぃ!」
 急ブレーキ。
「着いたみたいでちよ、我らが総本山に」
「そうね。でも、まだロープで縛ったままよ。……それじゃ、行きましょうか、『因果魔法少女ギルド』へ」
 わたしはもう、怒る体力もなくなっていた。
 家が恋しいとか、友達が心配、などよりも、この魔法少女の現実を受け入れるだけで精一杯だった。



     ☆☆☆



 バンのドアが開く。
 わたしは突き出されるように外に出された。
 突き飛ばしたのはきらりだ。
 そこはビル街だった。
 が、廃墟だらけ。ビル群には蔓が生え、ひび割れてないコンクリートはそこには存在しなかった。
 空は晴天で、鴉が何羽も電線に捕まってこちらを見下ろしている。
 そしてビル群の先には、大きな池があり、真ん中に木橋が架かっている。
「浄土庭園造りをパクってつくった、うちらのギルドの庭でち。敷石や池で結界を張ってるでち」
 突き飛ばされて倒れたわたしは起き上がる。
 ビル群に不似合いな、庭園。
 わたしがその景観に見とれていると、近くのビルのコンクリートが大きな音とともに爆ぜた。
「銃器。剥奪者ね」
 きらりがステッキを構える。
「しつこいやつらでち。制圧しても領土取り返しにぞろぞろと。バカでち」
 まーぶるもステッキを前方に向ける。
 敵らしき者は銃器を乱射し続ける。

 チャンス!

 わたしは二人が目を離した隙に腕をロープで縛られたまま、走り出した。
「こら! 待ちなさい!」
「待たないよっ」
 わたしはでたらめに走る。なんだかこいつらと一緒にいたくない。
 追ってこない。
 戦闘が開始されたのだ。
 魔力が周囲の空間を振るわせて収縮していくのがわかる。ステッキに集まっていくのだ。
 一方の敵は物理攻撃。
 でも、一般の人を傷つけるのは物理攻撃の方が強いんだろうな、と思う。
 シリアルキラーは、一般人を物理攻撃で殺す。
 そんなことを考えながら、わたしは駆けだした。
 闇雲に走っていると後ろから爆風が来て、わたしの足がもつれる。
 体勢を崩したらそのまま吹き飛ぶ。身体が宙を舞う。
 地面に叩きつけられるとごろごろ転がる。
 血が出て痛いけど、わたしを縛っていたロープが外れる。
 手を地面につき、起き上がるとわたしはま
た走り出す。

 どこへ?

 そう、ここ、見たことがある景色に似ているのだ。通ってた学校のあった町の、隣の駅の繁華街。
 だとしたらわたしの家も、近くにあるんじゃないか、と思う。
 目覚めた病院の位置だってよくわからなかったわたしだが、そこだってさなえとみかが見舞いに来てくれてたって……。
 嘘かホントかわからないけど、だったらここ、前にいた場所とそんなに遠くない。
 荒廃したマッドでマックスな世界だけど、わたしは生きるんだ。
 生きるために、必要なものってなにかな。
 今だったら、それは『生きる勇気を持つこと』だって答える。
 わたしは臆病だった。でも、選ばれた。世界中で選ばれた魔法少女たちがいたのと同じく、わたしも同時多発魔法少女として。
 わたしは急ブレーキをかけるように止まり、後ろを振り向いた。
 手を天にかざす。
 渦動エネルギーが満ちるのが〈わかる〉!
 わたしは
「まゆゆアロー・すぺしゃる」
 と、目を閉じ、呟く。
 わたしを取り巻くエネルギーが台風のように巻き上がり、わたしを包み込む。
 魔法少女のドレス姿に変わったわたしは、かざした手を水平に伸ばす。左手をまっすぐに。右手で弓矢を弾くように。
「いけえええええええええええええぇぇぇぇ」
 電流が走りバチバチ音を立て、光の弓矢が飛んでいく。
 きらりとまーぶるは後ろ向きに飛びながら待避。
 まゆゆアローは魔法剥奪者の身体を貫く。
 剥奪者は身体が粉々になった。
「わたしは戻る」
「……どこへだよ」
 声が聞こえる。アンラ・マンユだ。
「元いた場所へ」
「はぁ。わかっちゃいねーなぁ。おまえ、ドメスティックバイオレンスの被害者じゃねーか。家があっても戻る必要もねぇだろ」
 そこでぷっつりと、回線が途切れたような音がして、アンラ・マンユの声は途絶える。
 しゃべっているうちにこっちへ向かってくるきらりとまーぶるに、わたしはまゆゆアローで迎え撃った。
 砂煙でなにも見えなくなる。爆発した地点が近いから、わたしの視界が砂煙になったのだ。
「無駄でち」
 砂煙の中からトゲの生えた植物がうにゃうにゃとこっちに向かってきた。
 魔法で蹴散らそうと思ったものの、両手をぐるぐるに縛られた。また、縛られたのだ。
 植物のトゲが、叫んでしまうほど痛い。血がだらだら出て、地面にシミをつくっていく。
「凍結させてあげるわ」
 きらりが魔力をコールドスプレーにして放射する。
 もう、めちゃくちゃだ。
「めちゃくちゃなのはあんたの方よ、まゆゆ」
 冷たい視線でもきらりはわたしを凍てつかせる。
 凍り付いたように身体がなったから、動けない。しもやけなんかじゃ済まない。わたしの上半身は凍結し、凍死寸前だ。
 わたしはおとなしく捕まって、ギルドの中にお邪魔することになったのだった。
 意識がもうろうとした中で歩かされる。
 不本意だけど。


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