小説 スケッチ 訪問

文字数 993文字

 GW。4月下旬から5月上旬に集中する休日を意味する和製英語だが、日本では、この時期がくると里帰りしたり、旅行に出かけたり、好きなことをして過ごす人であふれる。もちろん、この時期にも働く人はいるが、国全体としては休日ムードになる。
 ぼくはといえば、海外に旅行に行ってもよかったのだが、ロシアがウクライナに侵攻して以来の物価高と最近の円安傾向もあって、特に予定も立てることなくだらだらと過ごしていた。

 そんなある日のことである。当然のごとく、いつもより遅く目を覚ましたぼくは時計に目をやる。九時過ぎだ。パソコンに電源を入れ、ニュースを見る。毎日どこかで事故が起き、犯罪が起き、人が死んでいる。いつものことだ。冷蔵庫に入っているコーヒー牛乳を取りに行こうとしたとき、携帯電話が振動した。
「わたしだ。」
「おまえか。」
「今日空いてる?」
「ん?まあ・・・」
「じゃあ、今から家行くよ。」
「あー・・・。昼までなら。」
「OK。じゃあ、また後で。」
 大学の同級生の彼は、朝から例の活動をしているらしい。まったく、お金もでないのにご苦労なことだ。宗教二世・・いや三世だったか。彼が自宅にいたなら、ここまで一時間半はかかる。GWというのに、いや、彼らにとってはGWだからこそ布教に励んで徳を積める好機かもしれない。

 インターホンが鳴り、玄関に出ると、かばんをもった同級生がたっていた。
「車で来たの?」
「ああ。」
「GWなんだから、どこか遊びにいけばいいのに。」
「お、一緒にどっか行く?」
「いや別に・・・。」
「元気?」
「まあ、そこそこ。」
「これ読むと元気になるよ。」
「新聞?本?」
「これあげる。この先生が書いてる本読んでみて。元気になるから。」
「あー・・・ありがと。時間があったら、読んでみる。」
 こんな感じで勧誘行為を終えた彼は、次のターゲットが待っているらしく、昼が来るとさっさと引き上げていった。

 彼の話によると、信仰から離れたものの、脱会まではしていない人のところに向かうそうで、みんな本気で心配しているらしい。信仰を離れると不幸になることが実証されているので、なんとかして救いたいとかなんとか。
 ぼくは、彼に組織の考えと一体化した個人の姿を見ていた。信仰は自由で、自分は自発的に活動していると言っていたけれど、(しゅ)である組織の集合意識が、(じゅう)である彼を、彼を含む組織員を動かしているようにしか見えなかった。
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