第20話 マハトマ・ガンディー

文字数 1,401文字

 先日、NHK教育でガンディーについての番組があった。何回かに分けて放送されているらしい。その日は第4回目で、「禁欲の矛盾」というのがテーマであった。
 どこかの大学の若い准教授かが、ほんとにガンディーが好きらしく、ガンディーの行動や逸話について、実に生き生きと語っていた。
 ニュース番組からチャンネルを変えていた時、たまたま目に入った映像が、
「ガンディーは、複数の全裸の女性と、一晩添い寝をしてみせていました」
 という語りと、そのイラストだった。

「もちろん、弟子たちに、『わたしの禁欲はこれほどに強固である、人間は欲望を禁ずることができるのだ』ということを、ガンディーは自らを模範として弟子たちに示したかったわけですが、弟子たちに示したいとする欲望は、禁じ得なかったわけです」
 と若い准教授は続けていた。
 画面の隅には、「ガンディー・禁欲の矛盾」という題字が常に見えていて、ガンディーって誰だろう、インドのあのガンジーのことなのかなと思っていたら、やはりそうなのであった。

 また、航海中の船上で、ガンディーは親しいドイツの友人が望遠鏡で遠くの景色を眺めていたことに我慢ができなかったらしく、「それを海へ捨てなさい」と言ったという。
「遠くのものを見ることができるものを持つということは、もっと遠くのものを見たがるようになるだろう、もっと遠くのよく見える望遠鏡が欲しくなるだろう」というのが、ガンディーの言い分であった。
 ドイツ人は、いや、これはほんとに大事な望遠鏡なので、それだけは勘弁して下さい、とガンディーの命令を拒んだ。だが、ガンディーは容赦しなかった。つまり、捨てろ、の主張を続けたのだ。だがドイツ人は、捨てたくない。ふたりの口論が必然的に始まった。

 ながい時間をかけて、捨てる・捨てないで言い合った後、
「なんで我々はこんな言い争いをしなければならないのか。その望遠鏡があるからだ。やはりその望遠鏡がいけない。捨てなさい」
 ガンディーはふいに言い放ったそうである。
 で、かわいそうなドイツ人は、口論への疲弊もあったろうが、大事な望遠鏡を海へ投げ捨てたという(望遠鏡よりもガンディーとの友情を選んだんだろう、とぼくには思えるが)。

 またガンディーは電車を否定していたらしい。望遠鏡と同じ理由からだ。
「遠くへ、簡単に早く行けるということは、もっと遠くへ、もっと遠くへ行きたいという欲へ繋がるだろう」
 だがガンディー本人は、もちろん布教か何かのために、電車に乗って遠出をしているわけである。
 また、英語を学びたいとする息子に、「必要ない」と断じたり、妻に毎日の便所掃除を強いたりしている。ガンディー本人は英語を学んで話せて、語学の利便をその人生のなかで活用していただろうし、毎日妻に便所掃除を強いるということは、本人は少なくとも毎日便所掃除をしなかったろうということがぼくには想像できるにも関わらずである。

 若い准教授は、「矛盾というものを、いけないとするのではなく、矛盾のあることを、謙虚に受け止めることが、だいじな心なのだと思います」というふうなことを言って、しめていた。
 欲望を禁じようとすること。ホントウにはできないとしても、そうしようとすること。
 これを、心がけ、というのではないだろうか。とてもだいじなもののように思える。
 とてもおもしろい、ガンディーという人間と、それを説く准教授だった。
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