第19話◇メレンゲ

文字数 2,840文字

 人造卵をかき混ぜてメレンゲを作る。人造卵だから、殻もついてないし、最初から白身だけ欲しいなら、白身だけ発注すればいい。卵をコンコンと割って、黄身と白身に分別する作業が無い分、楽は楽だけど味気無い。

 平成日本のシミュレーターの楠静香は高校3年に進学してた。監視の厳しい高校の記憶の追体験も、おもしろく無いのであまり見ていない。

 同じ遺伝子標で途中までの記憶は同じでも、コピーペーストしてから時間が経てば、私、シズネと楠静香は別人なんだ。

 それでも、もとは私なのだから遊んで恋愛して楽しく人生を送って欲しい。高校では新しい教育環境のテストケースにされてから、授業中もホームルームも休憩時間も、常に監視カメラが見張っている。

 静香も弓子以外とは話をすることも無く、クラスメートの中にはストレスから不登校になるものも出ている。
 なので、楠静香の楽しい人生は高校卒業してからのキャンパスライフに期待している。学業面では問題ないし、家庭の収入状態が変化しなければ、おそらく大学に進学するのだろう。

 ボールの中身を冷やしながらかき混ぜる。なんとなく、お菓子を作っている。
 呼び出されたら調査出撃。あとは過去の記録を見る、訓練する、お菓子を作る、のローテーション。

 お菓子作りがそんなに好きなわけでもない。ウキネが『なかなか、うまいな』と、言うので作っている。
 人に誉められれば、嬉しいものだから。この施設の人間は私以外はウキネしかいないのだから。

 ウキネは、やっぱりあの木下優希と同じ遺伝子標だった。だけど、ウキネは木下優希ほど怖くは無い。ウキネは、

『300年の人生経験で、丸くなったのかも知れんな。あとは、上官として下士官の面倒を見続けた経験か』

 と、説明する。木下優希という鋭く研いだナイフが、300年かけて丸くなるとウキネになるらしい。

 ウキネの遺伝子標は、無秩序生存能力特級で、社会不適応。私は、戦闘適応二級で社会適応は標準らしい。ウキネの遺伝子標というのが人類社会では異常なのだと。

『私は、ただシンプルなだけだ。己が生きるのに邪魔な者は殺して排除する。社会がそれを許さないシステムであれば、生きてはいけないので自殺する。こういう個体は、秩序ある社会では不適合者だが、法も秩序も無ければ生存能力が高い』

 人を殺すことに罪悪感も無く、実行できてしまう個体は社会の敵と排除される。
 だけど、例えば自然災害で食料が無くなったときは、人を殺して食べることに、罪悪感も嫌悪感も感じない個体が生き残りやすい。

 異常な性格、特殊な感覚、尋常では無い思考。これらも、ひとつの危機で人類が絶滅しないように用意されるバリエーション。
 ただ、その時代、その社会に合わない個体がアレルギーを起こして、同じ人類に攻撃して自滅するだけ。全滅を逃れようと差異を増やす、生殖で増える生物の個体差。

 和国が再生したならば、社会に対して攻撃性の低い、調和と協調を大事にする遺伝子標から、優先的にクローンとして生まれてくるのだろう。

『過去の人間は、感情優先で理性的なふりをしていたからな。牛や馬といった家畜と同じように、人間も能力と血統で交配させて、あとは総数をコントロールできれば、戦争にならなかったかもしれないのだが』

 人類は、ウキネの言うとうりにするのは無理だろうな。過去の歴史を見ても、これをやってれば全滅するまで戦争にならなかっただろう。そんな意見や主義や思想はちゃんとあった。あったけれど、カルトとか異常とされて歴史の中に埋もれた。

 どんなに立派で素晴らしいことでも、全ての人々が理解できるものでは無い。理解できた人々も、感情では納得しない。
 それにやっぱり、今を生きる人々にとっては10年後の平和よりも、今日と明日をどうやって生きるかが重要で、未来のことなんて考えられない。
 未来の地球のために、食事は1日1回で。お風呂は週に1回で。
 これを納得して実行したら、社会からは変人、異常者とされて、社会でやっていけなくなるかも。

 固まったメレンゲを、スプーンで掬って油であげる。

 人類にとっては、人類の未来なんて、どうでもいいことだったんだ。私も平成日本の記憶を思い返す。
 人類全体の未来なんて、そんなスケールの大きいことを考えるよりも、学校のテストの結果や、弓子と見に行く映画のほうが重要なことだったもの。
 
 人類は滅ぶべくして、滅んだ。むずかしく考えても、簡単にまとめても、起きた出来事に変わりは無いし、私が歴史から学ぶことがあっても、ここで私のする仕事に変化は無い。あ、気分とか、やる気は変わるかな?

 ただ、ひとつだけ確かなことは、人々がみんな、自分達は頭が良くないことを認めていれば、滅亡はしなかったかも。使い方の解らない危ないものを、解ってるふりして使ってなければ、歴史は変わっていたかも。

 ウキネの言った、推理小説を後ろから読んでるってことで、歴史の結果を見て言ってるから、カンニングみたいなものだけど。

 放射能のこと解らないのに、解ってるふりをしてる人達がいっぱいいて、安全だから大丈夫なんて説明して、その説明を聞いた人達もそれを信じたから、昔の日本には大量の原子力発電所と大量の使用済み核燃料があったのだから。それをテロリストが盗んで使ったり、爆発させたりした。

 よく解らないけど、危ないものは使うのをやめよう、という考えは当時の人々には無かった。
 被害があっても、便利なほうがいい、という考え方が平成日本の常識だったのだから。

 年間で何万人と死傷者が出ても、自動車を使うのをやめられなかった人達。
 自動車のある便利な生活のためなら、毎年どれだけ人が死んでも、ケガをしても仕方が無い、これが当時の当たり前の考え方で常識だった。

 だから、便利な生活のために処分のできない使用済み核燃料を大量生産して、テロリストに使われるのも仕方ないことだったのだろうし、それが元で世界が荒廃するのも、当然の成りゆきなんだろうな。

 地上が再生したならば、クローン再生した新しい和国は、どんな歴史をつくるのだろうか。
 再生した和国には、ウキネはいないだろう。社会で生きられない遺伝子だから。私も順調に軍人として仕事をしているから、戦闘と生存に関しての評価が、変わっているかもしれない。ウキネに近い性能の遺伝子と評価されたら、私も新生和国では、生まれることができないだろうな。

 できたお菓子を持っていく。シロップで甘くしたメレンゲを、油でさっと揚げたもの。表面がうっすらと狐色。そのままでもいいけれど、苺のソース、ブルーベリーのソース、お好きな方で召し上がれ。

「なかなか、うまいな」

 ウキネの反応はいつもと変わらず。それでも、ウキネに誉められるのは、ちょっと嬉しい。



 
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登場人物紹介

シズネ。和国軍人として徴兵された少女。和国再生施設の防衛用人型兵器のパイロット。平成時代の日本人、高校二年生、楠静香。特技、お菓子作り。趣味、映画鑑賞。

ウキネ。和国軍人、乙一級。和国再生施設、軍司令。クローン再生を繰り返し三百年、軍人として務め続ける。シズネの上官。

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