第7話

文字数 1,745文字

 サチの通う里波小中学校は、小学一年生から中学三年生まで三十六名の生徒が通っている。東京でいえば、一クラス分の生徒が全校生徒である。だから学校行事は全て学年を越えての活動となる。サチのことは、みんなが知っているし、サチも入学してすぐに全員の顔がわかるようになった。それくらいこじんまりとした学校ということになる。だから両親と離れて暮らすサチは全然寂しさを感じなかった。
 近くを流れる、ささら川へ遊びに行ったり、山へ散策に行ったり、毎日がドキドキワクワクの連続で、サチは体全部を思いっきり使って、自分の家の庭のように走り回り、自然のなかでのびのびとサチらしく成長していった。

 その日も一日の授業がすべて終わり、先生と友達とチビにさよならをして、三号にまたがり家路を急いだ。
(今日は、ばあちゃんが、もしかしたらアイスを買ってきてくれているかもしれない)
 実は、朝から頭の中は、アイスのことばかりで、今日の授業はほとんど頭に入らなかった。
(楽しみだなー)と自転車をこいでいると、いつもの分岐点のあたりで赤ちゃんの泣き声が聞こえたような気がした。サチは自転車を停めて耳を澄ました。木々の揺れる音、鳥の声……赤ちゃんの泣き声……
(石段の上だーー)

 サチはお地蔵さまの脇に自転車を停めると、朝上った石段を神社目指して上っていった。やっぱり途中で息が切れて、案内地蔵に笑って(頑張ります)と一礼し、また上を目指した。
「勘違いかなぁ……」
石段を上り始めて赤ちゃんの泣き声はピタッと止んでしまった。走って神社の祠の前まで行ってみたが、いつもの祠がひっそりとそこにあるだけだった。サチは辺りを見渡した。特にいつもと変わったところはなさそうだった。
(やっぱり空耳かーーこんなところに赤ちゃんがいるわけないよな)
そう思い、石段を下りようとしたその時、オギャーオギャーと弱々しい泣き声が祠の裏から聞こえてきた。サチは走って祠の裏側へまわってみた。するとそこには、赤ちゃんが入った小さな籠がポツンと置かれていた。
 赤ちゃんは小さな手足を忙しく動かして何かを伝えようとしているようだった。眠ったかな……と思うとすぐ目を開ける……サチはしゃがんで覗きこみ(かわいいな……)としばらく赤ちゃんを見ていた。すると顔の横にアタルと名前が刺繍された白いハンカチが置いてあることに気がついた。
「アタルちゃんって名前なのね」サチは咄嗟にそのハンカチをポケットにしまった。

 赤ちゃんの無事を確認するとサチは誰に知らせるべきか迷い考えた。学校にはもう誰もいないかもしれない。ばあちゃんに知らせよう。サチの自転車で籠は運べない。
「ちょっと待っててね。誰か呼んでくるからね」
サチは石段を駆け下り自転車を猛スピードでこいで家を目指した。
「ばあちゃん、大変、神社に赤ちゃんがいるの。早くきて」
家に駆け込みながら大声で叫んだ。家にはちょうど畑仕事を終えたじいちゃんもいた。
「サチ、どうした?そんなに大声だして。なんだって?」
「あっ、じいちゃん、ばあちゃん、大変。神社に籠に入った赤ちゃんがいるの。早く行ってあげて」
「なんだって?本当か?」
 じいちゃんはすぐに私を連れて軽トラで神社へ向かってくれた。
 急いで石段を上っていくとオギャーオギャーと泣き声が聞こえてきた。籠に駆け寄ると真っ赤な顔をして泣いている赤ん坊は確かにそこにいた。

 じいちゃんは籠から赤ん坊を抱き抱えると
「よしよし、もう大丈夫だ、大丈夫だ……」と赤ん坊の背中をトントンとたたいてあやした。
「サチ、とにかく一旦家に連れて帰ろう」
「うん」
 じいちゃんは、助手席にしっかりと籠を抱えたサチを座らせ「落とすんじゃないぞ」と言いながらいつもよりゆっくり運転してくれた。砂利道の揺れが心地良かったのか車内ではスヤスヤと眠っていた。
「それにしても、サチ、よく気がついたな」
「うん、学校の帰り道、赤ちゃんの泣き声が神社の方から聞こえてきたから、確かめようと思って行ってみたの。そうしたら、赤ちゃんがいたの」
「びっくりしただろう。すぐにじいちゃん達に知らせてくれたのはいい判断だ」
「うん、だってサチ一人じゃ、籠は運べないと思ったし……」
「そうだな。ありがとうな。一つの大切な命が助かったってことだよ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み