第34話◇防衛戦

文字数 3,599文字

 
 左手の盾の前、トカゲの先頭集団が急停止する。車両の中から慌てて出てきたトカゲは、迎撃体制をとる。
 右手のショットガンで狙いをつけても、いまだにマーカーの色は青色。不明集団のままで、武器の安全装置は解除されない。攻撃はできない。
 こうしてる間にも他の集団は施設に近づいていく。早く、早く、攻撃してこい。
 トカゲの装備は、ロケット弾、RPGか? 直撃すれば危ない。
 トカゲ達はやっと攻撃を始める。引き寄せて横っ飛びに回避、時間差で回避したところを狙ってきた次弾を真上に急上昇してかわす。

 攻撃確認

 相手の攻撃にやっと不明集団を敵と判定して、不明集団の青色マーカーが赤色に替わる。武器の安全装置が解除される。

 敵認定

 車両を狙ってショットガンを発射。とにかく、足を止める。5台の車両に1発ずつ撃ち込んで、グレネードに武装切り替え。離れながら、グレネードを2発撃つ。
 次へ方向転換。トカゲの先頭集団はあと5つ。
 集団を小分けにしてる。トカゲにも学習する知恵があるのか。集団をひとつずつ敵認定していかないといけない。
 2つ目の集団に接近。

 順番にこなしていく、トカゲの先頭集団、6つ、敵認定終了。後続の前に、次はナメクジだ。
 補助推進機を使って西に移動。こちらは先見隊の数、5つ。速く、もっと速く。
 ほんとうに、ひとりで防ぎきれるのだろうか? 不安と焦燥、それでもこれしかできることは無い。
 ナメクジの集団のひとつに接近。ほら、早く撃ってこい。私を殺したいんでしょう?
 早く、早く、早く早く早く。

 ナメクジの先頭集団5つ、敵認定終了。車両も破壊。生き残りは後続と合流するだろうけど、かまってる暇は無い。足を止めることを優先。弾薬、燃料補給のために施設に一旦帰投。施設に通信。

「補給の準備。ハンガーに入らず外で燃料と弾薬を補給する。施設の外に出しておけ」
『補給車両の自律下部電脳を廃棄したものを用意しました。私が直接操作して補給作業を行います』

 ボゥイだ。今のところマネージャーにウイルス汚染は無い。マネージャー自体がウイルス対策に施設とはあまり直結しないようにしている。それを利用して、補給車両をマネージャーが手動で操作できるように改造したものを用意してある。
 合流ポイントを地図情報で表示。

「補給車両はあまり前に出るな」

 補給車両が壊されるより、今はボゥイを失う方が痛い。

「施設内部に侵入者は見つかったか?」
『現在、発見できていません。ハンガー以外の空気洗浄、酸素供給を停止しています』

 いるかいないかは不明のまま。それでもハンガー以外にいれば窒息する。防護服が無ければだけど。

 補給車両と合流。捨てた補助推進機を新しいものにつけ代える。各部推進機の燃料タンクを交換、弾薬補充。

「ボゥイ、人型の予備機体の整備を。ウキネの予備機も私専用に調整して、武装を積んでおけ。何機使い潰すことになるかわからない」
『了解しました。機体への操縦席移動はハンガーの中でなければできません。ハンガー内で円滑に操縦席移動できるように、準備しておきます』
「地下の格納庫からも、使える武器弾薬をハンガーに上げておいてくれ。出撃する」
『わかりました。どうか、お気をつけて』

 ボゥイはなにを言ってるのだか。気を付けてのんびりやってられる状況でも無いんだけど。

 移動、索敵、発見、接近、
 攻撃確認、敵認定、反撃、

 そして、次へ、

 移動、索敵、発見、接近、
 攻撃確認、敵認定、反撃、

 今はできることに集中する。効率よく、無駄なく、的確に、確実に。
 効率的にトカゲを殺して、時間を無駄にしないようにナメクジを殺す。車両の足回りを壊して、動きを止める。
 私が死なないように気を付けながら、さっさと攻撃確認するために、敵の砲撃をぎりぎりでかわす。
 ロケット弾の爆風を感覚機で通して肌に感じながら、高速移動の衝撃に耐えながら、敵から目を離さないように。
 対物ライフル、グレネード、ロケットは回避。アサルトライフル、マシンガンは盾で受ける。対装甲ミサイルは回避移動しながら、右肩のチェーンガンで落とす。
 判断を的確に、素早く。あぁ、今のはもう少し引き付けてから回避したほうが良かったかな?
 戦って、戦って、戦って、戦う。まだ、終わらない。まだ、敵は来る。まだまだ終わらない。

 避けそこなった。盾と左手が無くなった。バランスを崩したところを狙われて、右足も無くした。ありったけのグレネードをばらまいて施設に帰投。

「人型を乗り換える! 予備機への操縦席移動準備!」

 疲れてきた。時間を見れば、まだ3時間しか経っていない。私が時間加速状態だから、体感では9時間戦闘してることになる。
 脳が疲れてる。立て続けの命懸けの戦闘情報の処理に、3倍の時間加速状態の負荷に、脳に疲労が溜まってきた。

「ボゥイ、戦闘薬と栄養薬の用意」

 ハンガーに到着。時間加速解除、操縦席分離。久しぶりに緑色のステータス表示と地図情報の無い自分の視界で、操縦席の近くに立つボゥイを見る。

「戦闘薬と栄養薬を投与。次の機体で再出撃する。急げ」
「ですが、戦闘薬は」
「早く薬を打て」
「戦闘薬の投与は、身体への負担があります」
「うるさい、さっさとしろ」

 戦闘薬、過去の覚醒剤の改良型。戦闘薬の使用がきっかけでドラッグにはまって中毒になった軍人がいたらしい。
 もともと覚醒剤が、まじめに仕事をするための薬物で、過去の日本ではバスやタクシーの運転手が居眠り事故を起こさないために使用していたこともある。その頃には、覚醒剤は薬局で栄養薬品として販売されていた。
 やがて覚醒剤は違法として禁止になった。中毒症状の危険性は後付けの理由だったが、情報操作が上手く働いて、みんなはそれを信じるようになった。
 結果としてより危険な合成ドラッグや幻覚剤が、地下に出回るようになったのだけど。

 昔の日本はアルコールが合法で大麻は違法。同じ時代のインドはアルコールが違法で大麻は合法。
 どちらも習慣と宗教の理由の上の感情的な思い込みで、科学的でも無く根拠も無く理屈も無い。正しく危険を判断したなら両方違法にするべきだけど、人はそれほど賢くは無かった。
 だけど、軍人には解禁されている。戦闘のために、戦闘のストレス解消のために。

 肉体的に未成年でも、アルコールも大麻もカフェインもニコチンもカカオも使える。幻覚剤も合成麻薬も、改良して肉体への中毒症状は軽減されている。しかし、精神的な依存性は個人差がある。
 とにかく、今は私が戦えなければどうしようもない。使えるものはなんだって使ってやる。
 それなのにボゥイが文句をつける。

「栄養薬はともかく、戦闘薬は後の危険が」
「やかましい! 軍司令命令だ! 早く栄養薬と戦闘薬を投与して出撃準備をしろ! 私の代わりがいるならそいつに任せる。だけど誰も居ないんだ! 私しかいないんだ! 後遺症が出るなら、施設を元に戻してからクローン再生すればいい! ボゥイ! さっさとやれぇっ!」

 黒いシートに寝転んだまま、手足をもがれて機械に繋がれたまま、首をふって大声で喚く。代わりがいるなら、代わってほしい。だけど、この施設に、この国に、和国人は私ひとりしかいない。

「……失礼します」

 観念したボゥイが私に近づいて、右胸を触る。右の胸の肉の中にある連結口を手探りで探す。
 私達軍人の右胸の皮膚の下には、薬物投与のための連結口が埋め込まれている。連結口は心臓への静脈に直結しているから、ここに薬品を投与すれば、心臓への静脈の血流に乗ってすぐに全身に行き渡る。

 栄養薬の針が刺されて注入される。ショックを防ぐために常温に温められているはずなのに、私の体温が上がってたのか、冷たい液体が右胸に入ってくるような感じがする。
 続いて戦闘薬注入。薬品の投与が終わって、操縦席の蓋が閉まっていく。閉まる直前にボゥイが、

「どうか、お気をつけて」

 と、苦しそうに言った。

 操縦席が予備機の胸に移動して、収納される。ボゥイは私に薬を打つときに、辛そうな、苦しそうな表情をしていた。機械のくせに、ロボットのくせに、マネージャーのくせに、人の摸倣の疑似人格のくせに。私のサポートのためにいるのに、口答えして時間を無駄にして。
 ただの、機械のはずなのに。
 ただの、機械のくせに。
 なんでボゥイが悲しそうな顔をする。

 神経接続、視界調整、時間加速、出撃準備よし。まだまだ戦争は終わらない。全身に栄養薬が回って元気になる。戦闘薬で頭が冴え渡ってくる。
 機体を新しくして再出撃だ。


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登場人物紹介

シズネ。和国軍人として徴兵された少女。和国再生施設の防衛用人型兵器のパイロット。平成時代の日本人、高校二年生、楠静香。特技、お菓子作り。趣味、映画鑑賞。

ウキネ。和国軍人、乙一級。和国再生施設、軍司令。クローン再生を繰り返し三百年、軍人として務め続ける。シズネの上官。

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