第16話◇仕事
文字数 3,986文字
久しぶりに、北側から不明集団がやってきた。調査のために私が出撃することに。
北はトカゲ、西はナメクジ、だからおそらくはトカゲの集団だろう。
結局、これは仕事なんだ。仕事をこなせば、食事と衣服、その他の支給がある。屋根のあるところに住み、水も使える。
トカゲとナメクジが来たら、迎え撃って全滅させる、仕事なんだと割りきって作業する。それが、軍人としてここで生きていくのに必要なこと。それさえこなせば、やっていける。
それでも私の前の軍人は、ウキネを残していなくなった。ウキネに聞いてみると、
『疲れたんだろう。精神の寿命か、心の限界か。長くて50年、ほとんどが3年と持たない。地球再生のため、と言われても実質その再地球化はほとんど進まない。過去の人間の思惑だけが残って、無様な足の引っ張りあいだ。やりがいというものが無いんだ』
何故、ウキネは300年もそんなことを続けられるんだろう? ウキネの遺伝子票が、無秩序適応型というのに関係あるんだろうか。
私になにができるか、考えてみてもいい発案は無かった。
トカゲとナメクジを新人類と認めて施設を破壊する。これは、味方への攻撃は安全装置で不可能。
施設のプログラムを改造する。私にそんなコンピューターの知識は無い。時間をかけて学んでも、軍人には施設のプログラムの根幹部分にアクセスする権限は、無い。
施設内部からの反乱に対策がとられていて、施設本部電脳本体の場所はウキネもシロもボゥイも知らない。身内を疑って対策することに関しては、過去の人々はしっかりとしてたみたいだ。
施設の方針を変えるにも、軍人には不可能。軍人に政治に口を出す権限は無い。過去の歴史で軍人が政治に介入すると、戦争になるケースが多いことから軍人に参政権はない。
軍人を辞めて政治権限を取って、施設の方針を変える。これも、地球再生のために資源を使う施設に余裕は無いから、軍人でも無い人間を維持する必要は無い。軍人で無くなった時点で私は消失するだろう。
私にできることは、軍人の仕事をこなして生き続けるか、軍人を辞めて消滅するかの2択だけだった。
消滅はいつでもできるから、今は軍人を続けてみることにした。
私の乗り込んだ操縦席が、青い人型戦闘機の胸部に組み込まれる。接続確認、正常、問題なし。
脳加速開始。
手足を外したり着けたりには慣れてきたけど、この脳加速にはまだ慣れない。
知覚、認知、反応、脳の働きの速度を変えることで、戦闘を有利にするために。この脳加速をするときの感覚、ぐらりと自分が揺れる。世界と自分の時間がずれる。そして、世界が私を放り出したような、私が世界から捨てられたような、世界が私を切り捨てて別の時間を刻むような、そんな孤独感に襲われて胸に幻痛が走る。
人型戦闘機に乗る度にこんな思いをするので、これで精神を病んでしまった軍人もいるとか。もともとが時間感覚の異常を起こす精神疾患を研究してできた技術。脳に埋め込んだチップが時間感覚の異常を起こしている。
戦闘で便利なのは分かるけれど、ね。
「シズネ、出撃します」
視界下部に字幕が表示される。
『出撃許可、気をつけて行け』
脳加速した状態では音声で通信はできない。人の声は間延びした低音に聞こえて、なにを喋っているか解らない。なので訓練シミュレーターとは違い、指揮室からの指示は字幕表示される。
指揮室にはウキネがいて、私に指示を出す。前回のように、問題があればすぐに出撃できるようにして。
随伴する無人戦車は2隊に分けて、私の右と左に配置する。前回のように、背後から撃たれないようにするために。その隊列のまま未確認集団に向かう。
『今回の相手はロケットポッドを搭載した車両がいるようだ。爆発に巻き込まれるなよ』
ウキネの指示に、対ミサイル、対ロケット弾の訓練を思い出す。右補助腕で右肩にスプレーガンを装備しておく。
発見、車両は5両、うち2両がロケットポッド搭載型。無人戦車を左右から相手を包囲するように移動させる。
推進機を吹かして上昇、空中から相手の目前に着地する。これで驚いて攻撃してきたら、あとが楽になる。
先頭の車両が急停止、バックして他の車両の射界を確保して、ロケットポッドが私を照準する。盾を構えて、前方の空間にジャマーを散布しておく。
1両で12門、2両から24発が発射。ほとんどがジャマーにあたり誘爆、バックジャンプしながら、盾で爆風から身を守る。
死んでもクローンで再生するとしても、死にたくは無い。それにクローンは同じ記憶をもった私のコピーではあるけど、私では無い。っと、今はそんなことを考えてる場合じゃ無い。
本部電脳が攻撃を感知、安全装置が解除される。
攻撃確認/敵認定/反撃指示
無人戦車に攻撃目標を入力していく。
敵はさらにロケットポッドを発射、安全装置の外れた右肩のスプレーガンで迎撃。
車両からトカゲが降りてきて、手持ちの銃で私を狙う。徹甲弾使用の対物ライフルは無さそうなので、身を低くして盾の陰に隠れる。
トカゲは、確かに爬虫類のようだけど、2本足で立って移動してるし、服も着てる。防弾チョッキのようなものを装備して、ライフルを手に持っている。
拡大して見れば、つぶらな瞳。太いシッポを振りながらバランスをとって移動する様は、ちょっと可愛らしい。
指示を出した無人戦車は、左右から挟んでトカゲ達に十字放火。次々にトカゲの車両が爆発炎上する。5両すべての爆発を確認、無人戦車に攻撃停止命令。爆発の煙りが晴れるのを待って、戦場を見る。
吹き飛んでバラバラになって死んでるトカゲ達。彼らも血は赤かった。やってみてわかる。これはうんざりするような仕事だ。
ほとんどが死亡したようだけど、生きて逃げようとしてるのが2体いた。ケガをした1体に肩を貸して、引きずるように逃げる1体。それを、ぼんやりと見送る。
『全滅させないのか?』
ウキネからの字幕表示。
「施設まで来ないで逃げていくなら、ほっとけばいいんじゃない?」
『なら、施設領域の外まで移動するのを確認しろ。全滅させればその手間は必要ないが』
「わかった。領域外への逃走を確認するまで、追跡監視する」
『まて、足下の敵を処理するのが先だ。ほっといても死ぬかもしれんが』
動体知覚機で反応を見る。下半身が吹き飛んで無くなっているけど、まだ生きているトカゲがいた。私は右手にライフルを装備して、死にかけているトカゲに照準する。
トカゲの表情なんてわからない。だけど恨んでるんだろうな。痛くて、怖くて、苦しんでるんだろうな。
しっかり頭を狙って、引き金を引く。キッチリとトドメを刺す。他にもまだ生き残りがいないか調査する。
これが軍人の仕事。私はこの仕事に慣れることができるだろうか? 逃げていくトカゲを離れてゆっくりと追跡する。
見ると、さっきよりは移動速度が上がっていた。肩をかりていた1体は足を引きずっていたけれど。
殺せば、さっさと施設に帰れるけれど、なんだか殺したくは無い。ウキネが殺せと指示を出さないから、このままでもいいんだろう。
ゆっくりゆっくりと感知外ギリギリの範囲で追いかける。鬼がやる気の無い鬼ごっこ。
指揮室からウキネの指示が来た。
『領域外への逃走を確認。戦場をもう一度調査して、残存兵力が無ければ、帰投してよし』
再び戦場跡地へ。音響知覚機で調査する。心音無し、呼吸音無し。ここに生きてるトカゲは、生きている生物は、もういない。無人戦車に帰投指示を出して、私も施設への帰路につく。
これで終わり、やっと終わり。これが軍人の仕事。私はこの仕事に慣れることができるのだろうか?
施設に戻って、機体洗浄。水没した通路の中、殺菌消毒する洗剤の中を歩いてハンガーまで。その後、洗剤プールから上がって機体を温風で乾燥。その間に今回の出撃レポートを本部電脳に送る。
ハンガーで操縦席を機体から分離して、やっと人型戦闘機から降りることができる。この機体は乗って出るのは早いけれど、降りる手順が面倒くさい。
改めて手足をボゥイが装着しなおして、ハンガーに自分の黒い義足で立つ。ウキネがTシャツ1枚でいる気持ちが少し分かったけれど、やっぱりパンツをはいて、ジャージのズボンをはく。
仕事をこなして、その報酬で生きていく。これは、平成日本もこの施設でも同じことかもしれない。すでにシステムはそこにできあがっていて、そのシステムの中、社会の中に自分を部品と組み込むことができれば、生きていける。それができなければ、生きていけない。
そう考えれば、この施設も平成日本も同じものかもしれない。
なにもかも全ては、そこにできあがっていて、そこで生きていけるか、生きていけないか試されている。
死にたくは無い。消えたくは無い。だけど、無理してがんばってまで、生きていく理由はあるのだろうか?
適応できる者だけが、生きていけるなら、ここはウキネ以外は生きていけない世界なのかもしれない。
でも、もしかしたら私は、平成日本でも生きていけないのかもしれない。この施設にいるということは、遺伝子票が無秩序適応型で、秩序不適応。平和な人の社会では潜在的な犯罪者傾向が高いということになる。少なくとも戦闘適応については上位に入っているはずなのだから。
また、楠静香の記憶を見てみようかな。私と同じ遺伝子票の個体。もうひとりの私。彼女が幸福に生きられるなら、私はそれを自分のことのように錯覚して、自分を慰められるだろうか。