戯曲 翻案 忠実なる部下

文字数 1,626文字

登場人物
A社の部下
A社の上司
B社の社長



A社の上司
このあたりの勤め人です。ある方から、大きなタラバガニを貰いました。一人では食べることができませんので、客人を招いて一緒に食べようと思います。まず部下を呼び出そう。あるかーっ?
A社の部下
はぁーっ。
A社の上司
ある方から、大きなタラバガニを貰った。客を招いて楽しく食べようと思っているのだが、相手には誰がいいだろうか?
A社の部下
誰彼と言わず、(わたくし)になされませ。
A社の上司
いやいや、これは接待に使うのがよい。しかし、誰がよいかすぐには思いつかん。君の一存に任せるので、誰かふさわしい相手を連れてきてほしい。
A社の部下
はぁーっ。かしこまりました。



A社の部下
これは難しいことをいいつけられた。誰がよいものか・・。そうだ、B社に酒好きの社長がいた。酒好きであれば、きっとおいでくださるだろう。さっそく連絡しよう。
B社の社長
A社の社員から連絡がきた。一体何だろうか。
A社の部下
いつもお世話になっております。社長。実は、うちの上司が大きなタラバガニをいただきまして、これを一緒に楽しく食べてくれる相手を探しているのです。
B社の社長
それは行きたいものだが、君の上司とは面識がない。他の人に頼んだほうがいいのではないか。
A社の部下
いえいえ、面識がないからこそ、これ幸いとお近づきになっていただきたいのです。どうぞ、おいしいお酒も召し上がってください。
B社の社長
君がそこまで言うならいいだろう。上司宅へ参ろうか。



A社の部下
連れてまいりました。
A社の上司
おお、来たか。で、誰をお連れしたのだ。
A社の部下
B社の社長でございます。
A社の上司
なんと。よりにもよってB社の社長とは。あれは大の酒好きで、

一盃(いっぱい)飲んでは一枚脱ぎ
二盃(にはい)飲んでは二枚脱ぎ
後には真っ裸になって踊るのだ

これは一体どうしたものか。

A社の部下
ではお帰りいただきましょうか?
A社の上司
いやいや、折角お連れしてきたのに、すぐに追い返すことはできない。うまいぐあいにもてなして帰途についていただこう。ここからは、すべて私に任せるのがいい。決して自分の考えで動いてはいけない。何が何でも、私の言うとおりにしなさい。一言一句、一挙手一投足、私の言うとおりにしなさい。
A社の部下
心得ました。仰せの通りにいたします。



A社の部下
お連れ致しました。
B社の社長
お招きいただきありがとうございます。
A社の上司
お目にかかり光栄でございます。どうぞお座りください。君、酒を。

A社の部下は、B社の社長に向かってこう語る。

A社の部下
お目にかかり光栄でございます。どうぞお座りください。君、酒を。
A社の上司
君、酒を。というのは、君のことだぞ!
A社の部下
君、酒を。というのは、君のことだぞ!
A社の上司
私の言う通りにしなさいと言ったので真似をしているのか。
A社の部下
私の言う通りにしなさいと言ったので真似をしているのか。
A社の上司
それは君のことだ!
A社の部下
それは君のことだ!

A社の上司は、怒りに任せて部下を叩く。

A社の上司
ええい!

A社の部下は、怒りに任せてB社の社長を叩く。

A社の部下
ええい!
A社の上司
このような奴は、家から追い出すしかあるまい。
B社の社長
そうするのがよいでしょう。

A社の上司、部下を家から放り出す。

A社の上司
あやつは気が触れたのかもしれません。心中穏やかでないとは存じますが、慰めとなる料理をお出しいたしますので、少しお待ちください。
B社の社長
いえ、これぐらいの事では。どうぞおかまいなく。

A社の社長、B社の社長を残して部屋を出ていく。やがてA社の部下がやってきてこう述べる。

A社の部下
このような奴は、家から追い出すしかあるまい。
B社の社長
何をする!危ない!危ない!

A社の部下は、B社の社長を家から追い出し、社長に向かってこう語る。

A社の部下
あやつは気が触れたのかもしれません。心中穏やかでないとは存じますが、慰めとなる料理をお出しいたしますので、少しお待ちください。



資料
狂言 口真似
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