第3話 思想は役に立たない?

文字数 835文字

 ソクラテスは、何も難しいことは言っていない。ただ正しく生きること、善く生きること、それを目的としただけである。自分自身の魂に気をかけず、お金や名誉のことばかりに気をかけるな、と云いたかったのだ。善き魂であれば、お金や名誉も善く扱われるだろう、と。

 ずっと貧乏であったらしいが、ともかくその意思を貫徹した人だった。これが難しい、と、ひるむ必要はない、と私は自分に言い聞かせる。ブッダにしてもソクラテスにしても、人間であったのだ。神でも仏でもない。

 また、私の身辺…自分の、今まで生きて来たことを思った。今日のニュースで、悪い事件も見た。それで世界を知ったような気にもなり、自分はここにいるんだと考えた。
 すると、この2500年前のふたりに対して、泣けてきた。実際に泣きはしないが、涙が出そうになった。多少ならずの、「今」への怒り、わからなさへの怒りのような衝動をもって。

 人を殺める人は、自分が悪いことをしていることを知っているだろう。お金を不正に儲ける人も、女性に嫌な思いをさせる人も、自分のことばかりをホントウに考えられる人も、自分が悪いことをしていることを、きっと心のどこか、数㎜の余白のところに、知っている場所があるだろう。
 どうして、「悪」があって、なぜそれをするのか。これが、ほんとうにわからない。
 率直に、そのままに言えば、なぜ世界が善くならないのか、ということ。

 ブッダの説いたことも、実に単純なことなのだ。ソクラテスも、人ができないことを何一つ示していない。どちらも、実践可能なことを伝えている。紀元前から、何をしてきた…、どうして不正が正当のように扱われる世界になった、と考え始めてしまった。
 もちろん、答はこのふたりに関する伝記と、彼ら自身の言葉にある。彼らの弟子たち、プラトン、クセノフォン、アーナンダらの色はついているにしても、人として思考できる、行為に移せる「善」がそこには確実にある。にも関わらず、なぜ、それが行なわれてこなかったのだろう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み