第25話

文字数 1,942文字

 祭から帰ったあと、しばらくサチはボーっとしていた。ケンジのことは昔、好きだったけど今の正直な気持ちはわからないと思った。
(ケンジのことは確かに好きだけど……)
何か吹っ切れない思いがサチの胸の中に残っていた。

 夏休みの間は、ケンジのバンド練習を見に行ったり、前に家族と行った水族館に行ったり、世の中のカップルが普通にするようなデートをして過ごした。もちろん、じいちゃん、ばあちゃんの畑の手伝いと勉強も欠かさなかった。

「ねぇ、ケンジ。今日は買い物に付き合って欲しいの」
「いいけど、何買うの?」
「うん、サッカーボールとシューズ。大樹への誕生日プレゼントなんだけど、どこで買ったらいい?」
「そーだな……この辺りじゃ、たかしなスポーツが一番大きい店かな」
「そう、じゃあそこに行こう。付き合ってくれる?」
「もちろん。じゃ、バスに乗らないと……確か、市内行きのバスが三十分に出るから急ごう」
「うん、行こう」

 駅までのバスは、からのまま定刻通りに来て、二人を乗せたまま終点までノンストップで走った。
「ねぇ、バス貸切だね」
「今頃気づいたの?俺がサチの為にチャーターしたに決まってんじゃん」
「へー……あっ、そっか。そうだったね……それはどうも」
 二人は一番後ろの席に手を繋いで座り、小さい頃の話や村の出来事とか将来の夢の話まで、会話が途切れることなく話し続けた。

 店はサチが想像してた以上に広かった。
「ねぇ、これかっこいいよね」
「うん、センスいいね。値段も手頃だし。きっと大樹も喜ぶよ」
「そうだね、これにしよう。ボールは決まり。あとシューズか……どれがいいかな。まったくわからないや」
「うーん……実は俺、小学校に入って辞めちゃったけど、サッカー教室に入ってたことがあるんだよ」
ケンジはシューズをいろいろ手にとって選びながらサチに言った。
「えーっ、さっきあんなに子供の頃の話で盛り上がったのに、そんなこと一言も言ってなかったじゃん」
「だって、その話、サチに必要?」
「必要かどうかは私が決める……私はただ、ケンジのことをすべて知っておきたいと思っただけよ」
ちょっとムッとして、変な言い方をしてしまったことを後悔した。別にケンジが悪いわけじゃない。ただ単なるサチの我儘だった。
「ごめん、ごめん。俺が悪かった……それより、これ、カッコよくない?大樹のイメージぴったりだと思うんだけど、どうかな?」
「あー、そうだね。ほんとイメージある、ある。これにしよう。えっとサイズは21……これで決まり。ありがとう。私一人じゃ、きっと決められなかったよ」
「役に立てて良かった。嬉しいよ」

 二人はボールとシューズの袋をそれぞれ持って、また、バスに乗った。今度は二人貸切とはいかなかった。
「ねぇ、今度は貸切にしてくれなかったの?」
「うん、さっきので持ち金は使い果たした。でも、このバスに魔法をかけておいたよ。疲れたから少し眠ろう。目が覚めたらわかるから」
「えーっ、ほんと?」
「嘘は言わない。疲れた……少し眠ろう」
「うん。そうだね」
 二人は来たときと同じ、バスの一番後ろの席に座りネオンが灯り始めた街並みを何も言わず眺めていた。バスの優しい揺れが二人を夢の世界へ誘った。

「サチ、ほら見てごらん」
 
 どのくらい時間が経っただろう。サチはケンジの声で目覚めた。サチは窓の外を何気なく見た。もう街が遠ざかり、村に近づいていたので灯りが乏しく何も見えなかった。
「なに?」
「そっちじゃないよ。魔法がかかったよ」
 そう言われてバスの中が二人きりになっていることに気がついた。
「ほんとだぁ。ケンジの魔法だぁ」
 二人は静かな車内でキスをした。途中、ケンジが山道の緩いカーブで頭をぶつけた。二人はお互いを見つめて笑った。
「今日はありがとう。ケンジがいてくれて良かった」
「どういたしまして。だけどちょっと失敗したかな。魔法が効いている時間が短すぎた。ほら次が終点だよ」
「短くても、私には忘れられない時間だった」
「さぁ、プレゼント、忘れないで。降りるよ」
「うん」

 二人でいられる時間に限りがあることは、頭では分かってる。でも、やっぱりもっと二人でいたい。
 サチの家の明かりが見えた。
「サチ」
「ん?」
「サチはいつ東京へ戻る?」
「来週の日曜日にお父さんが迎えに来てくれることになってる」
「そっか……あと一週間か……」
「なにー、もしかして寂しい?」
「そりゃあ、寂しいよ。サチといると素の自分でいられる気がしてーー」
「そうだね、ふざけてごめん。私も寂しいなーー」

 ゆっくり歩いたのにもうサチの家に着いてしまった。

「大樹によろしくな」
「うん、伝えておく。おやすみ」
「うん。また連絡する。おやすみ」

 サチは二つの大きな袋を抱えて
「ただいまー」と元気にドアをあけた。
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