第4話◇任官

文字数 2,829文字

 人は環境に慣れてしまう生き物だという。それを自分の身体と頭が改めて理解する。訓練、訓練、また訓練。
 この訓練の嫌なところは、拒否すれば死ぬほど痛い目に合うということ。敵の攻撃から身を守るという訓練をボイコットすれば、無防備に銃で射たれ、爆発に吹き飛ばされる。そのたびに、文字どおり死ぬほどの苦痛に襲われる。

 なので、痛い思いをしたくなければ、回避と防御を覚えなければならない。
 飛んだり跳ねたり、物陰に身を隠したり。神経を削るような集中力でさんざん逃げまどい、終われば気を失うように眠る。起きれば、また、訓練訓練。

 どれだけの時間、この訓練をしてるのかわからない。けれど、だんだんと解ってきた。
 視界の右端の薄緑の記号と数字は、機体情報。破損部位告知、燃料残量、残弾数。左側は感知器群情報、地図情報、というところ。
 私が金属の鎧を着ているのでは無くて、私が人型の機械だった。私はロボットになっていた。

 敵に囲まれたときの対処法、対象の武器の種類による危険度の判断、地形情報からの敵の潜伏位置予測、脚部、腰部、背部の各推進機を使った移動方と姿勢制御、憶えることは大量だけど、憶えて使いこなせなければ苦痛が待っている。もう痛い思いはしたくない。

「なかなか良いですよ。次は距離にも気をつけてくださいね」

 男の人の声が丁寧に指導する。私はその指導のままに身体を動かす。最初の女の声よりは、私のことを気づかってくれているみたい。

 どれだけ痛い目にあっても、苦しい思いをしても、この声が「再起動」と言えば、痛みは消える。そして、脳が疲れて気を失うまで訓練が繰り返される。

 何度も繰り返して、繰り返し過ぎて、疑問も感じなくなった。自分が指示に従って動く機械なんじゃないか、と思うようになった。
 意識が覚醒して、今度はどんな訓練か、と目を開けたら、視界に見慣れた薄緑の記号も数字も無くて、赤い丸も無かった。白い天井を見上げていた。

「あれ?」

 ここはどこ? 灰色の空と地面じゃ無い。なんだか部屋の中のような。

「おはようございます」

 聞き慣れた声、訓練のときと同じ声が聞こえる。寝たまま首を左に倒して見れば、青い髪の男の人が立っていた。
 洋画の俳優に似ているような、掘りの深い顔立ち。俳優の名前が思い出せない。

「100時間の戦闘訓練が修了し、正式に和国軍人として任官となります。訓練、お疲れ様でした」

 長い時間訓練してたと感じてたけれど、100時間もやっていたのか。身を起こしてみれば、ベッドの上にいる。灰色の岩山じゃない。病室みたいな、ここはどこ? 
 手を見る……金属じゃ無い。白い手袋をしてる。身体に触れる。身体もゴツゴツしてない、金属じゃない。見たことも無い白い軍服?のような服を着てる。

 私の身体が、元に戻っている。信じられない。
 両手で顔を触る、ゴツンという金属がぶつかる感触も無くて、振動も無い。柔らかい。頬に白い薄手の手袋のさらさらとした感触がある。髪に触ると指の間を髪の毛が滑り通る。身体中を手で撫でて見下ろす。何処にも金属が無い。見たことも無い白い服を着てるけれど、これは、私の元の身体だ。

「こちらをどうぞ」

 見ればさっきの男の人が鏡を持っている。そこに映る私の顔は、100時間?ぶりに見る、私の顔だ。17歳の女の顔。どこにもケガも傷もない。肩口で切り揃えた髪。少し癖があってゆるくウェーブのある私の髪の毛。目も鼻も口もちゃんとある。
 弓子が残念そうに『黙って微笑んでいたら可愛いのにね』と言った顔がある。身体も元の私の身体のようだけど、白い学生服、男子の学ランみたいな服を着てる。襟と肩に飾りがついている。下も白いズボンで、黒い靴下を履いているので首から下の肌が見えない。自分の身体を確認したくて、白い服のボタンを外そうとすると、

「失礼します」

 目の前に青い髪、黒い目の男の人が微笑んでいた。そうだ、ここにはこの人がいた。私、男の人の前で脱ごうとしてた? そこに気がついて慌てて服のボタンを両手で押さえる。だいたいこの人はなんなんだろう? ここは何処なんだろう?

 男の人はベッドの脇の床に片膝をつく、

「足をこちらに出してください」

 訓練で、この声の指示で動いていたから、素直に従ってしまう。ベッドの上で横座りになってた姿勢から、足を出す。ベッドに腰掛ける態勢になって、青い髪の男の人を見下ろす。その人は私の左足の踵を優しく持ち上げる。少しくすぐったい、なにをするのかと見ていると、横にあった黒い靴を私の足に嵌めた。靴を履かせてくれるらしい。

 男の人が跪いて、私に靴を履かせてくれる。今までそんな経験をしたことが無い。真っ青な髪の、外国の映画俳優みたいな人。確かに映画で見た人に顔は似ている、髪の色は全然違うけれど。
 両足ともに靴を履かせて、靴紐を締めて、私を見る。

「では、行きましょうか」
「ちょっと待って」

 聞きたいことは山ほどある。ここは何処なのか、私はどうしてここにいるのか、訓練はなんだったのか、とにかくいろいろ、知っているなら教えて欲しい。

「聞きたいことがあることは、わかります。ですが、私にはその情報すべてを開示する権限がありません。これからあなたの上官に任官の挨拶に伺います、彼女があなたの疑問にいくつか答えてくれるでしょう。また、正式に上官の部下となれば、情報閲覧の権利を持つことができます」

 情報閲覧の権利。それがなければ、私にはこの状況を知ることができない、という。

「少しお待ち下さい」

 男の人はそう言って、少し歩いて離れて、右手の中指をこめかみにあてて、話始めた。

「調査お疲れ様でした。シズネ様の訓練が修了しました。つい先程、起きられましたので、これから任官の確認をお願いします。……はい、着替えも終わりましたので、休憩室にてお待ちします」

 何もない空間に向かって話している。右手に携帯電話でも持っていればおかしくは無いのだけど、なにも持ってない。どこかと通信している? おそらくはさっき言ってた私の上官だろう。
 ……今、着替えも終わりましたので、とか言った?

「は? ハンガーにですか? ですが……、しかし、目覚めたばかりです……、はい、確かにいずれは知ることになることですが……、わかりました。今からハンガーにお連れします」

 男の人はこちらを向いて、

「上官がお待ちですので、ハンガーまでご案内します。私についてきて下さい」
「……その前に、『着替えも終わりましたので』って、私の、この服は」
「はい、和国軍人の儀礼用服で、私がお着せしました」

 青い髪の背の高い人はなんでも無いことのように平然と言う。
 ……私は寝てる間に服を着せられた、らしい。いろいろ、見られた、らしい。
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登場人物紹介

シズネ。和国軍人として徴兵された少女。和国再生施設の防衛用人型兵器のパイロット。平成時代の日本人、高校二年生、楠静香。特技、お菓子作り。趣味、映画鑑賞。

ウキネ。和国軍人、乙一級。和国再生施設、軍司令。クローン再生を繰り返し三百年、軍人として務め続ける。シズネの上官。

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