第18話 また人が死ぬ
文字数 1,304文字
そのときだった。
急にサクラさんが駆け出した。ノノハラさんを振り切って、坂道を駆け下りて行く。すぐにおじさんが立ち上がり、川を渡って、彼女を追いかけた。ノノハラさんは両手を地面についてうなだれたまま、動かない。
ぼくらもすぐに追いかけた。
サクラさんはすぐそばの滝にたどりついた。彼女は岩につかまりながら、必死に川の真ん中を目指す。流れは早いが水量はそう多くない。たしかに歩ける。だが、言うほどには簡単ではない。ほとんど溺れている。
「子どもがこんなところで。いったい何をやってるんだ。いったい何を……」
そう言ったのは、あのおじさんだ。サクラさんを追いかけて、彼も川の中に入っていく。
サクラさんがおじさんに気づいた。
「来ないで」彼女は言った。「来ないで。わたしはだいじょうぶだから。おねがいだから来ないで。来ないでよ」
ぼくはおじさんがサクラさんのところにたどり着くのを祈った。助けてあげてほしかった。
「来ないで!」女の子は絶叫する。
ぼくの祈りは届かなかった。
なぜかって。
ぼくの隣にいたアイザワ君が、おじさんを銃で〈撃ち〉殺したからだ。
「サクラ!」
アイザワ君はすがるように言った。
銃弾は壁を越えおじさんの頭に刺さった。彼は人形のように崩れる。そして落ちて行った。ゴミみたいにぷかぷかと浮かんで、下流のほうへ流れて行く。
その途端、サクラさんも急に力が抜けたようにふにゃっと体を崩し、彼のあとを追って滝の下に落ちた。
「なにを」
ぼくは唖然としていた。
「なにをしてるんだ。アイザワ君」
画面が真っ青になる。
ゲームはエラーを起こした。
予定よりもずっと早い。アイザワ君は何も言わない。ぼくは沈黙をもってそれに応えた。彼が何か言うまで待った。
「あの男は怪しかった」
と彼は言った。ぼくはできるだけ冷静になろうと努めた。サクラさんの目から生気が失せていく光景が頭にこびりついている。
「アイザワ君は、動揺したのだと思う」
とぼくは言った。それから続ける。
「しかしそのうえで、アイザワ君の行動は非合理的であったと考える。ぼくらはもともと、サクラさんを何度も死なせる覚悟をもってこの【ミッション】に挑んでいたはずだ。もしおじさんがサクラさんを突き落とそうとしていたなら、ぼくらはその現場を見るべきだった。違うかい」
「じゃあなぜあのおじさんはまっすぐに二人の居場所に向かったんだ?」
ぼくは思わず声を大きくした。
「話を逸らさないでほしい。君はおじさんを疑った理由に説明をつけようとしているけれど、それがどれほど確からしいものであったとしても〈撃つ〉べきではなかったという話をしているんだよ」
黙り込んだ彼に、ぼくはこう畳みかけた。
「そして結果として、おじさんはシロだった。きっとおじさんはサクラさんが落ちるのを防ぐはずだったんだ。少なくともこの場面ではね。今回のエラーを見るに、アイザワ君の行動によって死期が早まったに違いない。だからぼくはこう言わなければならない。心苦しいけれど。つまり、アイザワ君はとても軽率だった。でも勘違いしないでほしい。ぼくは……」
そこで、通話が切れた。
「ぼくは、アイザワ君を尊敬している……」
急にサクラさんが駆け出した。ノノハラさんを振り切って、坂道を駆け下りて行く。すぐにおじさんが立ち上がり、川を渡って、彼女を追いかけた。ノノハラさんは両手を地面についてうなだれたまま、動かない。
ぼくらもすぐに追いかけた。
サクラさんはすぐそばの滝にたどりついた。彼女は岩につかまりながら、必死に川の真ん中を目指す。流れは早いが水量はそう多くない。たしかに歩ける。だが、言うほどには簡単ではない。ほとんど溺れている。
「子どもがこんなところで。いったい何をやってるんだ。いったい何を……」
そう言ったのは、あのおじさんだ。サクラさんを追いかけて、彼も川の中に入っていく。
サクラさんがおじさんに気づいた。
「来ないで」彼女は言った。「来ないで。わたしはだいじょうぶだから。おねがいだから来ないで。来ないでよ」
ぼくはおじさんがサクラさんのところにたどり着くのを祈った。助けてあげてほしかった。
「来ないで!」女の子は絶叫する。
ぼくの祈りは届かなかった。
なぜかって。
ぼくの隣にいたアイザワ君が、おじさんを銃で〈撃ち〉殺したからだ。
「サクラ!」
アイザワ君はすがるように言った。
銃弾は壁を越えおじさんの頭に刺さった。彼は人形のように崩れる。そして落ちて行った。ゴミみたいにぷかぷかと浮かんで、下流のほうへ流れて行く。
その途端、サクラさんも急に力が抜けたようにふにゃっと体を崩し、彼のあとを追って滝の下に落ちた。
「なにを」
ぼくは唖然としていた。
「なにをしてるんだ。アイザワ君」
画面が真っ青になる。
ゲームはエラーを起こした。
予定よりもずっと早い。アイザワ君は何も言わない。ぼくは沈黙をもってそれに応えた。彼が何か言うまで待った。
「あの男は怪しかった」
と彼は言った。ぼくはできるだけ冷静になろうと努めた。サクラさんの目から生気が失せていく光景が頭にこびりついている。
「アイザワ君は、動揺したのだと思う」
とぼくは言った。それから続ける。
「しかしそのうえで、アイザワ君の行動は非合理的であったと考える。ぼくらはもともと、サクラさんを何度も死なせる覚悟をもってこの【ミッション】に挑んでいたはずだ。もしおじさんがサクラさんを突き落とそうとしていたなら、ぼくらはその現場を見るべきだった。違うかい」
「じゃあなぜあのおじさんはまっすぐに二人の居場所に向かったんだ?」
ぼくは思わず声を大きくした。
「話を逸らさないでほしい。君はおじさんを疑った理由に説明をつけようとしているけれど、それがどれほど確からしいものであったとしても〈撃つ〉べきではなかったという話をしているんだよ」
黙り込んだ彼に、ぼくはこう畳みかけた。
「そして結果として、おじさんはシロだった。きっとおじさんはサクラさんが落ちるのを防ぐはずだったんだ。少なくともこの場面ではね。今回のエラーを見るに、アイザワ君の行動によって死期が早まったに違いない。だからぼくはこう言わなければならない。心苦しいけれど。つまり、アイザワ君はとても軽率だった。でも勘違いしないでほしい。ぼくは……」
そこで、通話が切れた。
「ぼくは、アイザワ君を尊敬している……」