第15話 壁を乗り越えるには

文字数 1,471文字

 少し経った。
 ぼくは自室で、調査報告を聞いた。
「当時、サクラは一人じゃなかったらしい」
 アイザワ君は意外そうだったが、ぼくは当たり前だと思った。サクラさんは当時小学一年生だ。一人で山まで行くわけがない。保護者もいただろう。
 ところが同伴していたのは、同級生らしい。
「小学生二人であんな山に?」とぼく。
「うん。友達と二人で例のキャンプ場に遊びに行った。バスに乗ればすぐだからね」
「よく保護者が許したね」
「幼稚園の遠足でも行き慣れてるから」
 ぼくはそれを聞いてびっくりした。幼稚園の遠足で行き慣れていただって? だが、たしかアイザワ君は前にキャンプ場には行ったことがないと話していなかったか。
 他にもいろいろ聞いた。
 まず遺体発見場所だが、やはり丸太橋のある位置よりもずっと上流らしい。
 とりわけ驚いたのは、サクラさんと一緒にいた同級生がぼくの敬愛する物理学科のノノハラさんだったことだ。
 アイザワ君はノノハラさんが同級生だったと覚えていなかった。
「まさか同じ大学とはね。でも物理学科に当人がいるからといって、別に問題ではないよ。重要なのは遺体の発見場所だ」と彼は注意する。「どうやって上流に行くかが問題だ」
 アイザワ君によれば、他にも上流に抜ける登山道がそばにあるという。それはちょうどキャンプ場を流れる川の対岸だ。だが入口は階段だし、川を渡っても木々に阻まれている。
 ぼくらはしばらく議論したけれどまっとうな経路ではたどりつけそうにはなかった。
「ノノハラは有力な容疑者だ。あとは、まぁキャンプサイトにいたおじさんもそうかな」
 もしサクラさんが殺されたにしても、少なくともノノハラさんが犯人とは思えなかった。なにより信じたくない。なぜなら彼女は賢いからだ。殺人は問題解決の手段として頭が悪すぎる。
 ぼくらはひとまずおじさんを調査することにした。いつも通り四時間の散歩で気が遠くなったあとは、テントのそばで雑誌を読むおじさんを観察した。
 山ガールのお姉さんなら見ごたえもあっただろう。しかし相手はおじさんである。彼はコーヒーをずるずると飲み、たまにだらしなく足を広げてズボンの上から股間をかいたりした。向こうは一人だと思っているので仕方がないのだが、いつか立小便するんじゃないかとひやひやする。
「最後まで動きなしなら?」とぼく。
「シロになるわけじゃないぜ。エラーの後殺しに行くってことも……あっ」
 おじさんが動いた。カップを空にした彼は読んでいた週刊誌をテントの中に放り出して、草木をかきわけて山の中に入っていったのである。
 ぼくらはびっくりしてすぐに後を追いかけようとした。しかし、体が進まない。おじさんがかきわけた草木が、壁として認識されているらしい。
 彼の歩いていく先に、道が見えた。
 あれだ。あれが上流への登山道だ!
 そう考えていると、アイザワ君が「ああ、行ってしまう!」と叫んで、なんと銃を構えた。ぼくは仰天した。慌てて制止する。
「駄目だよ。落ち着いて。まだあの人が犯人だとは決まってないよ。ただ山に入っただけだ」
「だが……」
 アイザワ君は苦しそうな声を出した。
 ぼくは坂道を登っていくおじさんを目で追いながら、彼の自由さをうらやんだ。壁を気にせず、草木をかきわけ、足をあげて歩き、きっとよじ登ることもできるだろう。ぼくらにはできない。
 ぼくらはゲームをリセットした。アイザワ君がトイレに立って、五分ほどして戻ってきた。彼は言った。
「試したいことがある」
「ぼくもだよ」と応じた。壁を超える課題と聞いて、それを思いつかないはずはない。 

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