第16話 壁抜け再び
文字数 1,117文字
ぼくはアイザワ君を尊敬している。
思いつくアイディアは同じでも、その深さは彼のほうが上だ。彼がすごいのはずっと先まで見据えていることである。
ぼくらの〈壁抜け〉のために必要なのは、敵に追われ、〈かくれ〉て、引きずり出されることだ。まずは追いかけてもらわないといけないが、これは簡単である。不法侵入すればよい。家宅などに侵入すると、そこの住民は急に顔色を変えてぼくらを追跡する。
最も単純には、あのおじさんのテントを使えばよい。次の問題は、あのテント内部には〈かくれる〉場所がないことだ。
以上の点を勘案して、次の策は決まった。
「実母に襲われる気分はどう」とぼく。
ぼくらは、アイザワ君の家に向かった。
既に後ろから鬼の形相をした彼のお母さんが来ていて、捕まえて殺そうという気迫を見せている。「慣れてるよ」アイザワ君は困ったように笑った。ぼくはそれを冗談だと思った。
彼は言った。
「この世界での〈壁抜け〉における最大の問題は、どこに抜けるかだ。ゲームだとステージ以外は空っぽだが、ここではそうはいかない。家の外壁はキャンプ場まで通じていない」
アイザワ君は「やってみるからね」と言って、お母さんに見つかったまま、わざとテーブルの下に〈かくれ〉た。ぼくはそれを物陰からじっと見ている。
テーブルの下へお母さんの手が伸びた。
掴まれたアイザワ君の体が、ぶるぶると小刻みに振動した。そして徐々に、彼が床にめりこんでいき、やがて見えなくなった。
「成功だ」
と彼は言った。
つまり横ではなく、下に〈壁抜け〉する。地面ならばキャンプ場に通じているという理屈である。「視界は?」とぼく。
「さいわい、良好だ。この点、心配だったんだがね。まるで潜水艇にいる気分。君がそこの柱のかげにかくれているのも見えるよ」
アイザワ君のお母さんは、獲物を見失ってきょろきょろしている。「君もすぐ来てくれよ」とアイザワ君は言う。
お母さんに再び追いかけられ、テーブルの下に〈かくれ〉て、引きずり出される。コントローラーがブルブルと振動した。お母さんの目が、かっと見開く。
ああもう、その顔の怖いことといったら。
しかし数千回と繰り返してきた〈壁抜け〉の技術は衰えを見せることなく、適切なタイミングを掴んで、あっという間にぼくも地面にめりこんだ。
「よし、来たな。では行こう」
「心臓がバクバク鳴ってるよ。それに手がブルブルと震えている」
「最近のコントローラーはすごいね。アクションに合わせて振動してくれるのだから」
「いや、現実のぼくの話をしてるんだ」
「そうか。では行こう」
アイザワ君は淡白にそう言って、歩き始める。クールなのはかっこいいけれど、ちょっとは心配して欲しいのも人情だ。
思いつくアイディアは同じでも、その深さは彼のほうが上だ。彼がすごいのはずっと先まで見据えていることである。
ぼくらの〈壁抜け〉のために必要なのは、敵に追われ、〈かくれ〉て、引きずり出されることだ。まずは追いかけてもらわないといけないが、これは簡単である。不法侵入すればよい。家宅などに侵入すると、そこの住民は急に顔色を変えてぼくらを追跡する。
最も単純には、あのおじさんのテントを使えばよい。次の問題は、あのテント内部には〈かくれる〉場所がないことだ。
以上の点を勘案して、次の策は決まった。
「実母に襲われる気分はどう」とぼく。
ぼくらは、アイザワ君の家に向かった。
既に後ろから鬼の形相をした彼のお母さんが来ていて、捕まえて殺そうという気迫を見せている。「慣れてるよ」アイザワ君は困ったように笑った。ぼくはそれを冗談だと思った。
彼は言った。
「この世界での〈壁抜け〉における最大の問題は、どこに抜けるかだ。ゲームだとステージ以外は空っぽだが、ここではそうはいかない。家の外壁はキャンプ場まで通じていない」
アイザワ君は「やってみるからね」と言って、お母さんに見つかったまま、わざとテーブルの下に〈かくれ〉た。ぼくはそれを物陰からじっと見ている。
テーブルの下へお母さんの手が伸びた。
掴まれたアイザワ君の体が、ぶるぶると小刻みに振動した。そして徐々に、彼が床にめりこんでいき、やがて見えなくなった。
「成功だ」
と彼は言った。
つまり横ではなく、下に〈壁抜け〉する。地面ならばキャンプ場に通じているという理屈である。「視界は?」とぼく。
「さいわい、良好だ。この点、心配だったんだがね。まるで潜水艇にいる気分。君がそこの柱のかげにかくれているのも見えるよ」
アイザワ君のお母さんは、獲物を見失ってきょろきょろしている。「君もすぐ来てくれよ」とアイザワ君は言う。
お母さんに再び追いかけられ、テーブルの下に〈かくれ〉て、引きずり出される。コントローラーがブルブルと振動した。お母さんの目が、かっと見開く。
ああもう、その顔の怖いことといったら。
しかし数千回と繰り返してきた〈壁抜け〉の技術は衰えを見せることなく、適切なタイミングを掴んで、あっという間にぼくも地面にめりこんだ。
「よし、来たな。では行こう」
「心臓がバクバク鳴ってるよ。それに手がブルブルと震えている」
「最近のコントローラーはすごいね。アクションに合わせて振動してくれるのだから」
「いや、現実のぼくの話をしてるんだ」
「そうか。では行こう」
アイザワ君は淡白にそう言って、歩き始める。クールなのはかっこいいけれど、ちょっとは心配して欲しいのも人情だ。