第66話 フレデリックとセシリアの嫉妬

文字数 1,764文字

「あの噂も、婚礼の儀までには消えるだろう」
「あの噂?」
 あまりこの部屋から出ていないせいか、噂が何のことなのかわからない。
「ああ。そなたが、クリストフ・ピクトリアンと心中を図ったという噂が流れていたのだよ」
 はぁ? 何であんな嫌な男と心中なんて。信じられないわ。
 私がムカついているのに気が付いたのだろう。

「約束した時間になって侍女たちが迎えに行ったときは、そなたたち二人が倒れていたらしいからな。俺も呼ばれて慌てて行ったが……」
 フレデリックは、私の方に少し近付いて言う。
「あの光景を見て、俺がどんな気持ちだったか、セシリアには分からぬだろうがな」
 フレデリックの気持ち?
「まぁ、こうして報酬が来ている事だし、ピクトリアン王国の依頼なら仕方が無いというところで落ち着くだろう。あの国と戦争しようと思う愚か者はさすがにいないだろうからな」
 さて、俺も行くか……とばかりにフレデリックは立ち上がろうとしている。
「わたくしはクリストフの事は、なんとも思ってません」
「そうか?」
「当たり前です」
 私はちょっと……いえ、かなりムッとしてフレデリックを見上げた。
 立ち上がったフレデリックから、無表情に見下ろされている。

「では、なんで泣いていた?」
「それは……」
 私は口ごもってしまった。
「それは?」
 ここに来た当初は、毎日のように会って添い寝していたのに。
 フレデリックの部屋に居てでさえ、会ってくれない。ましてや、以前のように触れてもくれないのだもの。
 あの頃……、クリストフがリオンヌの名前を出した頃から。

「フレデリックの初恋は、リオンヌ様ではないのですか? だから、クリストフから名前が出た時にあんなに動揺して」
「は? いや、ちょっと待て。もう二十年も前に一瞬見ただけの女性だぞ?」
「でも……」
「そんな事で泣いていたのか?」
 フレデリックが少し呆れたような顔で私を見ている。そうよね、私の立場で嫉妬なんて。
 だけど、先ほどエイヴリル様も言って下さった。
『その辛さを我慢してはダメよ。ちゃんと言わないとね、ケンカになっても』って。

「後は、これから来る側室の方々の事とか」
「だから、側室は持たぬと言っておるのに」
 フレデリックから溜息を吐かれてしまった。テーブルに書類を置き、またベッドに座りなおしている。
 なんだか、面倒くさい感じになっているわね、私。だけど、なんだか止まらない。
「リオンヌ様が羨ましかったです。あんなに愛されていて」
 あんな最期を遂げたとしても、リオンヌ様は確かにクリストフから愛されていた。
 もう何だかグチャグチャで、涙まで出てしまっている。
「だから、そなたの事が愛しいと……」
「だって会いに来てくれない。触れようともしてくれないわ。前は、あんなに……添い寝までしてくれていたのに」
 私が叫ぶようにそう言うと、フレデリックが頬に手で触れてきた。
 
「やだ」
 パシンとその手を払う。私が言ったからって、まるで義務の様に触れられたくない。
 だけど、フレデリックから抱き込まれてしまった。
「やだっ。離して! 私が言ったからって」
 どんなに腕を突っ張っても、背中を叩いても、抱きしめられた腕が緩むことは無い。
「元気そうだな。もう体調は治ったのか?」
「やだって」
「セシリア。そなた、俺が全く嫉妬せぬとでも、思っているのではないだろうな」
 ため息交じりにフレデリックは言っているけど……。
 嫉妬?

「誰に?」
「ピクトリアン王国に一人で行かせたとき、俺が平気だったとでも? もう戻って来ぬかもしれないと思っていたのに」
 そう言えば、ソーマ・ピクトリアン国王も言っていた。
『そなたが理不尽な扱いを受けていたり、アルンティル国王の事を少しでも嫌っていたりしたら、このまま連れ去ろうと思っていた』と。
 そう言う話になっていたんだった。
「あの……」
「アルベールから、抱き上げられて執務室の近くに来ていたことも、フルマンティと楽しくしゃべっていた事も……。これからだってそうだ。セシリアは、どんどん国政に関わっていくから」
 フレデリックの顔を見ようと私が体をずらそうとしたのを、抵抗されたと勘違いされたのか、抱きしめている腕の力が強くなった。
 それでも顔を見ることが出来る位置に体をずらしてみると、辛そうな顔をしているフレデリックが見えた。
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