第7話 きれいでこわい

文字数 859文字

 アイザワ君の家が近づく。
 ぼくは彼と別れて、教えられた建物へ近づいた。小学校の校舎のような、白くて、少し黒ずんだ壁。小さな前庭には物干し場があって、その横には赤の軽自動車が停まっていた。砂利の隙間から雑草が点々と生えている。緑の濃い方へ視線を追いかけて行くと、脇に交換用のタイヤが積まれていた。
 ここ一帯の家々はみなアイザワ君の家を複製したように同じ姿をしている。たまに手作りの構造物が個性を見せるけれど、基本となる住居は瓜二つだ。彼によれば、すべて公営住宅なのだという。
 敷地に足を踏み入れ、玄関まで歩いてきた。誰にも見られないはずなのに、なんだかそわそわしてしまう。意を決してドアに近づくが、やはり開けられない。このゲームには〈開ける〉などというアクションはない。開くドアは、近づいただけで勝手に開く仕掛けになっているからだ。
「やっぱりか」とアイザワ君は言う。
「どうしたらいい?」
「仕方ない。家はあきらめて……」
 とアイザワ君が言おうとしたときだった。
突然ドアが開いた。女の人が立っている。やさしそうなひとだ。彼女はぼくのことに目もくれず、ドアを開けたままにして、物干し場へ歩いていく。
「いま、女の人が出て来たよ。お母さんかな。玄関を開けてくれたから、中に入れるよ」
「うちに女は、母親しかいない」
 心なしか、アイザワ君は残念そうだ。
「そうか。すごくやさしそうな人だね」
 そしてすごくきれいな人だ、と思う。外行きでない、ちょっとよれた部屋着がとてもセクシーに見える。バスタオルを広げて両手を高くあげたとき、シャツの裾が上がっておへそが出た。
 どきどきと観察していたら、
「もう入ったのかい」
 と連絡が来て、ぼくははっとした。
 家の中に入っていく。不法侵入の言い訳をするみたいにアイザワ君に対して「お邪魔します」と挨拶した。
 ところが、一歩足を踏み入れるとアイザワ君のお母さんが血相を変えて、
「ちょっと! あんたなんなのよ!」
と怒鳴ってきた。ほとんど殺意すら感じる厳しい目つきをして、ずんずんとぼくのほうに歩いてくる。
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