第38話 ピクトリアンという国と王女たちの運命

文字数 2,001文字

「そなたの名にも、ピクトリアンという名が付いておるが」
「これは、グルダナの慣例です。国王は王妃と複数の妃を持ちますので、母親の出身国を名前のすぐ後に入れるのです。母は、確かに王族の純血種ですが、私はグルダナ国王との子どもですわ」
 私はにこやかに答えた。この辺は周知の事実。今さら確認するまでもないだろうに。
「ああ。そうだな。それで、少しピクトリアンの事を訊いても良いだろうか。その……この前、俺の事を夫だと思ってくれていると言ってくれたから」
 なるほど、ピクトリアンの事が知りたいのね。子どもと夫にしか言えない事だと言ったから。

「ピクトリアンの純血種は長命で、思春期を過ぎると外見的な成長が遅くなります。後は結界維持が純血種の主な仕事なので、王妃をはじめ国王の子どもを()すのは、全て血のつながった姉妹です。それ以外の近親相姦は大罪として処分されます」

 ピクトリアン王国もかなり特殊な国なのだ。一方的な殺戮から国民を守るために、当時の国王は自分の命と引き換えに大掛かりな結界を作り、異空間を移動できるようにした。
 そして、自分の子孫たちにその結界の維持をするように厳命したのだという。
 時々、他国に姫を嫁がせるのは、血が濃くなりすぎた姫だと子が生まれないか、生まれたとしても……。

「クリストフとリオンヌの事は、先日そなたが言った通りなのか?」
「推測ですが、そうでないと説明が付きません。わたくしの様に、外で生まれた子どもならまだしも。国内で生まれた純血種のリオンヌが惨殺された姫君だとしたら、ピクトリアンは前国王もその跡取りであるフレデリックにも、報復をしているでしょう。こんな生ぬるい方法ではなく、魂を引き裂くような報復を、です。ですから、国家間では、もう決着がついているのだと思います」

「そ……そうか」
 フレデリックは、引き気味になってしまっている。別に、大げさでも何でもない事実なんだけどね。
「国家間の話し合いの記録は、資料に残っていた。何の事件に対してかは、ぼかされていたが。多分、あの資料がリオンヌの件の事なのだろう」
 それにしても珍しい、私の前でこんなに気落ちしているようなフレデリックは……。

「セシリアは何とも思わないのか? リオンヌの惨殺の件。そなたは平然と口にしていたが」
「リオンヌと面識があるのですか?」 
「ああ。西の建物に留め置きになっていたからな。ピクトリアンの姫君だ。本来なら即、王妃として娶るのだが、すでに前国王には王妃がいたから、少し揉めておったのだ」
 前国王に王妃がいたのに? ピクトリアンの純血種をそんなところに嫁がせるなんて。

「俺が見たのは、ほんの一瞬だしな」
「もしかしたら、逃げる時に……でしょうか」
「そう……そうだな。多分、そうだ。まだ幼さがの残る少女の様に見えた。月明かりに姿が見えたかと思うと、ふぁっとかき消すように消えてしまっていた」
 クリストフは、リオンヌを逃がすときにも毒草を使っていたのかしら。

「何日間か、俺たちがいる建物にも城内が騒然としている気配が伝わって来ていたのを覚えている。その内、兵士に捕まった妃が現場処刑されたと噂が流れて、国内で箝口令が敷かれたのか、この話をする者はいなくなった。だから忘れておったのだよ。もう20年以上も前の話だし」
 多分、本当に忘れていたのだろう。その頃だったら、フレデリックもまだほんの子どもだったろうから。

「先ほどの……王女の惨殺に何も思わないと言ったらウソになります。ですが、小国の王女でなくとも『嫁いで行った国で、いつ死んでしまってもおかしくない』という覚悟は持たされているでしょう。実際、大した理由もなく、もしくは王の快楽の為に殺されてしまった王女の話も普通にあります。クリストフはともかく、リオンヌにその覚悟が無かったとは思いません。それでも、逃げたという事は一瞬の夢に懸けたのではないでしょうか?」

「一瞬の夢……か。だが、そういう事が訊きたかったのでは、無いのだけれどな」
「違ったのですか?」
 力なく笑うフレデリックに、私は少し驚いて訊いてしまう。
「セシリアも、そういう覚悟でここにいるのかと思ってな」
「そうですね。前国王のイメージが強かったので、ここへ来る前に大泣きしました」
 そう言うと、ビックリした顔で私を見る。
「でもフレデリックは、私を優しく迎えてくれましたわ」
 私はフレデリックに、笑って見せた。

 あまりこの話はしたくない。

 突き詰めたらこの話は、『私は、グルダナの為にここにいるし、フレデリックは国王で、グルダナと何かあったら、私を処刑する立場にいる』と言う事に落ち着いてしまう。
 それが、私達の関係。
 たとえどんなに私がフレデリックの事を好きでいても、もしかしたらフレデリックも、私の事を好きでいてくれるとしても……。

 私はまだ、フレデリックが見せてくれる、この優しい夢の中にいたいから。
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