第24話 矜持と覚悟

文字数 9,557文字

赤鬼が仁王立ちしていた…


「輝明よ、早う申し次ぎをして参れ!」


下足番の若い小姓達は動揺した表情を浮かべながら、私と赤鬼の顔をキョロキョロと見比べている… 侍大将と小姓頭に〝評定衆の新メンバー〟が揃って現れたのだ。
それに、赤鬼は明らかに苛立っている… 小姓達が焦っても致し方あるまい。


「そう急かさないで下され。 拙者にも心の準備が必要で御座る。」


誉田は大きく息を吸ったかと思うと〝ふぅーっ〟と吐き出している。
意を決した様に頷いた後、長い廊下を〝ずいずい〟と奥座敷の方に進んで行った。


背中を見送りつつ、私と赤鬼は評定が行われた広間へと向かった。


分厚い畳の敷かれた場所に〝キャンピング・チェア〟はセットされていない。
…という事は、プライベートでも使っているのだろう。
赤鬼は畳から程好い距離でドカッと腰を下ろすと、両腕を組み真正面を見つめ始めた… 私は隣に腰を下ろした。


赤鬼は… 髭をシャリシャリしたり膝を叩いたり摩ったりと忙しない。
何も聞こえていないし見えていない、私は自分に言い聞かせた。


赤鬼の出す音が煩わしく感じ始めた頃、廊下を歩く音が聞こえてきた。
初めて見る小姓が襖が開く… 続いて、評定の時に見た事のある小姓がキャンピング・チェア持って入ってきた。


扇子を左手に持った殿はキャンピング・チェアに腰掛けると〝良い姿勢〟になっている。


この光景に慣れるには時間が掛かりそうだ(笑)
殿が着座するのを見届けた誉田は、頭を下げ太股に両手を付けながら小走り私に向かって来ると尻で滑る様に胡座になった。


・・・器用な座り方である・・・


スライディング胡座を披露した誉田が両拳を床に付き頭を下げた…。
私も頭を下げて殿を迎えた。


「…楽に致せ。」
「ははっ。」


赤鬼は頭を上げると同時に、両拳を使って腰を浮かせると身体を少し前へ出した。


「殿、急な御目通り恐縮に御座りまする。」
「三人揃って如何した。」
「早速で御座りまするが申し上げたき儀が…。」

「・・・うむ。聞こう。」
「では。」


右に座っている赤鬼は私の方へと顔を向けてきた… 左に座っている誉田を見ると目が合った。
念のため、後ろを振り返ってみた… 誰も居ない。


「・・・?」


また、キラーパスだった。
私の提案を自分の事のように進言するのを憚っているのか? ・・・それとも、言い辛い事を私に言わせようとしているのか?
この期に及んで確認しようも無い。
まぁ、確かに… 言い出しっぺは私だった。


「…殿、黒装束達を誘き出す作戦をやってみたいと思う。」


赤鬼と誉田は、私が言い終わると同時に頭を下げた… 微動だにしていない。
殿は不敵な笑みを浮かべている。


「ふむ。…で、どの様な策であろうか。詳しく。」


赤鬼と誉田が頭を上げた・・・二人は黙ったままだった。
どうやら、詳細まで全部私に話させるつもりらしい。


「殿と家族の安全を確保した上で… 〝殿の怪我が悪化して寝込んでしまったという噂〟を城下に流す。」


私は赤鬼達に説明した〝誘き出し作戦〟を初めから丁寧に説明した。
殿は黙って目を瞑りながら話を聞いている…。
目を開けた殿は左手で口元をなぞりながら視線を送ってきた。


不意に不敵な笑い声を上げた。


「…実に面白い。儂が一芝居打って誘き出すという事じゃな。」
「その通り。」
「敵を欺くには味方からか。 ・・・分かった。」


「御意!」


赤鬼と誉田が一礼した。


「殿、誘き出し作戦の肝は… 本当に〝殿が館の中で寝込んでいる〟と思わせなければならない。 それに、桔梗殿や寿王丸殿の安全を確保する事は絶対条件だ。 館で働いている者達にも一芝居打たせる事は可能だろうか?」


「・・・可能じゃ。風間殿、参られよ。」


殿がゆっくりと立ち上がった…
その直後、誉田は立ち上がると小走りで襖へと向かった。


低い姿勢で走ったかと思いきや、正座で床に着地した・・・床を〝すーっ〟と滑りながら進んでいる・・・ スライディングしながら正座をすると襖の手前でぴったり停止させた・・・何事も無かったかの様に侍らしい所作で襖を開けている・・・


私に視線を送ってくると大きく頷いた。


(スライディングで胡座と正座をする男を初めて見た… ニヤけてしまっている私とは正反対の真顔で誉田が見つめて来ている。)


…殿の後を追えという事だろう。


長い廊下の突き当たりになる座敷に案内された。
10枚の畳が敷き詰められている部屋である…。


殿は床の間に置いてあった太刀置きを退かして床板に何かしている… 程無くすると人が通れる位の板が持ち上がった。
板張りの部分は木の蓋になっていて、仕掛けを外せば開けられる仕組みになっている。
どうやら・・・隠し部屋があるらしい。


少し遅れて入ってきた誉田の手には明かりの灯された燭台が握られていた。


「輝明。」
「はっ。」


太刀を手に取った殿は、誉田に続いて階段の下へと消えて行った。


先に降りていた誉田が燭台の明かりで足下を照らしてくれている。
空気が動いていないのだろう、カビ臭さが鼻に付いた… 蝋燭の燃えるの匂いと混ざって立ち上ってくる。
妙に鼻に付く匂いだった。

急な階段を降りると…

天井と壁には木枠が組まれていている。
壁面には手掘りを窺わせる無数の削り跡が付いているのが見て取れた。
誉田の背後には真っ暗な穴が続いている。


・・・館の地下には〝秘密トンネル〟が作られていた・・・


燭台を持った誉田を先頭にしてトンネルを100mほど進んだ。
すると、石の階段が現れた。
殿は上部の空間へと入ってゆく… 誉田に促され、私は殿の後に続いた。


階段の先に 10m×10m ほどの空間が現れた。


燭台の明かりに照らされた先には巨大な木桶(きおけ)が設置されている…。
中にはキャンプ・ファイヤーでもするかの様に、人の背丈ほどの高さまでみっちりと薪が組まれている… 壁面にも大量の薪だ。
見上げた天井には簡素な梁に木の板が組まれていた。


巨大な木桶を回り込むように進むと… また石の階段が見えた。


この部屋の天井は頼りない梁が張られ、簡素な木枠で組まれている… 殿は天板に施されている仕掛けを外し、太刀を使って〝グイッ〟っと押し上げると人が通れる大きさの板が外れた。


・・・目の前には理解不能な空間が広がっていた・・・


部屋の中央に畳が一枚敷かれている。
窓はない。
真下は薪が大量に組まれている空間だ… 此処で何をするのだろうか…?


「此処は何なんだ…??」
「此処か? 儂が腹を斬る場所じゃ。」


殿は振り返ると不敵な笑みを見せた。
燭台の明かりで横から照らされた顔は不気味さを際立たせている。


「お戯れを… 此処は私めが殿に成りすまし灰になる場所。」
「殿! 御安心召されよ。この忌々しい部屋は儂が死なぬ限り使う事は御座らん。」


何気ない会話だったが、侍と呼ばれる男達の矜持(きょうじ)を垣間見た気がした。


誉田を先頭に、私達は無言で急な階段を幾つか登って行った。
梯だと思わせるほどの急階段は〝木の扉〟で終わった。
殿は仕掛けを外している…
徐ろに扉が左方向へクルリと回転した… 隠し扉である。

誉田が先へと進む…

床の間の板張り部分に似た場所へ出た。
壁に掛けられている燭台の蝋燭へと火が灯される… 明かりが照らす先には、板張りの広い空間が広がっていた。

殿は木の窓へと近付き、小さな(かんぬき)を外して戸板を押し上げている。


「風間殿、見てくだされ。」


木窓に近付き外を覗くと…


眼下には館と中庭、それと私達が与えられている〝離れ〟を見渡す事が出来た。
本丸の中庭も一望できている。


・・・此処は天守の最上階だ・・・


館の部屋は地下の秘密トンネルで天守に繋がっていたのだ。


「風間殿、儂は天守へ籠もるぞ。 夜は桔梗と寿王丸も此処で過ごさせよう。 忍びどもとて儂が天守で籠城しているとは、よもや思うまい。」


・・・名案だった・・・


天守は派手で目立つが籠城戦にしか使わないのだ… 謂わば最後の砦である。
生き延びる為の最小限な設備しか無い。
平時に於いて、そんな場所へ籠もる必要は無いのだ。
それに〝秘密トンネル〟を使えば衣食住に困らないし、報告や指示のやり取りも問題なく行う事が可能である。


〝It's hard to see what is under your nose.〟(灯台下暗し)…心の中で呟いた。


「誉田、これで〝誘き出し作戦〟の成功確率はグンと跳ね上がったぞ。」

「…殿、暫し御不便をお掛け致しまするが… お許しくだされませ。」
「うむ。誘き寄せの策… 今すぐ取り掛かるのじゃ。」

「御意!」


振り返った私に、殿は〝キッ〟とした視線を送ってくる。
手にしていた太刀を横に向けて握り直したかと思うと… 太刀を握った拳を突き出してきた。
瞳には真っ直ぐで熱い何かが込められている。


「風間殿。…これを授ける。」


私は戸惑った…
百地三佐が居ない事が悔やまれた… この意味を確認する術がない。
誉田と赤鬼は片膝を付きながら、厳かな視線で私達を見つめていた。


「・・・取り敢えず、預かろう・・・。」


殿達の顔が緩み笑顔になった。
侍にとって〝太刀は魂が宿る神聖な物〟だと本で読んだ事がある。
私は受け取ったのだ… 相当な意味が発生するという事だった。


私達は秘密トンネルを戻り、館へと移動した。


「風間殿。忍びの頭領を生け捕りにしたならば・・・儂らの勝ちじゃ。」


そう言い残した殿は館の奥へと戻って行った。

この一言で、誘き出し作戦の成功条件は〝忍びの頭領を生け捕りにるする事〟が確定した事になる… 殿と家族の危険度は下がったが、作戦の難易度は若干上がったのだ。
殿の〝したたかさ〟を垣間見た気がした。


「明日の昼に又右衛門が鳴子を持ってくる予定だ。その時に〝殿容体悪化説〟を流そうと思うんだが、信じ込ませる効果的な方法を考えて欲しい。」

「畏まった。」「はいっ。」


村の人々へ〝大事件〟として流すか、匂わせて噂レベルでじわじわと拡散させるか… 。
黒装束達を騙して誘き出すには城下の人々のリアクションが重要なのだ。
城下の人々や家臣達が殿の事を本気で心配しているという雰囲気が肝になるだろう… 私が忍びの者であれば、村人達や城で雇われている人間のリアクションを肌で感じ取りながら噂話の信憑性を探る。


館へと戻った我々は一刻後(2時間後)までに各々の準備を終えて、〝離れ〟で集合する事を申し合わせた。


誉田は… 配下の小姓達を集めて館の人々へ細かく指図をするという。
赤鬼は… 忍びの者達と戦える〝(ごう)の者〟を集めると言って三の丸へと向かった。


私は離れへと戻った。


百地三佐にこれまでの経緯と〝誘き出し作戦〟の準備を始める旨を説明した。
作戦の説明と〝太刀を預かった〟という話を聞き終わった百地三佐は、〝準備をする〟と言い奥の部屋へと向かっていった。


私は藏へと向かい、ハードケースからソーラー充電システムとドローンを取り出した。


庭の目立たない場所でソーラーパネルを開き充電ケーブルをセットする。
廊下の縁側へと腰を下ろし庭を眺めていると、陸上自衛隊の迷彩服に着替えた百地三佐が廊下を歩いてきた。
腰にサイレンサー付きのバンドガンは装備していない… サバイバルナイフだけである。


お互いの殻が割れない距離を取って縁側へと座った。
百地三佐は暫くの間、憂いだ表情をしながら庭を見つめていた。


「・・・あの時、誉田さんの弟が斬られていたなんて… 想像も付かなかったわね。」
「ああ。あいつは微塵も感じさせなかった。」

「…目の前で弟が殺される。 そんな悲しい現実を突き付けられても一途に殿を護ろうとした。 それなのに、泣き言一つ溢さない。」
「侍の覚悟を見せつけられた気がするよ… 軍人の鏡みたいな奴だ。」

「…そうね。 私情を捨てて任務と責任を全うする… 簡単に出来る事じゃないわ。」


私達は完璧に手入れされた庭を眺めていた。


「事実とは・・・真実の敵なり。」


「誰の言葉だ?」
「ドン・キホーテ。 周りの人々から〝頭が狂った〟と言われた時に言い返した言葉よ。」


「俺達はドン・キホーテか…。」


目の前に嘘みたいな事実が積み上がり始めている。
それは、真実を歪めてしまうかも知れない事実だった。


「太刀を授けるって、貴方が感じている以上に大きな意味があるわ。」
「やはり、そうか…」

「…そうよ。赤鬼さんや誉田さんの目の前で殿は貴方に太刀を授けた。 つまり、殿は貴方に全権を一任したの。 途中で投げ出したら全ての信頼を失う事になる。 風間一尉・・・覚悟が必要。」

「太刀にも目に見えない真実が隠されているって事だな。」
「そう。…それに、作戦の結果はどうであれ伊勢家に何らかの(あと)を残してしまう事にもなる。」


「・・・俺達がこの世界で生きてゆくのであれば、歴史に関わるのは必然だろう?」


百地三佐は空を見上げた後、大きな溜息をした。


「私達の行動で… 私達が存在していた世界が変わってしまうかも知れないわ。」
「…既に変えてしまったかもな。 殿と誉田の命を救っちまった。」


・・・あの朝、私と百地三佐が飛び出さなければ、殿と誉田は確実に死んでいただろう。 この事実が歴史にどう影響したかは、元の時代に戻らなければ確認する事は出来ない。 しかし、元の時代に戻る方法のヒントすら、未だに何一つ分かっていなかった・・・


すると、生け垣の先に誉田と赤鬼が歩いているのが見えた。
木戸を潜り軽く会釈をしている。
誉田は細長い袋を大事そうに抱えていた。


「御免仕る… 大切なお話中で御座るか?」
「…いや、大丈夫だ。」

「殿から刀を預かり申した。 楓殿に使って欲しいとの事で御座る。」


誉田は綺麗な織物で作られた袋から刀を取り出した。


恭しく両手で持つと百地三佐の顔近くに持って来た… 百地三佐は戸惑いの表情を浮かべている。
私に困惑の視線を送ってきた。
私が大きく頷くと、腹を決めたという表情で両手で恭しく受け取った。


「…どうやら、私にも覚悟が必要って事になったわね。」


この刀にも〝表からは見えない大きな意味〟が込められているのだ。
百地三佐は鞘から払うと刀身を見つめている…。


「これは打刀(うちがたな)(こしらえ)も素晴らしいけど見事な刃文ね。 刃の作りは四方詰め。 美濃伝かしら… 私が使っていた居合刀も同じ作りよ。 私は馬で戦えないから丁度良いわ。」


誉田と赤鬼は〝その通り〟と言いたげな表情で頷いている… が、私には何を言っているのか、さっぱり分からなかった。


刀身を鞘に収めた百地三佐がアイコンタクトを送ってきた。
私は大きく頷いて見せた。
一呼吸置いてから、百地三佐も大きく頷いている… 意を決したようだった。


刃を上向きにしてガンベルトに差している。


「太刀は紐で腰に巻いて吊す、つまり〝刀を()く〟って言うでしょ。 太刀は反りが大きいから、刃が下を向いていれば(こじり)は上を向く。 つまり、馬に乗った時に鞘の鐺が馬の尻に当たらない様にする帯刀の仕方。 反面、この打刀は歩兵用に作られているの。 抜きざまに斬撃出来るように刃を上にして腰の帯に差し込んで帯刀する。 だから〝刀を差す〟って言うのよ。」


感心した表情で百地三佐の話を聞いている私がいた。
百地三佐は草で編まれた履き物を使い庭へと下りてゆく。


・・・ベルトに差した鞘を左手で握り差し具合を調節した後、立て膝になった・・・


右手をゆっくりと柄に向けたと思った瞬間、強烈な殺気が放たれた… 刀が真正面へと突き出されている… 速い… 抜刀が見えなかった。


赤鬼は殺気に敏感な反応をしているが、誉田は瞬きを忘れて口をあんぐりと開けている… 百地三佐の放つ〝気〟に呑まれてしまっていた…。


上段に構え直し、〝えいっ!〟という気合いと共に振り下ろす… 中腰のまま、振り下ろした刀を右後方に向けて、下段から斬り上げた… 向きを変えると角度の違う素早い突きを2度繰り出した… これも速い。
引いた刀を左腰へと構えざまに深く一歩踏み出す… 右手一本で左から右へと薙いだ…。


一瞬、私の脳裏には、首を跳ね飛ばされた男の姿が浮かんだ。
赤鬼は首元を手で触っている… 私と同じ絵が頭に浮かんだのだろう。


立て膝の姿勢に戻った… 右下に刀を振り下げる… 流れる様な美しい所作で刀身を鞘に収めた…
刀身が鞘に収まった音が心地良い。
百地三佐は立ち上がり、両手が見えるように太ももへと添えて一礼している。


すーっと、殺気が消えていった。


「…うん。この刀ならば、いつも通りに扱えるわ。」


心技体が調和した実に美しく力強い刀捌きだった… 居合の演武は何度か見た事があったが、これ程までに力強く刀を操る女性を見るのは初めてだ。
何より驚いたのは、刀を抜いた瞬間が見えない。


百地三佐はいつの間にか優しい笑顔に戻っている。
強烈な殺気を放った〝剣士〟とは別人の表情だ。


「か、楓殿。 かような技を何処で…」
「父親が居合道の… いえ… 剣術の師範だったの。」
「…なんとも …肝を潰し申した。」


赤鬼とは正反対に〝ポカン〟と呆気に取られていた誉田だったが、急に思い立った様な表情へと変わった。
私達の前へ進み出ると徐ろに片膝を付いて頭を下げた。


「楓殿。・・・御願いが御座りまする。」
「何? どうしたの? 畏まって…」

「はっ。 命をお助け頂きながら… 御恩をお返し致す前に願い事とは恐縮で御座るが… 御前様のお側で御護り頂けませぬかっ!」


百地三佐は困った様な表情で私を見てきた。


「風間殿、申し訳御座りませぬ。 順序が逆になり申した… 御内儀殿を御前様のお側に置いて頂けませぬか。お願い致す!」


誉田は右手の拳を地面に付け、左手を太ももに添えて頭を下げている… 微動だにしない。
百地三佐の抜刀術を見て護衛役にしようと思ったのだろうか?
すると、赤鬼が一歩前に出た。


「むさ苦しい兵どもが四六時中付き纏っておったら、御前様も気が滅入る… 風間殿、楓殿、儂からもお願い致す。 御前様の話し相手になって頂きたい。」


両手を見えるように腿に添えて頭を下げた…


「女性同士なら、気が休まるかも知れないな。」
「…はい。日中、楓殿が側に居て下されば、殿も御安心なされるかと。」
「輝明よ、お主が安心なんじゃろうに。」
「あ、はい…」


赤鬼が〝がははははっ!〟と笑った。
誉田は〝図星を突かれた〟という表情になった。
どうやら嘘は吐けない性分らしい。
百地三佐は口元に手を当てて笑っている。


「桔梗殿の話し相手か… なってあげても良いんじゃないか。」


百地三佐は少し考えていた。


「誉田さん、私からもお願いがあるの。良いかしら。」
「何なりと。」
「先代のお殿様が使っていた茶室、使ってもいいかしら?」
「勿論で御座る。 ご自由にお使い召されませ。」

「抹茶って用意出来たり…する?」

「…楓殿は茶の湯も嗜まれまするか?」
「まぁ… 一応ね。」


誉田と赤鬼は不思議そうな顔をしている。


「あ、今・・女が茶の湯なんかって思ったでしょ?」
「い、いえ。滅相も無い。御用意致しまする!」

「契約成立ね。ありがとう。」


やはり、女性の順応能力は高い… 伊勢家の歴史を修正する気満々である(笑)


「誉田、ところで、芝居のレクチャーは終わったのか?」
()()()()??」
「いや… 館の人達に芝居の内容は伝えられたのか?」
「あ、はい。〝殿は寝所にて伏せっている〟という設定で全員が動く事を申し伝えました。」

「それと、なんとか言う・・祈祷の準備は?」
「寺社頭には布令を出させ申した。明朝より行いまする。」
「よし。」


赤鬼が腕を組みながら、髭を撫でている。


「館を訪れる者達を如何に騙せるか… この作戦の要じゃ。輝明、しっかり頼むぞ。」
「はい。」
「儂は剣の腕が立つ〝剛の者〟を選んだ。何時でも館の警護に出せる。」
「分かり申した。その者達にも〝合い言葉〟を教えねばいけませぬな。」
「うむ。彼奴は気性が荒い。 殿を御護りする為に登城して難癖を付けられたとならば、怒りに任せて斬り掛かるやも知れん。」

「はい。抜かりなく。」

「うむ。輝明よ。 儂らは鳴子を仕掛ける場所を確認しておく。 本丸の弱点、楓殿にも把握して貰いたいからの。」

「・・・では早速。 拙者は館に参る評定衆の押さえを始めまする。」


一礼した誉田は踵を返すと木戸を出て館へと向かって行った。


その後、赤鬼と私達は本丸の内側を城壁に沿って歩き回った。
迷彩服姿でポニーテールにしている百地三佐が近付くと、兵達は一様にポカンとした表情になった… 見惚れているらしき兵もいた。


私達は櫓から死角になる場所を探し、赤鬼が持って来た本丸の絵図にプロットしていった。
全ての櫓に登り城壁を越えやすい場所も図面に書き込んでいった。
城壁を一周して〝本丸のウィーク・ポイント〟を共有した後、赤鬼は中庭に立ててあった弓避けの盾を倒し絵図面を広げた。


「確認じゃ。儂らが忍びだとしよう… 何処から入り込もうとするかの?」


同じ様な事を神田警部補に話をした事を思い出した… 500年前の侍と現代の海兵隊員も〝相手の考えを読んで闘う〟という点に於いては一緒だった。
私と百地三佐は、ほぼ同時に同じ場所を指を差した。


「山側の城壁で御座るよな…」
「ああ。 森の警備を突破出来ればの話だが。」
「堀と石垣を登ってから、櫓の見張りを突破するのは至難の業よね。」

「…やはりのぅ。 分かり申した。」


赤鬼は腕を組みながら顎髭を〝シャリシャリ〟と撫でている。
すると、百地三佐は照明用の火を灯す〝篝(かがり)〟の位置が気になるという。


「この城壁部分から侵入させるなら、不自然にならない様に間引いた方がいいわ。」
「確かに。」
「承知…。」


赤鬼は筆を取り出し、絵図面に色々と書き込んでいる。


「この城壁を越えて来るとならば… 櫓から死角になる竹林を・・・こう抜けるであろう。 塀沿いに追い立て、 中庭の真ん中で囲うが最善かと。 如何かの?」


話を聞いていた百地三佐が絵図面の通路部分を指差した。


「広い中庭で囲うよりも、狭い通路に追い込んだ方がいいわ。」

「・・・。」

「この通路に追い込むまでに少しの時間が発生するわ。 その間に迎撃の準備が出来る。 万が一、私達を突破されても館を護る兵達と追い込む兵達とで挟み撃ちが可能よ。」
「・・・真正面で迎え撃つおつもりか? 宜しいのか?」


赤鬼は驚いたという表情になった。
正直に言って、私も驚いた。
百地三佐は、忍びの者を自分の真正面へと引き込んで闘う事に恐れを抱いていない… 自ら闘いを挑むという提案だった。
百地三佐は覚悟を決めている…。


「風間殿… 宜しいのか?」
「・・・ああ。」
「承知仕った。 …この小径で決戦と致しましょうぞ。」


私達は一言も発する事無く館へと続く〝小径〟を歩いた。


中庭へ戻ると… 館の玄関先で何やら揉めている。
下足番の小姓は明らかに狼狽(うろた)えていた… 遠目でも良く分かる程である。
その奥では正面を見据えた誉田が正座をしていた。


「申し次ぎできんのは分かった。何故、理由を言わん! 筋が通るまい!」
「・・・。」

「何か申せっ!」


先日の評定で見た事のある侍が怒りをぶつけているが、 誉田は頑なだった。
館の戸板は全て閉められており、外から中の様子を窺う事は出来ない… これが余計に苛つかせているのだろう。
誉田は玄関の板の間に正座をして微動だにしない。


「何卒、ご容赦を。」
「ええいっ! 拉致が明かぬわっ!」


怒りを露わにしたまま、踵を返すと早足で帰って行った。
中庭で様子を窺っていた私達に視線を送ってくる… 誉田は大きく頷いた。


「なかなかやるわね。」
「ああ。 黒豹と呼んでやる素質は充分にある。」
「立場が人を作ると言うが、先達は上手い事を言うわい。 しかし、黒豹とは・・・まだまだ早いわなぁ。」


それから数名の来客があったが、誉田は殿への面会要請を断り続けていた。



〝敵を欺くには味方から…〟



私はアナポリスで行った ”音合わせ” を思い出していた。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み