第17話◇二学期
文字数 2,872文字
夏休みが終わった。2学期が始まると私達の生活は大きく変わった。
1学期の終わりに同級生に暴力をくわえた木下優希は一時休学、2学期から復帰とは聞いてはいた。
ただ、休学の開けた木下優希と彼女の暴力行為を止めた高瀬さんの2人は、2学期から隣のクラスに移動した。
ホームルームでの担任からの説明では、このクラスに深刻ないじめがあること。木下優希が被害者であったこと。その解決のために、木下優希と彼女の友人の高瀬さんは、隣のクラスに移動になった、とのこと。
担任の隣に立っている大人は、教育委員会からの出向で、いじめの実態調査のために定期的にこのクラスに視察にくる。
また、調査の一環として、このクラスは今後、監視カメラが撮影することになった。
ネットを通じてこの教室の様子は、教育関係者と保護者がいつでも見られるようになった。
仕事先や旅行先から、自宅のペットの様子を見る、そんなシステムの応用らしい。パスが無ければ見ることができないから、個人のプライバシーはまもられる、と説明される。
教室の後ろの天井には、既にカメラが設置済みだった。
毎日では無くとも、2、3日に1日は教室の後ろに教育委員会の人がいて、授業参観になった。
常に監視され1学期よりも息の詰まる教室になってしまった。みんな休み時間の度に教室から出て、廊下やトイレで話をするようになった。
「刑務所って、こんな感じなのかな」
弓子が呟く。刑務所にも少年院にも行ったことはないけれど、常に監視されているのは確かに刑務所みたいだ。
常に誰かが見ている、という圧迫感が、いじめの対策に効果があるとなれば、今後日本中の学校はこうなるのかもしれない。私達はそのテストケースの第1号になったわけだ。
木下優希の暴力を受けた人達は、夏休みの間に治療は終わったらしい。後遺症も無いようで、普通に登校している。木下優希も隣のクラスに登校してるようだけど、そっちはどうなっているんだろうか。
帰宅部の私と弓子は、さして問題は無かったけど、このクラスで部活動をしている人達には困ったことになった。
クラス一丸で女子ひとりをいじめていた、ということになってしまっているらしい。この学校の中では。その為に他のクラス、他の学年のいる部活の中では肩身の狭い思いをして、このクラスの生徒はほぼ全員、部活を辞め、帰宅部になってしまった。
私達のクラスは、学校は学問のためのもの、ということをじっくりと体験している。お喋りも、廊下かトイレで、小さく小声で。学問以外のことをしたければ、学校の外で。
あたりまえと言えばあたりまえのことなんだろうけど、ね。
休日が待ち遠しくなって、日曜日の夜は憂鬱になる。
「接続解除」
楠静香のシミュレーター内体験記憶は、楽しいことが少なくなった。おもに学校のせいだけど。平成時代の高校は、あんなものなんだろうか。これなら、昔の映像データから学園ドラマでも探して見てた方がいいかもしれない。
はーーーー、
溜め息が出る。訓練でもしようか、疲れるくらい訓練して寝てしまおうか。
「最近、よく訓練しているな」
ウキネに訓練を見てもらう。ここしばらくはボゥイを遠ざけるようにしている。身の回りのことや手足の脱着はやってもらうけど、あまり会話をしないようにしてる。
ボゥイも機械だから、いつかの戦車のようにうしろから私を殺そうとしないとは、限らない。
なので、ウキネには悪いけれど今の私はなるべくウキネの近くにいるようにしてる。なるべくウキネの邪魔にはならないように気をつけて。
なので、今も訓練指導をお願いしてみた。
「さっさと階級、上げようかなって。できること増やせるように」
「本当にそれが目的ならいいが」
ウキネは私の顔をじろじろ見る。
「自分用のストレス解消法を見つけることだ。酒でもクスリでも料理でも。見つからないなら、たまには違う訓練でもするか」
「違う訓練って?」
「始めるぞ、今から蹴るから避けろ」
言うなり、ウキネの右足が私の腰を狙って飛んでくる。慌ててうしろにさがって避ける。
「ちょ、ちょっと、いきなりなにを」
「人型戦闘機は神経接続で、自分の身体のように機体を動かせる。しかし、シズネは格闘技や喧嘩などの経験は無いらしい。機体を上手く操作したいなら、まずは自分の身体の操作を熟練しなければ。次、いくぞ」
私の返事も待たずに次から次へと蹴ってくる。手加減してるんだろうけど、当たると痛い。
「反撃してもいいぞ。手足ならそう簡単には壊れん。もし壊れたなら、交換すればいい。まかり間違って死んだとしても、クローン再生する。まぁ、いちおう顔面への攻撃は無しとしようか」
太ももを横から蹴られると、ちょっと痛い。なんでこんなことになってるんだろう。反撃してもいいって、ウキネは言った。私もいいかげんイライラしてるんだけど。
なので拳を握って、ウキネのおなかを殴った。
「正拳突きなら、重心の移動を使って、こう、だ」
ウキネの拳が私のおなかにめり込む。吐きそうになった。おぇってなった。
それで頭に来て、何度もウキネに殴りかかった。殴って蹴った。ほとんど避けられてあたらなかった。あたっても、あたる瞬間に打点をずらされて、ぜんぜん効いてない。殴りかかった手を捕まれて、地面に転がされたり、蹴った足をとられて、また地面に転がされたり。
掴みかかって、引っ掻こうとして、避けられて、逆に掴まれて、転がされて、でも起き上がって、また蹴って、むきになって、肩からぶつかって、受けとめられて、また転がされて、私はなにをやっているんだろう?
へとへとに疲れて、もう起き上がれない。立てない。息をするのもしんどい。なにこの訓練?
しゃがんだウキネが私の顔を見ている。
「……これ、なんの、意味が?」
「格闘技の基礎を積んでからするべきなんだろうが、過去の軍人の中には、こういう訓練で発散する者もいた」
殴りあって発散とか、私はそんな暴力好きじゃない。
「少しは効果があったか。汗を流して休むといい」
そう言ってウキネは去っていった。私は仰向けに寝転んだまま、見送った。
効果があった? …………うん、たしかに、すこしスッキリした。不本意だけど。
近くで見ていたボゥイに声をかける。
「部屋まで運んで」
「わかりました」
ボゥイが優しく、姫抱っこで私を持ち上げて運ぶ。昔はこんなシチュエーションに憧れてたものだけど、今は特になんの感想もない。ボゥイは言われたことに忠実な、ただの機械。それだけだ。
殴って殴られて、蹴って蹴られて、投げられて転ばされて、それで少しはスッキリするだなんて。これは私の遺伝子票の戦闘適応と関係あるんだろうか。階級を上げれば遺伝子票についても、情報閲覧許可が出るかもしれない。そのときに調べてみようかな。