第28話

文字数 825文字

 大樹の話は、デートをキャンセルする理由としてケンジに伝えていた。
 高校生の頃は、バンドに夢中だったケンジは、道半ばで現実を突きつけられることになった。メンバーが次々と離脱し音楽活動の継続が困難になってしまったのだ。ケンジは、自分に何ができるか考えたあげく、得意なスポーツについて学びたいと、スポーツ科学を専攻し、トレーナーの道を目指すべく医療も学びたいとメンタルケアについても勉強していた。そのことが今回の大樹の回復に多いに役立った。
 退院してからも自宅で、ケンジのアドバイスも受けながら根気よくリハビリを行い、プロサッカー選手にはなれなくても日常生活を自力で送れるまで回復した。車椅子生活を覚悟してほしいと担当の医師に言われていたので、大樹の喜びは大きなものだった。
 リハビリは、あの神社の石段を利用した。最初は手摺につかまって二十五段目まで。お地蔵さまの頭を撫でてお辞儀をする。そんなリハビリを繰り返した。心が折れそうになっても、あのお地蔵さまの笑顔は何とも言えない心の特効薬なのだ。
 自分の悲しい生い立ちは、もうとっくに乗り越えていた。またも、大樹に与えられた試練の日々。大樹は、これは自分が生きる価値がある人間かどうかを試されているのだと思いながら過ごした。
(僕は強くなる……僕は強くなる……僕は強くなる)

 大樹はサチとケンジに感謝していた。
「サチ姉、ケンジさん、ありがとう。二人がいなかったら俺はここにいなかったと思う。本当にありがとう。二人を信じて頑張ってきて本当に良かった。以前の自分より強い自分になれた気がする」
「大樹はよく頑張った。本当に強くなった。もう私がいなくても大丈夫。これからは自分に自信を持って生きていくのよ」
 訪ねてきてくれた二人に心から感謝した。
サチ姉とケンジさんは本当に幸せそうな笑顔だった。二人に感謝する気持ちに嘘はないが、心の中に何が引っかかるものを感じていた。それが何かは中学生の大樹にはまだわからなかった。
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