第11話 罪をつぐなう

文字数 1,088文字

 ぼくは知っている。彼が一人、毎晩あのゲームをプレイしていることを。フレンドのプレイ情報はリアルタイムに表示されるし、実のところ、プレイ画面を観覧することもできた。でもぼくは見なかった。観覧は、相手に通知されるからだ。
 彼とあのゲームについて話さなくなって、もうずいぶん経つ。少なくとも、彼が気持ちの整理をつけるまで、ぼくから干渉すべきではないと考えた。
「あれから、自分の責任について考えた」
 ある日、ぼくはアイザワ君に誘われて再びあの世界に赴いた。辿り着いたのはいつもの住宅街で、おばさんたちが世間話をしている。
「ねえアナタ聞いた? 自由にさせるのはいいけど、最近物騒だから、心配よねえ」
 その声に重なって、彼は「行こう」と歩き出した。「どこへ?」ぼくはあとをついていく。彼は天井川にのぼり、上流へ向かった。
「おれはとんでもないことをしてしまった」
 歩きながら、彼は言った。ころころと、足元にあるサッカーボールが体にぶつかって転がる。
天井川に初めて来たときは美しい景色に見惚れていて気付かなかった。よく見ると、いやよく見なくても、川にぷかぷかとゴミが浮かんでいる。しかもかなりたくさん。アイザワ君が蹴っているのはそのうちのひとつだ。
「本来なら、あのおじいさんを助けたい。でももうこの世界からもいなくなってしまった。どうやら、銃で〈撃つ〉と、この世界からも現実からも姿を消してしまうらしい」
 アイザワ君のお母さんは、おじいさんの存在を知らなかった。ぼくは軽率に人体実験に同意した罪悪感を、改めて重く受け止める。つまり、この世界では、誰に咎められることもなく、邪魔もされず、人間を消去することができるのだ。
「罪滅ぼしがしたい」とアイザワ君は言った。
「おじいさんの代わりに、本来死ぬ運命の人を救うんだ。それが贖罪になるのだと思う」
 理屈は、なんとなくわかった。ここは過去なのだ。誰かの死を防げば、その人は生き返る。だが、ぼくは疑問だった——人を消してしまった罪が、別の誰かを消すことで贖えるのか?
 アイザワ君は言う。
「誰を救うかは、おれに一任してほしい。なにしろ天啓だったからね」
「天啓?」
「昨日、母さんから聞いたんだ。このゲームのまさにこの日に亡くなった友だちがいる!」
「ちょうどこの日に?」ぼくは驚いた。
しかもそれを偶然耳にするなんて、たしかに天啓だ。はっきり言って不気味なぐらい。
「おれは、その人を助けたいんだ」
 アイザワ君はそう言って、転がしていたボールを川に落とした。ゆっくり、ゆっくりと下流に向けて流されていく。それはまるでプラスチックみたいに、ふわふわと浮き続けた。
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