第29話 人を害してはならない理由

文字数 664文字

 その日、コーサラ国王のパセーナディは、王妃マリッカと宮殿の上にいた。
「そなたには、自分よりももっと愛しい人が、誰かいるのかね?」王は王妃に尋ねた。
「大王さま、私には、自分よりもっと愛しい人はおりません。貴方にとっても、ご自分よりももっと愛しい人がおられますか?」
「マリッカ、私にとっても、自分よりももっと愛しい人は存在しない」

 …「サンユッタ・ニカーヤ」という経典に、このような逸話が描かれている。
 
 国王がブッダの所に行き、妃とこんな会話をしたと話すと、
「どの方向に心が探し求めても、自分よりも愛しいものをどこにも見出せなかった。そのように、他の人々にとっても、それぞれの自己が愛しいのだ。ゆえに、自己を愛する人は、他の人を害してはならない」
 ゴータマさんは、そう言った。

「なぜ人が人を虐げてはならないか」という理由を、私は論理的に説明できる術がなかった。それで長年、探していたが、この一連の話を見て「ああ、こういうことだったのか」と感じ入ったものだった。
 しかし、こうして文章として見ると、納得できるのに、この話を人に話すと、どうもうまく行かない。
 私の口べたなせいか、「王妃」とか「国王」「宮殿」…そういった描写を口語でしなかったせいか、「人を傷つけてはいけない」理由を知りたい欲求の強弱のせいか、「読んで知る」のと「口語で知る」の違いなのか、よく分からない。

 今のところ、「なぜ人を害してはならないか」を、たとえば殺人者などに諭そうとする時、なかなか言葉が見つからない。
 このブッダの言葉が、近いようにも思えるのだが。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み