第47話 国王命令の真意と婚礼準備という名の自室謹慎

文字数 2,266文字

 フレデリックの執務室の周辺から全く人の気配がしなくなってしまっていた。
 まずいかもしれない。フレデリックは、おそらく臣下が対峙するだろう恐ろしい国王陛下として私の前にいた。

 私は完全に忘れていたけど、フレデリックは、()()()()としてオービニエ外務大臣との接触の禁止を厳命していたのであった。
 先ほどの私の報告も、分かっていての接触禁止厳命だったのかもしれない。

 私は何を勘違いしていたのだろう。いつも優しいから、フレデリックの傍にいるのが心地よいから、何をしても許されると思い違いをしてしまっていた。

「セシリア。そなたにとって、国王命令とはそんなに軽く取るに足らないものなのか?」
「申し訳ございません」
 私は跪いて礼を執る。
 国王命令は絶対だ。謝っても許されるという選択肢は存在しない。当たり前の事なのに……。
 どうしよう。私の所業の所為で、グルダナ王国にまで累が及んでしまったら。

「言い訳があるなら、聞くが?」
 国王陛下の温情だ。意味は無いけど、一応言い分は聞こうという。
「言い訳など。意味がございません」
「だな。言い訳など、見苦しいだけだ。それと同じくらい謝罪にも意味が無いという事は分かるな」
「はい」
 完全に他の臣下と同じ扱いだわ。

「出来れば、行動の制限はしたく無いのだがな」
 行動の制限? かおり草のチェックが出来なくなる。
「恐れながら申し上げます。行動制限をされては、かおり草の持ち込みチェックが出来なくなってしまいます」
「ほう?」
 フレデリックの雰囲気がさらに怖くなった。

「オービニエ外務大臣は、解毒の薬草を焚いている中、あれだけ濃厚なにおいを漂わせていたのです。目的がどちらにしろ、何もないはずはございません」
「国王である俺に逆らうというのか?」
 
 怖い。フレデリックを本気で怒らせたかもしれない。だけど……。
 不敬だと分かっていても、顔を上げて言う。
「わたくしは何のために、陛下のお手伝いをしたのでしょう。かおり草のにおいに気付き、報告をして。本来、わたくしがいるはずのない王宮の表の政治舞台に立ち、外交までして」
 ここまで言って、私は少し笑ってしまった。なんだろう、切なくて。
「わたくしが、オービニエ外務大臣から敵視され、クリストフからも目を付けられる。そんなこと、想定内の出来事でございましょうに」

 この事は、どんなにフレデリックの怒りを買っても、命を賭してでも、言わなければならない事。
 でないと私はこの先、フレデリックからどんな命令も指示も受けることが出来ない。
「なのに陛下は、わたくしが狙われるからと言って、わたくしを関わらせないようにする。わたくしは、囮になる事も出来るのに。仕事を任せておきながら、わたくしには責任すら負わせてくれないのですね」

「責任? セシリアに?」
 フレデリックは、不機嫌に言い返していた。
「セシリアは……いや、何でもない」
 何かを言いかけて、思い直したようにやめる。 
 少し怖さが和らいだ気がしていた。

「最初に戻るが。国王の命令を守るのは、そなたの責任の範囲では無いのか?」
 ……ものすごく、というか。一番最初(ふりだし)に戻った。

「はい。その件に関しましては、処分はいかようにもなさってくださいませ。ただ……」
「ただ?」
「その処分は、この身一つで済ませてくださいませ。何とぞ、グルダナまで責を負わせる事無きように寛大なるご処置を賜りとうございます」
「そなたの事で、グルダナをどうこうしようとは、考えてもいない。これからも、だ。そこは信用して欲しいところだが」
「ありがとうございます」
 私は跪いたまま頭を垂れた。

 フレデリックの長い溜息が聞こえる。
 そうして、私のすぐ目の前まで来たのが分かった。フレデリックが私の前に片膝を付いて座った。
「いいか。もう一度命令する。オービニエ外務大臣に近付くな。奴の執務室に焚く解毒の薬草の中に、そなたが貰ってきたクリストフを捕まえるための薬草を混ぜる。ピクトリアンの血が混じっているそなたも動けなくなるだろう?」
 思わず私はフレデリックを見た。もう、怒りも怖さも感じられない。

「きちんと説明しなかった俺も悪かった。だが、オービニエ側に漏れると困るので言えなかったのだ。何も無いのに人払いするのも不自然だしな」
 跪いている私を立たせてくれ、抱きしめてくれる。怖がらせてすまないと……。

「まぁ、でも。罰は必要か。他に示しもつかんし」
「……はい」
 私は、フレデリックのセリフに身をすくめた。
「二週間の自室謹慎を命ず」
 まさかの抱きしめたままの命令?
 しかも、自室……って。
「そろそろ、花嫁側の婚礼を仕切っている女官と侍女たちがうるさく言ってくる頃だ。婚礼の準備が進みませんと」

 それは、罰なの?



 そうして、オービニエ外務大臣の執務室にクリストフを捕まえるための薬草を使っている間、私は婚礼の準備と称して、ドレス選びや小物選びやいろいろ……ってこの間も同じ事してた気がするのだけれども。

 綺麗に見える所作や歩き方のレッスン。ダンスの練習……って、この辺になったらもう自室から、練習室に場所を移動してますが。自室謹慎、どこ行った。

 表向きは、国王命令違反で謹慎処分を受けた事になっている。表の臣下からは見えない場所なので、自室から出ても分からないのだろうけど。
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