第9話  実験的殺人

文字数 1,626文字

 ぼくらは研究熱心なので、寝る間も惜しんでその世界を探検した。あまり品がないから控えめに言うが、まずは人様の家に不法侵入した。もちろん、たいてい玄関はしまっている。試行回数の多さを褒めていただきたい。結果として、どの家でも住民は怒り狂ってぼくらを追い回すことがわかった。誰もいないと思って入った家では、女子高生が着替えをしていて、ボコボコにされた。興味深いことにダメージは入らなかった。殴られただけ。もちろん衝撃はない。衝撃をぼくらに再現するための機器などないのだから当然だ。
「タンスを開けられないのが残念だね」
 とぼくは言ったが、不運にもちょうど女子高生の部屋にいたので、アイザワ君にあらぬ誤解を与えるところだった。ちなみにパンツは白かった。
 一通り探検を終えた後、アイザワ君は言った。「ちょっと試したいことがあるんだ」
 彼はまた、猫のおじいさんを訪ねた。一度行ったところだから、なにか観察し忘れたのかなと思った。
彼は銃を構えて、手近な壁を〈撃った〉。
 それはおじいさんの店の横にある駐車場のコンクリートブロックの壁だった。なるほど、駐車場に用があったのか、と思った。
 弾丸はまっすぐ進み、そのまま姿を消した。ぼくらは着弾した場所を観察する。特に変化はない。「反対から見ていてくれよ」と彼は言って、もう一度同じ場所を〈撃つ〉。
 弾丸は壁に吸い込まれ、そして壁を突き抜けて地面に刺さった。そしてその地面にも吸い込まれ、そのまま見えなくなってしまった。
 アイザワ君は言った。
「銃も見てくれだけだな。おれたちはこの世界にまったく干渉できない」
「まるでテストプレイをしているみたいだね」
「だからふつうは許されないが、こんなことをしても問題はないと思うよ」
 と彼は言って、今度は猫に銃を向ける。
 ズキュンと銃声が鳴った。彼が〈撃った〉のだ。鍛えた腕で、狙いは正確。飛び出した弾丸は猫の小さな耳に激突した。
 猫が一瞬だけ二重に見える。それからパッと急に姿を消し、またすぐに現れた。彼は猫を何度か〈撃った〉が、そのたびに同様の現象が確認された。
「この世界のことも随分わかって来たね」
「おれは、このマップがどこまで続いているか知りたいな。海まで行けるのだろうか」
「たしかに。ぼくはこの世界がどれぐらいの時間まで続くのか知りたいな。現代に繋がったりしないかな。追い越したら面白いよね」
 調査事項は膨れ上がる。ぼくはゴーグルを脱いで、手元のメモ帳にそれを書きだした。話し合いながらまとめていくが、その途中にばんばんと銃声が聞こえた。「どうしたの」と訊くと、「電信柱を〈撃って〉る」と返事がある。暇つぶしらしい。
「ちょっと待ってね。もう少しで書き終わるから……」
 ぼくは筆記を続けた。ばんばんと銃声は続く。このゲームに弾の制限はない。
「人間って〈撃った〉らどうなるかな」
 とアイザワ君が言う。ぼくは手を止めて、ちょっと考えてから仮説を言う。
「猫と同じじゃないかな」
「うん。おれもそう思う」
 さらに銃声。ぼくは筆記を続ける。
「ちょっと〈撃って〉みようか」
 とアイザワ君。ぼくは思わず手を止めた。そしてゴーグルをつけた。アイザワ君の銃が、おじいさんの額を狙っている。
「じゃあ〈撃つ〉よ」
「うん」
 ぼくが同意すると、ズキュンと銃声が響いた。アイザワ君がおじいさんを〈撃った〉のだ。
 弾丸はおじいさんの額に直撃した。
 それから、額に穴を開けた。
 血は流れなかった。
 おじいさんは弾丸に引っ張られるみたいに体を反らせて、椅子からずるりと滑り落ちた。猫たちは缶詰に夢中だった。おじいさんは猫の群れに沈んだ。二度と動かなかった。
 しばらくぼくらは黙り込んでいた。
 アイザワ君は言った。
「驚くべきことだね?」
 そのとき、建物ががたがたと震えるほどの、すごく強い風が吹いた。遠くでがしゃんとなにかが倒れる音がした。どこかで猫が警戒するみたいにニャアと鳴いた。
 それがすべてのきっかけだった。
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