第27話

文字数 1,815文字

 あれから五年の時が流れーー

 サチは弁護士を目指し大学三年生の大事な時期を迎えていた。弟のように可愛がっていた大樹は、思春期に入り、サチへの連絡がだんだん減っていき、中学三年生になる頃には全く交流がなくなっていた。
 サチは大樹のことを気にはしていたものの、もう会わない方がいいのかもしれない……という気持ちを抱えたまま日々を過ごしていた。
 弁護士になるまで、あと少し……あと少し頑張ろう。ちゃんと弁護士になったら、胸を張って大樹に会いに行こうーー姉としてーーそんなふうに自分に言い聞かせていた。
 そんなある日、ばあちゃんからサチに電話がかかってきた。
「サチかー、元気にしとるか?」
「うん、元気よ。毎日忙しくしてるよ。どうしたの?何かあった?」
「うん、サチの耳には入れといた方がいいと思ってな。どうせ他から伝わるだろうから」
「どうしたの?」
「村長さんとこの大樹くん、知っとるじゃろ?」
 サチは嫌な予感がした。
「うん、もちろん。私が第一発見者だもん。忘れたの?」
「そうじゃったな……その大樹くんが昨日、事故にあってな。どうやら車椅子生活になるらしい……という話を聞いてな」
「えっ、ちょっと待って……サッカーは?サッカーやってたんじゃないの?」
「あぁ、隣村とのサッカーの試合があってな、三年生最後の試合だったらしく、自転車に乗って遠出してたらしい。その帰り道、車に跳ねられたらしいんだよ」
「どこの病院?入院してるの?ねぇ、ばあちゃん……」
「新潟市民病院やて。意識ははっきりしてるから命に別状はないそうだけど、足を複雑骨折してるらしく元には戻らんかもしれんて」
「わかった、明日、そっちへ向かうから」
 大樹は大事な弟。その弟が事故にあうなんて……サチは翌日のケンジとのデートをキャンセルして、大学を休み新潟へ向かった。ばあちゃんが村長さんに事前に連絡を入れてくれて、お見舞いに行く段取りをつけてくれていた。
 病院のロビーに着くとすでに祖父母が待っていた。
「おぉサチ……今日は大丈夫だったのか?」
 じいちゃんは心配そうに言った。
「大丈夫もなにも、大樹の一大事だもん、駆けつけないわけにはいかない……顔を見ないと生きてる心地がしないから」
「そうじゃな。サチと大樹くんは昔から姉弟みたいなもんだからな」
「502号室やて。行こうか……」
 ばあちゃんが先頭でサチはじいちゃんと並んで病室へ向かった。エレベーターを降りると501、502と確認しながら、病室の前で深呼吸し、トントンとノックした。
 中から「どうぞ」と村長さんの声がして扉を開けると足を固定された状態の大樹がベッドに横たわっていた。
「遠いところ大樹のためにお越しくださり、ありがとうございます」
「大樹、大丈夫?」サチは挨拶もそこそこに駆け寄った。
「サチ姉、心配かけてごめんな。俺、サッカーもうできないかもしれない」
「なに、大丈夫よ。今は治すことに専念しよう。顔にも少し傷が残ってるけど、思ったより元気そうで良かった。できることはなんでも協力するから……大丈夫。大樹なら乗り越えられる」
「うん、ありがとう。サチ姉の顔見たら、こんなことで負けてられないって力が湧いてきたよ。正直言うと、さっきまで心が折れてた……挫けそうになってた。でも思い出したよ、サチ姉との約束……優しくて強い男になるってーー」
「そう、その勢いよ。頑張ろう、大樹」

いつのまにか病室は二人きりになっていた。
「あれ?みんなは?ちょっと探してくるね」
 廊下に出てみると、石井さん夫妻も、祖父母も涙を浮かべていた。
「サチさん、ありがとう。あの子にはサチさんの笑顔と言葉が一番の薬みたいね」
「ありがとう、サチさん。大樹のために……」
「さぁ、笑って大樹くんに会いに行きましょう。周りが泣いてたら大樹くんが可哀想。大樹くんは強い子です。きっと大丈夫、心も体もきっと元気になります」

「大樹、これ食べる?」
サチは大粒のシャインマスカットを一粒、大樹に見せた。
「おーっ、俺の大好物。なんでサチ姉、知ってんの?」
「ははーん、さては東京にいるからわからないだろうなんて思ってたんでしょう?大樹の考えてることは何もかもお見通し。ブドウが食べたいって顔に書いてあったわ」
「んなわけないだろ。絆創膏だらけなんだから」
 大樹が笑った……やっと笑った……

 これから始まる辛いリハビリも力になろう……きっと大樹なら乗り越えられるーーサチはそう強く思った。
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