第30話◇感情

文字数 3,688文字


「こんなところか」

 シミュレーターで訓練。自走戦車と多脚砲台が使えなくなったことを想定しての、人型戦闘機の武装のチェック。
 人型戦闘機に積んだ武装のみで戦うには、厳しいものがある。単純に弾薬が足りない。武装を大量に搭載すると、重量で動きが鈍くなる。それにグレネード等の弾薬が、敵の攻撃で誘爆すると致命傷になる。

「補給車両に弾薬、予備武器を持たせないと、相手が多いとすぐに弾切れしちゃうね」
「補給車両が敵に乗っ取られると、最悪だがな」
「施設まで戻って補給だと、時間がかかりすぎるよ。中間地点に置いて、相手に接近させないようにするしかないんじゃない?」
「移動時間を短縮するために、補助推進機の数を充分に用意するか」
「それだと行きは早いけど、戦闘で補助推進機は捨てるから、帰りは速くならないよね」

 なんと言っても、ふたりしかいないから人手が足りない。最悪のケースを想定すると、施設の自動機械群がウイルス等で乗っ取られて使えなくなって、それで物量で押されると止めきれない。その場合、施設が報復装置を起動して世界中にミサイル発射して自爆する。

「弾薬を重量限界まで搭載する、か。シズネの武装はどうなった?」

 ウキネが近づいて、私のタブレットを覗きこむ。すぐ近くにウキネの顔があって、その唇に目が行く。
 あの唇が高瀬翔子のいろんなところにキスして、その舌が肌を這わせて…………

「? どうした?」
「あ、武装はこんなとこかな」

 慌ててタブレットの表示を見せる。高瀬翔子と木下優希の関係を見たあとにウキネを見ると、妙な気分になる。ふたりの仲のいいところを見てしまうと、ウキネと木下優希がかぶって見えて、ドキドキする。
 ウキネと木下優希は、遺伝子が同じなだけの別人、のはずなのに。

「ショットガンにグレネード、か。あとは右肩にチェーンガン。予備の武器は無し、か」
「代わりに弾を積めるだけ搭載してる。ショットガンかグレネード、どっちかが生きてればそれで。両方壊れたら撤退。チェーンガンはミサイル対策と蜘蛛脚対策に」
「ハンマーは使わないのか?」
「弾切れが無いのはいいけど、ハンマー使うには、もうちょっと近接戦闘の訓練しないと、自信が無いから」
「なるほど、これで武装は決定とするか」
「ん。じゃあボゥイ、私の機体はこれで。ショットガンの弾薬は充分に用意しておいて」

 データを転送して、あとは施設の機械とボゥイに任せる。

「シロ、人型の予備機をメンテナンスして準備しておいてくれ。私用とシズネ用に、1台ずつ追加だ」

 念には念を入れて、かな。軍人と操縦席を積み替えれば、修理するより機体を代えるほうが早いから。

「こんなところか、あとはトカゲとナメクジの出方次第だ」

「あー、あのね、ウキネ」
「なんだ?」

 ちょっと迷う。言ったほうがいいのか、言わないほうがいいのか。ウキネなら気にしないかもしれないけれど。

「過去シミュレーターで、木下優希を覗いてみたんだけど、なんか、すごい人だね」
「そうか? 私も昨日、見てみたが。私よりも同棲している高瀬翔子が特殊なんじゃないか?」

 そう、昨日、過去シミュレーターを使おうとしたら、先にウキネが使っていた。自分の遺伝子標テスト体に興味は無いって言ってたのに。木下優希はウキネにとっても、珍しいパターンだから、興味があるのかも知れないけれど。

「それで?」

 ウキネが私を見て言う。なんか、正面からウキネの顔が見れない。かと言って、この施設には私とウキネのふたりきり。気まずい思いでいたくは無い。
 私も整理はできてないけれど、正直に言ってみようか。

「あー、えっとね。過去シミュレーターでウキネのテスト体、木下優希を見てたんだけど。その、木下優希と高瀬翔子が、仲のいいところを見ちゃって、それで、ウキネの顔が、まともに見れない。ごめん」

 ウキネの見てはいけないところを見てしまったような、罪悪感のような、羞恥心のような。ウキネの顔を見ると、そんな気持ちが湧いてきて、恥ずかしくなってしまう。
 今も顔を上げられなくて、自分の爪先を見てる。黒い義足の指を、無意味に動かしてみたり。

「謝ることは無い。閲覧許可を出したのは私だからな、しかし……」

 ウキネが私を見ている。頭頂部にウキネの視線が刺さっている、ような気がする。

初心(うぶ)だな」

 そうなのかな。それは300歳から見たらそうなんだろうけれど。

「シズネは私と寝たいのか?」
「いや、そういうことではないんだけど」

 それは、まぁ、高瀬翔子の幸せそうな顔を見ると、興味が無いわけではないけれども。

「ウキネは、今までそういう相手がいたの? 過去の軍人の中で」
「何人かは、相手をしたことがある」
「そういうのって、どうなのかな?」
「シズネが何を聞きたいのかが、わからん」

「今さらだけど、ウキネが過去の軍人と、どういうふうに相手をしてたのか、ちょっと気になったから。この施設にふたりきりだから、ウキネとは仲良くやっていきたいし」
「ふむ……、木下優希と高瀬翔子の関係を、私とシズネに重ねることは無い。シズネが望むなら相手をしてもいいが」

 えーと、これはなんと返せばいいのだろうか。私が積極的にウキネとエッチいことをしたいわけではないんだ。まるで興味が無い、こともないんだけども。

「参考になるかわからんが、私とそういうことをしたいと言う者は、寂しさや孤独感から人肌を求めた結果だ。マネージャーでは、従順過ぎて物足りない、というのもある。私に恋人か家族の代わりを求められても、困るのだが。私は恋愛感情を知識として理解はできるが、実感したことが無いからな」

「じゃあ、ウキネは淋しいとか、寂しいとか、無いの?」
「そういったものが無いから、今も軍人を続けられるのだろう」

 流石はウキネ、

「快楽を求めるのなら、マネージャーを相手にする方がマシだろう。私達は卵巣が無くなって妊娠しないから、以前の月経のある状態よりは性欲は減少しているが」

 そうだった。そこは私達は改造済みだった。毎月の頭痛と体調不良が無いのは、いいことだけど。

「ウキネは、その、そういうことをしたいと思うの? それとも嫌?」
「後が面倒にならなければいい。男は1度相手をすると、私を己の所有物のように考えるか、母親代わりに甘えてくるかで、改めて上官、下士官と認識させる手間が鬱陶しい。そこは女の方が割りきってはいる分、楽だが。施設で軍人3人体制のときは、嫉妬と独占欲でくだらん喧嘩をする者もいた。それで今は2人体制になっている」

 そんな苦労があったんだ。まぁ何年もふたりきりとか3人だけだと、いろんな問題があるんだろうなぁ。

「あとは、男は溜まっているものをさっさと出したいのか、とにかく突っ込んでしごいて出そうとする。それの相手をするのも痛いだけだがな。1度情欲に火がつくとなかなか止まらん。女の相手をする方が、柔らかいし気持ちはいいな」

 なまなましいよ。どう答えていいかわからない。ボゥイ相手に1度試してみたほうがいいのかな。
 でも、あれは機械、あれはロボット。過去に見たことのある映画俳優に似てる。髪の色は違うけれど。
 かつて楠静香が好きな映画の好きな俳優。それに似せて作れば、わたしも気に入るだろうという機械の意図が透けて見える。そんな思惑が見えてしまうと、ボゥイを見るとイラッとしてしまう。そのボゥイをオナニーの道具に使うのは、ちょっと無理。
 外見改造すればいいのかもしれないけれど、なんというのか、そこまで機械の思惑に嵌められるというのが、むかつく。

「シズネがそうしたいのであれば、暇なときに相手をしようか。私は長く生きているぶん、それなりの経験はある。ただ、私に恋愛感情を求められても、応えることはできん。そこは割りきってもらわないと」
「あー、うん。今のところは必要無い、です」

 ウキネは、そうか、と言って行ってしまった。格納庫での武器と弾薬をチェックしに。
 隣のボゥイを見る。いつもの微笑み、いつもの表情。
 自走戦車に背後から撃たれて以来、この施設の機械を完全には信用できない。それは、ボゥイとシロも同じ。ボゥイは私の面倒を見て、手足の脱着も手伝って、私が快適に暮らせるように細やかに働いてくれている。
 それでも、全幅の信頼をもって家族の代用品、恋人の代用品として扱うには、私の感情が邪魔をする。

 今のところ私が信用して、信頼できるのはウキネだけなんだよね。上官、というよりは、先輩、かな。
 私は、ウキネと家族になりたいのか、恋人になりたいのか。家族とか恋人というのは、なにかが違うような。
 それでも、もう少し近づきたい。ウキネの側にいたい。

 あの揺るぎ無い強さに、憧れているのだろうか。ウキネのようになりたいのか、私は。
 よくわからないなぁ。

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登場人物紹介

シズネ。和国軍人として徴兵された少女。和国再生施設の防衛用人型兵器のパイロット。平成時代の日本人、高校二年生、楠静香。特技、お菓子作り。趣味、映画鑑賞。

ウキネ。和国軍人、乙一級。和国再生施設、軍司令。クローン再生を繰り返し三百年、軍人として務め続ける。シズネの上官。

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