第27話

文字数 2,607文字

     ☆☆☆



 ネカフェの個室はカーペットの部屋にしてもらった。掛け布団代わりのブランケットも二人分用意されている。
 わたしはカーディガンを脱ぎ先輩はブレザーの上着を脱ぎ、ともにハンガーにかける。
 シャツとスカートはしわになってしまうかもしれないけど、仕方ない。
 ドリンクバーから二人分のオレンジジュースをわたしが運んできて、個室の扉を閉めると、黒猫がしゃべり出した。
「英田でちか。あんな奴を連れてきても、余計と話がこじれるでち。職員会議でいつも道徳道徳ほざいてる奴でちが、女子中学生をぺろりと食べた理事長の息子にはへつらってる態度を事件後も変えないでち。英田って教師は学年主任をしてなにがしたいかというと、学内政治でち。偉くなりたいだけでち。そこにはどんな欲望が隠されているか、わかったもんじゃないでちよ」
「…………」
 あっけにとられて黙ってしまうわたしの図。
 あさり先輩はオレンジジュースをストローで吸っている。慣れているのだろう、この猫がしゃべるのを。
「黙りながら目が泳いでいるでちよ、まゆゆ。わたしは正真正銘、保健医の千鶴でちよー」
 そこに先輩。
「なんでわざわざ黒猫に千鶴先生がなっているか、なんだけど。黒猫の方が本来の千鶴先生の姿なのよ」
「正確には、黒猫に『なってしまった』以降は、黒猫が『本来の姿』だ、ということなんでちが」
 わたしがきょとんとしていると、千鶴先生である黒猫は続ける。
「異界と橋渡しになっている領域に住むものは、その〈本性〉を人間以外のクリーチャーとすることが多いでち。そうなってしまうんでちよ。〈本性〉が、人間を、人間以外に変える。戻ることも、疲れるけどできるでちが、ね。……本性が爬虫類になったまゆゆ、あんたの親も、異界との領域を行ったり来たりしてたからそうなったでち。あんたに与えたDVの様子をマニア向けのビデオにして販売していた、あんたの親は、心が異界と近づいてしまい、あんな姿になってしまったんでちよ」
「……わたし、罪悪感がないんだ、殺したことに」
 正直に、千鶴先生に言った。
 千鶴先生は猫なりにため息を吐いてから、
「罪悪感があるとかないとか、そんなのは二の次でち。魔法少女になるための通過儀礼だったと思った方がいいでちよ」
「そう……なのかな」
 先輩がストローから口を離す。
「そう、なんだよ。罪悪感なんて、なくていい。親がすることは正しいか、自分の方が間違ってる、とか、大人が言うことは立派なことで、自分は常に大人よりは子供だ、とか、こういう被害者は考えがちなんだよ。もう、忘れた方がいい」
「死体が残ってる」
「消えるよ。あれは死体じゃないもん。実体がない、異界のクリーチャーだから」
 先輩はブランケットを体育座りした自分の身体にかける。
 わたしもブランケットを自分の身体にかけて、それから自分の身体を先輩に寄せて、もたれかけた。
 先輩の肩に、自分の頭を乗せる。
 黒猫は先輩のブランケットの中に潜ってきて、にゃー、と鳴いた。
 先輩の身体、暖かい。
 ずっとこうしていたい。
 しあわせ。
 不幸の中に紛れ込んだ、幸せの光。
 それが沖田あさり先輩だ、なんて言ったら笑われるかな。
「先輩……」
 顔を寄せる。
「ん?」
 唇を、先輩に近づけると、先輩も同じようにわたしの唇に自分の唇を引き寄せ。
 ぬめった唇が重なる。
 先輩は舌でわたしの閉じた口唇をこじ開け、侵入してくる。
 その領域侵犯が心地よくて。
 わたしは先輩の大人のキスにおぼれるのだった。



     ☆☆☆



「今日は図書館は休みじゃないわ。学校じゃなく、南部図書館へ行きましょう」
「にゃー」
 ネットカフェの深夜パック料金を払うと、先輩はそんなことを口にした。
 これはもしや……、図書館デートなのではっ!
「行きます!」
「不良の仲間入りでちね」
 にゃーにゃー鳴きつつ、千鶴先生は黒猫のままあきれ顔をした。
 学校の授業が人生の全てじゃないもん。
「図書館で大好きなひととデートするのも、大切だよね!」
 自分に言い聞かせて、駅前の雑踏を抜ける。
 黒猫千鶴先生はどこかへいなくなった。
「ああ。学校へ向かったのよ、お仕事あるし」
 と、先輩は気にもとめない風に言った。


 昨日、わたしは魔法少女に変身して、両親を殺した。
 両親は異形の者と化していた。
「〈あっち〉と〈こっち〉を行き来するものは、必ずその干渉を受ける」
 先輩は言う。
「〈あっち〉って、どこですか」
 先輩は頷き、それからすこしためらって、
「〈夏祭り〉の後の世界よ」
 と、告げた。
「夏祭り? ああ、今は秋だし」
「うん。そうね。秋に、なっちゃったね」
 先輩が手を差し出すので、わたしはその手を握る。
 手をつないで、二人で図書館までの道を歩く。
 午前の日差しはまぶしくて、わたしのこころを溶けさせた。
 太陽を見る。
 大神神社。その境内。
 ダーク・ルール・ガンに吹き飛ばされた自分の頭蓋骨。
 ……銃口を向けていたのは。
 あれは高校生みたいにすこし大人だったけど。
 間違いなく。
 沖田あさり先輩そのひとだった。

「んんん?」

 意味がわからない。
 強烈なフラッシュバックが起こったが、太陽から目をそらすと、そこにはわたしの現実があった。
 先輩と手をつないで歩く、現実が。
「ここ、九字浜には結界が張ってある。九字の印。九字の法。護身の秘術として唱える九文字からなる呪文。これを唱えて指先で縦に四線、横に五線を空中に描く修法。すべての災いを除き、その身をまもるという。道家に起こり、陰陽家や密教の僧・修験者に広がった」
「へぇ」
「大神神社の奥の大神山には、修験道のひともたくさんいたらしいわ。陰陽は、わたしたちにも関係してくるし」
「そうなんですか?」
「光と闇は一対よ。陰と、陽。一対であるからこそ、成り立つ。魔法少女がいるということは、その敵対者も同時に生成される、ということ」
「先輩はなんでそんなにいろんなことに詳しいんですか」
「きっと、魔の法……ダーク・ルールに、染まっているからでしょうね」
 先輩は前を向く。
「南部図書館、見えてきたわよ」
 一番乗りで、到着したようだ。
 わたしたちは、中に入る。



 
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