第15話 アジト(2) 憎めない男

文字数 7,762文字

ソファには黒い上下のセットアップに着替えた百地三佐が座っていた。
古民家ペンション(アジトと神田警部補は呼んでいる)に到着した時の黒革のライダーススーツとは正反対なラフな格好である。


…黒系ファッションが好きなのだろうか?


百地三佐は遊戯室に置いてあった ”周辺地図” をガラステーブルに広げて凝視している… 到着早々、古民家周辺の状況把握を始めていた。


「百地三佐、王恭造の別荘までは直線距離で5kmと聞きました。」
「ええ。 …でも、標高差がある。 倍以上になるわ。」


地図には古民家の位置に丸いシールが貼られており、そこから数本の線が引かれている。
等高線から判断して数個の進入ラインを考えているのだろう。
流石は機動偵察隊出身だけの事はある。



「あっ!」



突然、神田警部補の声が響いた… 部屋に緊張感が走る。

先程までカーテンの隙間から表門の方を覗いていたが、振り返った目は大きく見開かれ何かを訴えている。
それを見た百地三佐は咄嗟にしゃがみ込み、私にアイコンタクトを送って来た。
やはり部隊経験者だけの事はある… 身のこなしは軽い。

百地三佐は尾行されていたのか?
…いや、百地三佐は大型のバイクで此処まで来たのだ。
バイクを高速道路で尾行するのは至難の業だろう。

という事は私達か?

…しかし、こんなにも早く行動を開始できるとなれば、敵は自衛隊の中だけではなく警察や防衛省の中にも存在すると考えた方が良いだろう。


丸腰である事を後悔しながら神田警部補に近付いた。


「どうした?」
「マズイ事なりました…。」
「何人見える?」


「晩飯・・買うの忘れました!」


「・・・。」


「あの… 飯食いに行きましょう! ちょっと調べますんで。」


神田警部補は椅子がセットされた作戦テーブルに座った… 徐ろにスマートホンを弄り始めてしまった… 百地三佐からは氷の視線が送られているのだが、彼は全く気付いていない。


「あ、もしもし。 大人3人なんですけど… 席、予約できますか? …30分後位で。はい… 神田って言います。 ・・・はい。お願いします。」


会話を終えると今度は〝どうだ!〟 と言わんばかりのキラキラした表情を向けてきている。


「〝腹が減っては戦はできぬ〟と言います。 食料の買い忘れは僕のミスですので、晩飯は奢らせていただきます! 」


百地三佐と目が合った。
口元に手を当てて〝ふふふっ〟と笑っている。私も思わず笑ってしまった。
場の空気は読めないが… 憎めない男である。


神田警部補に促されて車に乗った。


登ってきた林道を戻り、市街地へと出た ”のっぺらぼう” は2車線の大通りを進んだ。
ナビゲーションの案内通りにウィンカーを左に出した ”のっぺらぼう” は田んぼを埋め建てたであろう駐車場に入ってゆく。
駐車場の奥には藁葺き屋根が剥き出しになった純和風の建物があり、軒先に赤い大きな楕円形の照明が吊り下げられていた。

…崩し文字だろうか? 何やら文字が書かれているが解読できなかった。

この店にも入口の軒下に薄い布が吊り下げられている。
日本に到着した初日、”あの布の先にはどんな光景があるのか?” と興味をそそられたのが思い出された。


「この手の店はどういうスタイルなんだ?」
「居酒屋は初めてですか?」
「居酒屋… ああ。初めてだ。」
「前祝いっす(笑)


そう告げた神田警部補は右腕一本で華麗にバック駐車させた。


「もう勤務時間外っすよね。 さぁ、行きましょう。」
「風間一尉、日本のソウルフードが食べられるパブだと思って。」


百地三佐も乗り気の様である。
ずっと気になっていた ”軒下に吊り下げられた布” のある店に入る事になったのだった… 未知の世界に入り込む高揚感が湧いている。


「軒下に吊り下げられている布は何を意味するのかな?」
「布? 暖簾(のれん)のことですか?」
「暖簾と言うのか…?」
「はい。暖簾が出ていれば営業中って事です。」


暖簾は営業中を意味するだけなのだろうか?
私には別の意味を感じさせる。
何かこう… 別の世界との境界線を示してるかの様な感じがするのだ。
その先には魅力的な世界が広がっている様に思えてならない。


「居酒屋初体験っすね。」


神田警部補は和やかな笑顔で暖簾を潜っていった。
百地三佐は右手の甲で暖簾を避けながら、軽く屈む感じで暖簾を潜っている。
次は私の番である。
遂に、布の先にある世界を体験するのだ…。

私は日本人らしく(?)暖簾を潜ってみようと思った。
百地三佐の仕草を真似て暖簾を潜る…


「いらっしゃいませ~っ」


濃紺の和服(上着は柔道着、下はパンツスーツみたいな形状)に臙脂色のエプロンとバンダナを着けた若い女性が出迎えてくれた… 爽やかな笑顔である。

外観・店内共に日本家屋を基調とした作りになっており、天井には立てに切ってあるが相当な樹齢を感じさせる大木が横に走っている… 建物の中心部分にも太い丸太が天井へと伸びていた。
カウンター席には先客がいる… 初老の男性3名が談笑しつつ野球中継を観ていた。


私は不思議な ”懐かしさ” を覚えた。


「電話で予約した神田です。」
「神田様、承ってま~す。お車の運転をされる方は?」
「あ、僕です。」
「これ、着けてて下さいね。」


神田警部補に手渡された黄色いバッチには〝ハンドルキーパー〟と印刷されている… アメリカで言うならば ”Designated Driver” の事だろう。


「御予約の3名様入りま~す!」
「いらっしゃい!」


バンダナ姿の女性が良く通る声で厨房の方に向かい声を掛ける… 店の奥からは威勢の良い返事が返って来た。

店の中心には大きな水槽が置かれており、魚たちが元気に泳いでいる。
底の方にはグロテスクな貝達がガラスに張り付いて腹を見せていた。
私は少年のようなワクワクとした気持ちになっていた。

4人掛けの座敷に案内された私達は靴を脱いで座敷に上がった。
振り返るとバンダナの女性はオーダー表を持ってスタンバイしている…。


「僕はウーロン茶で。」
「私は生ビールの中にしようかしら。」


2人は迷い無く注文している…。


「あー、私も生ビールで…」


バンダナの女性は和やかに微笑みながらオーダー表に書き込んでいる。


「生2つとウーロン茶、いただきましたぁ。」


なかなかどうして…
こういう雰囲気は嫌いでは無い… いや、いい感じである。


そうこうしているとビールジョッキとウーロン茶、小皿料理(恐らく注文はしていない)が運ばれてきた。
トレーに載せられているジョッキを見て驚いた… ビールジョッキが凍っているのだ。


「本日もお疲れ様でしたぁ~」


バンダナの女性店員が笑顔と共にジョッキを手渡してくれた。
すると、神田警部補がウーロン茶のグラスを翳している。


「取り敢えず、乾杯しましょう。」
「そうね。」


神田警部補がグラスを掲げたまま正座になった。


「えー。 では、異論もございましょうが~若輩者でありますぅ、この神田、あー神田が、乾杯の音頭を取らせてぇいただきます。」


芝居がかった言い回しと表情でグラスを掲げている。
それを見た百地三佐は顔を綻ばせていた。


「…任務成功を祈って、乾杯!」


グラスを合わせた。


凍ったジョッキの生ビールを口に運ぶ… 喉に沁みた… 空きっ腹に染みた… 感動的な旨さだ…。
喉が渇いていた私は、ジョッキを一気に飲み干した。


日本の生ビールは美味い。
”この一杯のために生きている” …心からそう感じた。
布の先には私が想像をしていなかった世界が待っていた。


呆気に取られた様な視線を送ってきた百地三佐だったが、紙ナプキンでルージュを拭き取ると私の勢いに押されたのか半分ほど飲んでしまった。

…かなり、いける口だろう。

私と目が合うと口元に手を当てて恥じらっている。
その姿がとても可愛らしかった。


「お恥ずかしい… バイクで走りっぱなしだったので。」
「あ、僕の事は気にしないで下さい。 お酒飲めないんです。」


神田警部補よ… 話のポイントはそこじゃない…。


「…そう、そうか。意外だな。」
「僕はアルコール分解酵素を持ってない(笑) 体質的に合わないんです。 その代わり、脂肪分解酵素は人の数倍持ってますんで。」


空になったジョッキを見た神田警部補は「お姉さ~ん!」と呼ぶと追加注文してくれた。
この後、それぞれが好きな料理を注文する事になったが… 困った事になった。
店のメニューは文字だらけで料理の画が頭に浮かばないのである。


「料理は全く分からん。 2人に任せてもいいかな?」
「食べられない物はありますの?」
「強いて言うならば… ナイフとフォーク以外なら何でも美味しく食べられます。」


そう伝えると、2人は声を出して笑っている。
私のつまらないジョークが通じたらしい… 嬉しい気持ちになった。

写真の無いメニュー表とホワイト・ボードに手書きされた料理から色々と注文をしてくれた。
2人は写真を見なくても料理を把握している様だ。
私は〝何が出て来るかお楽しみ〟という状態である。


…すると、網を手にしたバンダナの女性が魚とグロテスクな貝を水槽から取り出している。
魚の暴れっぷりが見事だった… 新鮮な証拠だろう。
しかし、大きな巻貝である… 私の握り拳以上は確実にある。
おまけに貝殻からは角らしき物が生えているではないか。


空になった私達のジョッキをチラッと見た神田警部補はバンダナの女性店員に手を振っている。


「風間一尉、同じのでいいっすか?」
「ああ。」

「お姉さ~ん、生中1つ。 …あ、百地三佐、次何にします?」
「それじゃ、梅干しサワーを頂こうかしら。」
「お姉さ~ん! それと、梅干しサワーも。」


「は~い。」


また追加注文してくれた… 本当に気が利く男だ。
凍らせたジョッキのビールを〝ナマチュウ〟というらしい… また一つ、新しい日本の略語を学習する事ができた。

私は〝居酒屋〟の独特な雰囲気と目の前にある笑顔に心を鷲掴みにされている。

暫くすると、肉を焼く香りが私の鼻孔を刺激してきた。
実に食欲をそそる香りである… ”お姉さん” と呼ばれたウェイトレスが大皿に盛られたバーベキュー肉を運んできた。


「焼き鳥ともつ焼きの特製盛り合わせです~!」


…期待値を大きく下回っていた。
木の串に小さな肉の塊を刺して焼いただけの物である… ミニチュアのBBQだった。
”お姉さん” が言うには、”ビンチョウタン” と呼ばれる炭で焼かれているという…。


百地三佐がレッド・ペッパーらしきものを振り掛けていたので、私も真似をしてみた。
ひと口頬張ると甘塩っぱいソースと共に肉汁が口いっぱいに広がった… 噛むほどに旨味が広がる… 追い掛けてくる香草のような辛さが良いアクセントになっていた。
ソースが掛けられていない肉は塩味ながらも、肉そのものの味が濃厚だった。

味は期待値を遙かに大きく飛び越えている。

40年間生きてきて、私は初めて〝やきとり〟と〝もつやき〟なる日本料理を食した… これは美味い… 串に刺した肉を店主が作った〝秘伝のタレ〟や〝特製ニンニク味噌〟で食べるのだが、実に美味い。

特に気に入ったのが〝軟骨つくね〟に七味ペッパーを振りかけたものと、塩味の〝カシラ〟に〝特製ニンニク味噌〟を塗って食べるバージョンである。
バーベキューの概念を根底から覆す出会いになった。


それともう一つ…


〝凍ったジョッキでビールを出すスタイル〟も気に入った。
この〝やきとり〟+〝もつやき〟+ 凍ったジョッキのビールには、強烈な中毒性があると言っても過言では無いだろう。
私は今、高揚感を突き抜けて感動している…。


神田警部補が私の顔を覗き込んできた。


「どうっすか?」
「…うん。」


百地三佐もヤキトリを頬張りながら、感想を聞かせなさいという視線を送って来ている。


「ヤキトリ、モツヤキ、それにナマチュウ、この組み合わせは世界最強だ。」
「ですよねぇ。日本人なら焼き鳥と生ビールっす。」
「確かに。」


百地三佐も屈託の無い笑顔と共に賛同の声を上げてくれた。


次に運ばれてきたのは芸術的に演出された ”刺身” だった。
”地魚盛り合わせ” というらしい。

ハナダイ、アジ、イナダ、イカ、タコ…
小さな札が着けられていて魚の種類が書かれていた。
難しい魚の漢字が苦手な私には、このサービスは嬉しい。

肉厚に切られたアジ、淡泊な味だが脂の乗っている白身の魚… ”ハナダイ” と書いてある。
イカの刺身がこんなに甘くて美味しいとは思いも寄らない出会いだ。
生の魚をこれ程までに新鮮に美味しく食べられる国は、間違いなく日本しか存在しないだろう。


「風間一尉、タコは大丈夫なんですね?」
「ああ。母の大好物でね。イタリア料理の店で良く頼んでいたよ。」
「アメリカ人がタコを食べ始めたのは最近ですものね。」


その通りだった。
ユダヤ教徒はタコやイカなどの衣が付いていない魚は絶対に食べない。
キリスト教徒もタコは不吉を呼ぶ生き物として、漁師が採ることを毛嫌いしたせいで市場には多く出回らなかったのだ。
日本料理が人気になってから出回り始めたと言って良いだろう。


バンダナの女性店員が大皿を持って歩いてくる。


「サザエのお造りです~。肝醤油でどうぞ。」


私は完全にフリーズしてしまった…。

あのグロテスクな腹をした巻き貝が刺身にされているのだ。
私は逆さまにされて貝の穴に詰め込まれた ”細かく切ってある物体” を暫し凝視してしまった。
”肝醤油” に付けたサザエの刺身を頬張っている神田警部補は、不思議そうな目で私の顔を覗き込んできた。


「…アメリカ人はサザエを食べないんすか?」
「ムール貝やアサリはシーフード店で出しているが… コレは無いな。」


ムール貝などの二枚貝の料理は地中海料理店やイタリア料理店でポピュラーな食材として使われている。
…だが、この巻貝を食べる習慣は無い。


「トライしてみません事?」
「…ええ、まぁ。」


百地三佐から悪戯っぽい一言が出た。
何でも美味しくいただくと笑いを取ってしまったのだ… 食べなければ失礼になるだろう。
…が、水槽に張り付いてグロテスクな腹を見せているモノを生で丸々食べるのかと思うと気が滅入って来る。

しかし、正面に座っている2人は私から視線を外してはくれなかった。


「では… いただきます。」


私は恐る恐る箸を伸ばした。
摘まむ… ??? 想像していた以上に固い。
ブニョブニョとした軟体を想像していたのだが、箸で摘まんだ感触からは ”固形物” の質感が伝わってきた。

小皿に注がれている焦げ茶色の ”肝醤油” を付けてから口へと運んだ。

臭みやエグ味といったものは一切無い… それよりも磯の香りがする。
噛み締める度にコリコリとした食感の後に独特な旨味が追い掛けてきた… 貝自体の味と磯の香り、それにプラスして肝醤油の濃厚な風味が口いっぱいに広がった。
ああ… コリコリ食感とワサビのツーンとする感覚が堪らない。

百地三佐と神田警部補は 「お味は如何?」 という表情で私を見ている。


「 It's tasty! I love it. 磯の香りと肝醤油の風味が堪らないね。」


本気でそう思った。
生まれて初めての味と食感だったが、肝醤油の風味がビールの旨さをも引き立ててもくれるのである。


「肝醤油の風味を理解出来るのって、やっぱり日本人の血が流れているって証拠っすよね。」
「 I’m glad. 」


神田警部補は親指を立てている。
百地三佐は 「とても嬉しい」 という表現で気持ちを表してくれた。
ネイティブな日本人とレアな和食で共感できる… 私は日本人なのだと再認識した。


テーブルが一杯になるほどの料理が運ばれて来たが、どれも実に美味かった… 逸品である。
一見、素っ気なく見える料理でも味に奥行きがあるのだ。
母は日本食をたくさん作ってくれたが、この店で出て来る様な料理では無い。
習志野駐屯地のランチや近所の店の料理とも全く違う料理だった。


そんな中でも、私の味覚を打ち抜いたのは〝厚揚げのそぼろ温玉添え〟という代物である。


ふわふわに揚げた豆腐に、ニンニクの効いたコクのある挽肉ソースがたっぷりと掛けてられている代物だ。
殆ど生の状態な卵の黄身を絡めながら食べるスタイルなので最初は尻込みしたが、挽き肉ソースと卵の黄身が混ざった風味を私は一生忘れる事は無いだろう。
いつの日か、ポーラを連れて食べに来ようと思った。


…だが、先程からずっと気になっている事がある…


百地三佐は、透明なソーダに〝赤い果物の実〟をジョッキに入れて、マドラーで潰しながら飲んでいるのだ。
気になって仕方が無い…


「百地三佐、そのソフトドリンクは何です?」
「ソフトドリンク? 梅干しサワーよ。」

「それ、焼酎っすよ。 梅干しと焼酎をソーダ割った酒です。」
「ショウチュウ?」
「25℃の蒸留酒です(笑)」
「風間一尉も一緒に如何?」


ほんのりと赤ら顔の百地三佐がグラスを掲げた。
私は〝おねーさーん〟と神田警部補の真似をしてみた。
それを見た2人は声を出して笑っている。


元気の良い返事で〝お姉さん〟が注文を聞きに来てくれた。


「梅干しサワーを。」


私が注文をすると、百地三佐は〝お姉さん〟にグラスを翳してみせている。


「それと、これに足して下さい。」
「梅干しサワー、新規と追い梅ですね。」


OIUME??? 


直ぐに梅干しサワーが運ばれてきて〝追い梅〟の意味を理解した。
私のジョッキには真新しい木の実が1つだけ、百地三佐のジョッキには潰していた木の実を残したまま新しい実を追加して作られている。

潰さない状態で一口飲んでみると、やはりソーダだった。

百地三佐はマドラーを使い、ソーダを泡立たせないようにゆっくりと木の実を潰している。
私も真似をしてみた… ソーダが赤っぽくなってくる。
木の実からは親指の先程もある種が出て来た。

…ひと口飲んでみる。

仄かに塩味と香草の香りが広がった。
更に木の実を潰すと甘塩っぱさが強調される。
沈んでいたアルコールが攪拌されて、かなり濃いリキュールだという事が分かった。

私のリアクションを見た2人は、〝ソフトドリンクじゃないからね” という顔をして微笑んでいる… このカクテルも癖になりそうだ。


「すまない。これは立派なリキュールだった。」
「梅干し、お口に合いましたか?」
「絶妙だ。」
「それは良かった(笑)」


美味しい料理と酒、そして何気ない会話… 久しぶりに ”仲間達” と呼べる雰囲気の中で飲んで、たらふく食べた… 3人の距離が縮まった気がした。


しかし… 楽しい時間は、あっという間に過ぎてゆく。


会計はテーブルで済ませるシステムだった。
私と百地三佐が料金を支払うと言うと、神田警部補は頑なに断ってきた。
百地三佐は〝次は私が奢るわね〟と告げて財布を仕舞っている… 私もそれに従った。

すると、神田警部補は ”納得した” という表情で支払いを済ませた。
百地三佐が〝美味しかった。ご馳走様です。〟と頭を下げる。
料金を支払うやり取りに強烈な日本文化を感じた。
ゾワゾワとした感覚が私の中に流れている… 何かとても嬉しい気がしていた。


「ありがとう。美味かった。」


私も頭を下げて日本式の御礼をした。


「あ、ちょっと一服してきます!」


神田警部補は照れ臭そうな表情で胸ポケットのジッポライターを取り出した。
煙草を咥えながら、そそくさと暖簾を潜っている。



照れ隠しも下手な男だった。


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