第38話

文字数 1,052文字

 困ったことがあったらなんでも言ってねーー
そうは言ったもののーーサチは社会人、平日に休みはない。ともすれば自宅に持ち帰りの仕事すら発生することもあるくらいだ。
 サチだって常に弟に優しくできる時ばかりではない。最近は時間に追われる日々が続いていた。
 大樹も大学生活を満喫し友人もできたらしく、以前のようにマメに連絡してくることはなくなっていた。
 あるとき、サチの様子を心配した母が気をつかってくれた。
「最近、大樹くんと会ってるの?たまにはお袋の味でも持ってってあげてーー」とタッパーに入った煮物を手渡された。
「そうだね、最近は連絡とってないから寄ってみるね、ありがとう。大樹、きっと喜ぶよ」
 サチは出勤前に大樹のアパートへ行ってみた。

 すると、ちょうど、友達と出かけるところだったらしく階下でバッタリ会った。
「おぅ、サチ姉、久しぶり。何か用?」
「うん、えっと……」
友人がすかさず尋ねた。
「彼女さん?」
「違うよ、アネキ」
「あっ、そっか、失礼しました。友人のハルキです。いつもお世話になってまーす」
「こちらこそ、大樹がお世話になってます。よろしくね」
「今日は、ハルキと約束あるからーー」
「じゃ、また今度来るわ」
「うん、悪い、じゃまた」
「うん、またね」

 大樹は着実に成長していた。東京の生活も慣れてきたようだ。
「そりゃあそうだよね、アネキですから。また来ますよ……」
 サチは一人になって、ちょっと文句を言ってみたものの、態度のそっけなさに、やっぱりちょっとショックを受けて、ぼんやりしながら帰宅した。
 ちょうど母は、ゴミ出しか何かで不在だったため、持ち帰った煮物の言い訳をせずに済んだ。タッパーの煮物は自分で食べた。洗ったタッパーを片付けていると、母が管理人さんと立ち話しちゃったわ……と言いながら戻ってきた。
「大樹くん、元気だった?」
「ううん、いなかった」
「あらそう。じゃ、煮物は?」
「私が食べた……」
母は驚いて私の方を見たが、不貞腐れた返事をした私をみて言った。
「そう……そんな時もあるわね」
 母の優しさがなんだか悲しかった。

 母は気づいていた。サチの大樹くんへの気持ちは愛情だとーー

 大樹くんとは、産まれたときからかかわって、事あるごとにサチは大樹くんの心配ばかりしていた。弟分から恋人に変わってもおかしくないとわかっていたのだ。
 さちが大樹くんのことで、悩んでいることも、同じ女性として痛いほど気持ちはわかっていた。そして長年の恋人、ケンジくんと別れたーーその決断でサチの思いは本物だと確信したのだった。
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