第25話 早まった死期

文字数 1,734文字

 ノノハラさんが消えたことで、サクラさんの死期はさらに早まった。それは途方もないぐらい早く、ぼくたちはもはや、キャンプ場にすらたどりつけなくなってしまった。
 講義室で顔を合わせたとき、アイザワ君はいつもと変わらない様子だった。
「今日はなんだか、元気がないね」
 とアイザワ君が言う。ぼくは答えた。
「うん。正直言うと、元気がない」
「なぜだい」
「キャンパスを歩いていて、気づかなかったのかい。おかしかったじゃないか」
「なにが」
「ノノハラさんの名前がどこにもなかった」
「そうだったね」
 アイザワ君の淡白な返事は、ぼくをいたく失望させた。彼は人を〈撃つ〉ことの責任について、すっかり何も話さなくなった。おじいさんを消したことも、おじさんを消したことも、ノノハラさんを消したことも、いずれも問題自体を彼の中から消すことによって解決している。なかったことにしている。
「いまサクラの様子を見に行くことができれば、殺人犯を特定できる」
 そして彼はまだ、殺人犯を探している。
 ぼくらは今までずっと、一緒にゲームをプレイしていたから気づかなかった。あの世界にはバラバラにプレイしていても辿り着けるし、そして共有できる。だがひとつ違うのは、キャラクターがロードできずに、影のような真っ黒い姿になってしまうことだ。
ぼくにはもう、アイザワ君が化け物にしか見えなかった。
「キャンプ場にもっとはやくたどり着く方法はないだろうか。君はどう思う?」
「ぼくにはわからない」
「ずいぶんあきらめが早いね」
「あきらめているわけじゃないよ。ただ、本当にわからない。タイムアタックには二人で何度も挑んで来たから、なんとなくわかるんだ」
「新しい技術が必要だということだね」
「うん。もっと決定的に短縮する必要がある」
 しかし、そんな方法があるだろうか?
 ノノハラさんがいてくれたら、と思う。彼女なら、時間さえあれば簡単に答えを導き出せただろう。なぜならノノハラさんはぼくらより余程頭がよく、物理学科一番の才女であり、ぼくの尊敬する女性だから。
もう一度会いたくてたまらない。
 ぼくはノノハラさんのことばかり考えた。
こんなに彼女の顔が浮かぶのに、今はポスターで写真を見ることすら叶わない。大学から彼女の存在は完全に消失しており、記憶している人は誰もいない。ぼくだけだ。アイザワ君はどうせ、ろくに覚えちゃいないんだから。
「ノノハラとは、友達だったのか?」
 と彼が何気なさそうに訊く。
「うるさいな」思わず歯を食いしばる。
「なんだって?」
「ううん、……なんでもない」
 黒い影となって、アイザワ君を殺しに行こうかと何度思ったか知れない。だがどうしてもできない。ノノハラさんは、きっとそれを許さないだろう。それにぼくは、アイザワ君を、アイザワ君のことを……。
 ぼくは大学が終わった後、小学校に向かった。ノノハラさんたちの通った校舎は既に潰され、ピンク色の校舎が建っている。開放されているグラウンドに入り、ぐるぐるとあてもなく歩き回った。
 グラウンドでは小学生のフットボールチームが試合をしている。ぼくはぼんやりとそれに目を向けていた。別になにかに注目していたわけではない。目は向いているが、見ていない。ぼくは、あるはずのないノノハラさんの姿を探していた。いるはずもない影を見つめていた。それ以外はすっかり虚ろなのに、ノノハラさんの存在すらも虚ろで黒く塗り潰されており、ああ、いったい自分が何をしているのだかわからないままに、自分の形すら淀ませていく。涙も出てこない。
 ぼくは立ち上がった。
 誘われるように、小学校の中庭に歩いていく。ぼくの知っている景色ではない。畑はあるけれど、鶏小屋と池と木々はない。代わりに花壇があって、カラフルに庭を彩っていた。校舎の建て替えと一緒にずいぶん作り替えられたようだ。
「なにか御用ですか」
 声を掛けられた。女性だ。彼女の後ろのほうに見える校舎の窓から、数人がこっちを見ている。先生だろうなと思った。不審者と思われているらしい。猫を連れている訳でもないのに? 少し可笑しかった。やっぱり頭がおかしくなったみたい。
「ここはとても変わりましたね」と言う。
「卒業生の方ですか?」
「そうです」ぼくは嘘をついた。
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