第43話

文字数 2,307文字

 サチの仕事がひと段落したタイミングで、大樹は思い切ってサチに相談することにした。
「サチ姉、大事な話があるんだ。今日、うちに来られる?外では話したくないことなんだよ」
「えっ?なに?改まって大事な話って……」
「ちゃんと会って話したいんだ。どう?」
「気になるから行くよ。待ってて。七時には行けると思う」
「じゃ、またあとでね」
 サチは仕事を早々に切り上げて、両親には大樹の様子を見てくると、ちゃんと話をした。
「よろしく言ってね」と母からラインが届いた。コンビニで夕飯になりそうな弁当とビールとおつまみを買って大樹のアパートへ向かった。
 部屋に入るなり「腹減ったー。まずはご飯食べよー」とサチの予想を裏切る明るい大樹がいた。
「なーんだ……どっか具合が悪いのかと思って……心配して損した」
 いつものようにわちゃわちゃ話をしながらご飯を食べた。食べ終わると、突然、大樹は真剣な顔になり話を始めた。

「サチ姉、俺の母親のことなんだけどさ……育ての親って意味じゃなく産みの親って話ね……辛い過去として今は誰も触れようとしない話だから、俺自身も避けてきた。でも俺、偶然にも見ちゃったんだよ……東京に出てくる前に、捨てられてた神社にお参りに来てた女性。しかも、その女性が去った後に、このガーゼのハンカチが置いてあった……アタル……って、もしかしたら俺の名前なんじゃないかーーって。それから、その女性とは会えなかったんだけど……佐々木先生が引越した時に、手伝いに行ったら、佐々木先生と離婚した奥さんと子供が写ってる家族写真が偶然にも出てきてさ。それ見てびっくりしたんだよ。その離婚した奥さんが神社で見かけた女性だったんだよ。佐々木先生に聞いたら、元奥さんは、ユフシスという会社の社長さんと再婚して東京で暮らしているって……あっ、そういえば佐々木先生のお子さんの由紀ちゃんって子、サチ姉と会ったことあるって佐々木先生が言ってたなぁ」

 それまで黙って聞いていたサチは言った。
「えーっと、ちょっと待って……じゃあ、整理すると……佐々木先生の奥様が大樹の母親なんじゃないかーーってこと?確かにハンカチの証拠はかなり信憑性があるわね……実はね……大樹がそこまで産みの親のことを調べて確信を得ているなら……私も大樹に話したいことがあるの。一生、言わないでおこうと思ってたことなの……でも、今伝えないと後悔すると思うから言うね。大樹が寝かされていた籠の中にはね[アタル]と刺繍してあったガーゼのハンカチが置いてあったの。大樹を見つけた私は、すぐに祖父母に知らせに走ったわ。その時、私はそのハンカチをなぜだかわからないけど、ポケットに咄嗟にしまったのよ。今から思えば、周りに伝えるタイミングは何度かあったと思うわ……その子の名前はアタルくんよって。でも何故かそのときは言えなかった。小学校一年生だった私は、子供心に、こんなにかわいい子を置き去りにする親を恨んだの。そんなことをする親がつけた名前より、みんなで考えて新しい名前をつけてもらった方が幸せになれるんじゃないかーーと勝手に思ってしまったのよ。みんなに大樹とあやされ、呼ばれる姿を見て、私はハンカチを隠したことを正しかったと思ってしまった……そのことが今になって、大樹を苦しめることになるなんて、そのときは考えもしなかった……ごめんね、大樹……」
「それは違うよ、サチ姉。俺はアタルじゃない、大樹だよ。俺は大樹として生きてきたことを少しも後悔はしていないし、この先も後悔なんてしない。サチ姉のことを責めるつもりはないよ。ただ知っておきたかったんだ。ここまで知ってしまった俺自身の生い立ちの真相をーー」
「大樹、許してくれてありがとう……そうね、私も知りたくなったわ」
「だってサチ姉は、正直に話してくれた。サチ姉だって今まで苦しんだんだ……俺のせいで……」
「大樹、それも違う。私は二人の秘密を持つことで、特別な関係を楽しんだんだよ。今なら正直に言えそう……私は大樹が好き……弟としてではなく、一人の男として……」
「ありがとう、サチ姉。やっと正直に言ってくれたね……俺も同じ気持ちだよ……ずっと心にあるモヤモヤしてたのが恋だと気づいてから、本当に苦しかった……だってサチ姉は俺のことを弟としてしかみてくれていなかったから……」
「ごめんね……弟として接することで心に蓋をしていたの。気づかれることが怖かったから……大樹を失いたくなかった……」
「そうだったんだね。やっと気持ちが伝えられて嬉しいよ……なんだか全身の力が抜けた感じ……」
「そうだね。きっとあの日から二人はこうなる運命だったのかも……それじゃあ、これからはもう少し踏み込んで西井ユカさんのことを調べてみるわね。きっと大樹より私の方が動けると思うから……あとのことは任せて。きっといい報告ができると思う……」
「じゃあ、あとのことはサチに頼むよ。しばらくは卒業に向けて準備しないと」
「あれ?今サチって言った?」
「だってもう、姉貴って言い訳しなくていいんだろ?今日から、俺のサチだろ?」
「そうね……確かに……私も弟扱いは辞める……ね、大樹」
 二人はキスを交わし、その夜は別れた。

 今まで誰にも話せなかった心の中の闇の部分を解放したことで、サチ自身、とても自然に素直になれた自分に驚いていた。小学一年生に戻って、やり直したいと思っていた人生を、また明日からまっすぐに二人で歩いていけることが本当に嬉しく思った。

 アタルという名前をつけた本当の母親を見つけて、大樹には生い立ちを知る権利があるとーー全てを知った上でしか二人の未来はないと、二人はわかっていた。
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