第12話 ぼくたちのミッション

文字数 1,417文字

 アイザワ君が小学一年生のとき、サクラという同級生が亡くなった。詳しい場所はわからない。ただ天井川の水源のある山の麓、頂上に向かって段々にできた滝のどこかに落ちたそうである。つまり事故だ。
「新聞でもそう報じられているが」とアイザワ君は注意した。「不審な点が多いのも事実だ。行ってその真偽を確かめよう」
「不審な点って?」
「いろいろだな。一番大きいのは指先の傷だ。一筋、ひっかいたような跡が残っていたらしい。ただ、誰かと争った風でもないからまったく重視されなかったが」
「ふむ」と相槌を打つ。しかしその程度の傷ぐらい簡単にできそうな気がする。彼はこう応じた。
「ともかく現場を突き止めれば、なにもかもはっきりするよ。当面、俺たちの【ミッション】はサクラを救うことにしよう」
 それからぼくはサクラさんがどんな人だったのかを聞いた。彼女はとても星が好きな女の子だった。あんまり宇宙の話ばかりするので、周りから浮いていたらしい。アイザワ君と知り合った幼稚園のときでさえ、彼女は小難しい単語を好んで使った。「つまり変わり者さ。しゃべる奴だって、俺以外にはいなかったぐらいだから」
 アイザワ君は懐かしくそう思い出す。
しゃべる人が彼しかいないといえばぼくもそうだ。しかし、むなしいのであまり触れずにおいた。まあ、そう言うアイザワ君もぼく以外に話す人はいないわけだが。
「サクラさんとはいい友達になれそう」
 とぼくは言う。アイザワ君は「どうかな」と笑った。「話すのも難しいぜ。そんなに無理してまで友達を作りたいか?」
 ぼくらが件の山に到着したのは、四時間後のことだった。バスに乗れればと思うが、この世界では叶わない。川のうねりは既に山の中に消えて久しい。ぼくはただアイザワ君の後ろについて歩くだけだ。
 まず見えたのがキャンプ場の看板である。文字はかすれ、読みにくい。ずいぶん寂れている。入ってすぐ左手にある広いキャンプササイトにも、ぽつんと大きめのテントがひとつ張られているだけである。そばでは中年のおじさんがアルミ製のカップを傾けながらなにか雑誌を読んでいた。エロ本かしらと思う。
「こっちに来て」とアイザワ君。
 彼についていくと、ぼぼぼと水の音が聞こえてきた。道は川と交差して、丸太橋が架かっている。左手には高さ三メートルほどの滝があった。
 そのあとは川を追いかけるように坂道になる。十数分ほど登ると大きなログハウスが現れた。川はまだ上を目指している。
 だがこれより向こうは白いコンクリートの壁ができていて、立ち入れない。柵の向こうに梯子が見えたが、ゲームの体ではどうにもできない。といって、川の流れに逆らって進むのも難しい。流れが急だし、なにより段差が多すぎる。
「これより上流にも、いくつか滝がある。その子がどこから飛び降りたのかははっきりしないんだ。新聞も詳しい位置まで報じてないからね」
 さすがアイザワ君、下調べも充分だ。
 ぼくたちは一旦、丸太橋のある最初の滝まで下ってきた。途中、立入禁止の分岐路があったが、鬱蒼とした山道に続いていて、小学一年生が行くとは思えない。
「アイザワ君は実際にここに来たことあるの」
「いや、ないよ」と彼は言った。「全部下調べの成果だね。そしてその下調べの結果、次の作戦も考えてある」
「サクラさんを捜す作戦?」
「うん。遺体は早くに見つかっているからね。つまり、待ちさえすれば今日中に警察か救急隊が場所を教えてくれるはずだよ」
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