小説 現代の寓話 アリがキリギリスの推しだったら

文字数 2,220文字

 日が高く(のぼ)る中、陽光が大地を焦がしている。夏である。一匹のキリギリスが草の上で日光浴をしていると、近くをアリの行列が通った。その中に感じのよさそうなアリを認めたキリギリスは、陽気に声をかけた。
「やあ、アリさん。何してるんですか。」
「何って、そりゃもちろん食べ物を集めてるんですよ。働かざる者食うべからずですから。」
「そうですか。暑い中ご苦労様です。熱中症にでもなったら大変ですから、お体には気をつけて。」
「キリギリスさんもね。」

 キリギリスはアリと別れた後、新緑に映える木々の中を散策し、しばらくして自宅へと戻った。というのも、キリギリスは音楽の才があり、散策でひらめいた着想を歌詞にしたり、あるいは曲にしようと心を定めたからである。
「ああ、なんて幸せなんだろう。貫之(つらゆき)は、花に鳴く(うぐいす)、水にすむ(かはづ)の声を聞くものはみんな歌を詠むといったけれども、いや音楽の力もすばらしいものだ。祖国を守る戦士の心を鼓舞し、生きることに()むものの嘆きをやわらげ、死者を悼むものの心を慰むるは、音楽なり。」

 やがて、木々の色は移り、すすきが風に吹かれる季節となった。秋である。キリギリスが草の上で月を眺めていると、近くをアリの行列が通った。その中に感じのよさそうなアリを認めたキリギリスは、陽気に声をかけた。
「やあ、アリさん。何してるんですか。」
「何って、そりゃもちろん食べ物を集めてるんですよ。働かざる者食うべからずですから。」
「そうですか。こんな夜更けにご苦労様です。流行病(はやりやまい)のウイルスに感染でもしたら大変ですから、お体には気をつけて。」
「キリギリスさんもね。」

 キリギリスはアリと別れた後、(にしき)()られた木々の中を散策し、しばらくして自宅へと戻った。というのも、キリギリスは音楽の才があり、散策でひらめいた着想を歌詞にしたり、あるいは曲にしようと心を定めたからである。
「ああ、なんて幸せなんだろう。藤村(とうそん)は七五調で初恋の心を詠んだけれども、いや音楽もすばらしいものだ。恋の炎を燃え上がらせ、あるいは実らぬ恋に傷ついた心をいやすものは、音楽なり。」

 こうして、アリは夏と秋を懸命に働き、キリギリスはバイオリンを弾き、歌を歌い、作曲をして楽しく過ごした。キリギリスは読書家でもあり、秋の夜長(よなが)にアイソーポスが書いたアリとキリギリスの話などを読んで過ごした。
「このキリギリスくんはどうも言葉がいけない。音楽否定論者への対応もいけない。いや、そもそも、キリギリスは短命で、越冬(えっとう)できないらしいから、キリギリスは餓える設定にされたのだろうか?まあ、そんなことはよろしい。そろそろ準備をしなくては・・。好きなことで、生きていく!」

 葉が散り、木々が雪化粧する冬になった。アリたちは冬を越せる食べ物を蓄えていただけでなく、余剰の食べ物を売り、通貨のムシコインも蓄えていた。
 何やらアリたちの群れができている。時折、ブラボーという声があがり、拍手喝采(はくしゅかっさい)がおこる。一体何が起こっているのだろうか。
 円形に広がった群がりの間を()っていくと、その中心にはキリギリスがいた。キリギリスはゲリラライブを開催していたのである。
「みなさま、今日は突然の音楽会に来て下さり、どうもありがとうございました。楽しんでいただけたでしょうか?」
(わたくし)、たいへん感動しました。これはほんの感謝の(しるし)です。」
「もう終わりなんですか?あっという間でした。次はいつ開かれるんです?」
「温かいお言葉ありがとうございます。ムシコインまでくださるなんて!次は一週間後に開催する予定です。たくさんのアリさんに来ていただけるとありがたいです。」

 こうしてキリギリスは、「弾いてみた」や「歌ってみた」と題する音楽会を定期開催し、キリギリス推しは(はや)きこと風の如く増えていった。推しアリはあらゆる階層におよび、ムシコインに関するトラブルも起こり始めていた。
「みなさま、今日はお越しくださり、ありがとうございました。ここらで、ちょっと『弾いて歌ってみた』の告知をさせていただきます。この『弾いてみた歌ってみた』の後なんですが、ムシコインを出していただいた(かた)向けに握手会を予定しております。ご支援くださったムシコインの量に応じてチャットの時間は異なるのですが、無理のない程度でご支援していただければと思います。」

 キリギリスと直接会って話せる機会があることをしった推しアリたちは、ムシコインの捻出(ねんしゅつ)苦心(くしん)した。多額のムシコインを出す経営者アリ、食費を削ってムシコインを出そうとする従業員アリ、キリギリスに会いたい一心(いっしん)でパパ活をする女の子アリ、親アリのムシクレジットカードをこっそりつかう学生アリ、いろんな推しアリがいたが、彼らの間で推しアリランキングがつくられてからは、その競争は一層激しくなっていった。最も多くのムシコインを出したアリは、キリギリスへの推し度を最も強く形で示せたアリとして、推しアリキングあるいは推しアリクイーンという称号を得るようにもなった。

 その後、「弾いてみた歌ってみた」を成功させたキリギリスは、莫大なムシコインを使って十二分な量の食べ物を買い、住み心地の良い豪邸に住んだ。ムシコイントラブルを引き起こす原因になっているという、アンチアリの批判を和らげたり、避けるため、推しすぎアリをサポートする団体に余裕ムシコインを寄付し、冬を乗り越えられることを悟ったキリギリスは、春のコンサートに向けて準備を始めるのであった。
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