第13話 ホンモノというもの

文字数 756文字

 荘子は言う。
「すべて世俗の人は、他人が自分の意見に同調することを喜び、他人が自分と異なる意見を持つことを憎むものである。
 他人が自分に同調してくれれば、これを喜び、他人が反対すれば、これを喜ばないのは、もともと自分が衆人より抜きんでようとする心があるためである。
 だが、衆人より抜きんでようとする心をもつものが、どうして衆人より抜きんでることができるだろうか」

 私の友人に、よく「ホンモノ」という言葉を使う人がいる。そのホンモノの定義を聞けば、「そりゃ、ホンモノっちゅうこっちゃ」というだけで、身も蓋もなかった。
 だが、この荘子の、〈普通の人達より秀でようとする者は、その時点でもう普通なのである〉というニュアンスの言葉は、知人のいう「ホンモノ」と、同義であるように思える。

「本物・本当というもの」というものは、意図的・作為的にとられた形ではなく、ほとんど無意識、打算も下心もなく、本能のようにその体を為してしまうことだと私は思う。

 公務員をしていたが、40歳前後でその職を辞し、山の上に住み始めた友人がいる。「こうして生きればいいのに」と周囲が見るような仕事を辞め、なんでわざわざ山の上へ、という生き方。だが、彼には、そうせざるを得ないもの、その「内なる真実」(=ホントウのもの)に従ったまでだと私には思える。

 どうにもならないもの。そこから、人生を生きて行く。といって、本能のまま、というのではない。恥を知っていて、だから謙虚で、何もエラソウに振る舞うこともない。どうしようもない、マイナスでもプラスでもない、このままでいいのかなと思いつつ、このままでしかいられない。
 そのような生き方をする人が、私には本当の人で、本物のように見える。そこに、他人より抜きんでようとする意思など、入り込む余地はあり得ない。
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