第35話

文字数 1,853文字

(株)ユフシス
ネットで検索するとすぐに確認できた。社長は西井ユウキとあった。サイトにはアジアの土地売買などを行う不動産会社とある。副社長は西井ユカとある。多分、奥さんだろう。サイトを見ていると仕事仲間と撮った写真がUPされていて、間違いなく、あの神社で手を合わせていた女性、つまり、佐々木校長先生の元奥様だと確認できた。
 大樹は妙な胸騒ぎがした。
 もしかしたら、この女性が俺の母親ーーそうでないとしても少なくとも何か知っているはず……

 大樹は今まで、自分の生い立ちを調べようとは思わなかった。本当の子供のように育ててくれた両親に申し訳なく思っていたからだ。
 俺の両親は、愛情をたっぷり注いでくれた。
 俺の両親は今いる両親が、本当のお父さんとお母さんなんだ。
 血が繋がっていないことなんて普段は正直、忘れている。だからこの先も、たとえ本当の母親が名乗り出てきたとしても自分は認めないーーと決めていた。俺にはサチ姉だっているんだ。
 この現実こそ真実だ。

 大樹が実家を離れる日。
サチは家の車を借りて一人で大樹を迎えに来た。車の免許は仕事に必要だからと母からアドバイスを受けていたので、学生時代に取得していた。
「免許をとってから、仕事で都内ばかりを走ってたの。前から遠出したいと思ってたから口実ができてラッキーだったわ」
「オイ、その助手席に乗る身にもなってみろよ。今日で人生が終わるかもしれないーーと思って、朝早く神社へお参りしてきたよ」
「えーっ、ひどい……だってちゃんとこうしてここにいるじゃん。無事に着いてるじゃん。道にも迷わず、ほぼ時間通りにーー」
時計を指差して言った。
「まぁ、そうだな。ナビに感謝しないとな。じゃ、考え直して運命を共にしまーす」
外でそんな会話をしていると、サチの声を聞きつけて奥様が出てきた。
「あら、サチさん。いらっしゃい。今日は一人?」
奥様は心配そうだ。あとから村長さんも話しながら出てきた。
「東京での大樹の生活はサチさんがついてるから心配ない……ん、で、ここまで一人で来たのかい?」
 奥様とサチで顔を見合わせて笑った。
「大丈夫よ、ここまで無事に着いたんですからーーね、サチさん」
「はい、そうですね、大丈夫です。心配いりません」

「じゃ、東京着いたら連絡するから」
大樹は簡単に挨拶すると、さっさと車に乗り込んだ。
「じゃあ、出発します。お弁当、ありがとうございました」
 サチは奥様が手渡してくれたお弁当を後ろのシートに乗せゆっくりと車を出した。
 大樹の荷物は、リュック一つだった。お弁当の横に並んだその荷物が大樹の決意を物語っていた。
 大樹は両親が寂しがるからと部屋をそのままにし、最小限の荷物だけで出てきたのだ。大学を卒業したら必ず村に戻ってくるからと両親に約束していたのだ。サチは大樹の気持ちが痛いほどよくわかった。大樹はそういう子だとーー
 村を出るまでは窓を開け、風を浴びながら走った。大樹は無言だった。村の景色が遠くなると、ようやく大樹が口を開いた。
「俺の人生はここから始まって、この先どこへ向かっていくのかな……」
「うーん……大樹の人生は、ここから始まってこの先は無限大じゃない?」
「無限大?……」
「そう。この先どうなるか、人生、無限大……どうなるか、じゃなくて、大樹がどうしたいか……なんじゃない?」
「そっか。どうしたいか……か……」

 サチは大樹の人生をそばで支えたいと思った。
体は大きくなったけど、心は無垢なまま、純粋な大樹だと知ってるからーー

 車は東京へ向かって順調に流れていた。
途中、サービスエリアで、奥様お手製のお弁当を食べた。東京はもう桜が咲いている。外のテラスでお花見をしながら、にぎやかに話をしながらいただいた。
「お袋の味だなー」
大樹は嬉しそうに頬張っていた。

 大樹のアパートは、村長さんから直々に頼まれた両親が大学近くの不動産屋さんを休日に駆け巡って、良さそうなところを決めてくれていた。
 大樹は今日、その初めて見る自分のアパートへ引越するのだ。
「サチ姉が選んだとこなら間違いないから」と言っていたが、
「私が決めたんじゃないから、文句があるなら親に言ってね」と念を押して言っておいた。
 サチは予め両親から預かってきたアパートの鍵を大樹に渡した。
「いよいよ大樹の新たな人生がスタートするんだね」
「なんだか今ごろ、緊張してきたよ」
大樹はチャックのついた胸ポケットに大事に鍵をしまった。
「そろそろ行こう。早く部屋を見てみたくなった」
「うん、夕方、道が混む前に出発しよう」
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